未来テクノロジー
テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ
中島 精一さん
株式会社IHIソリューションエンジニアリング部 部長
1965年、東京都生まれ。1990年に青山学院大学電子物理工学科を卒業後、株式会社IHIに入社。半導体製造装置、電子加速器、海上コンテナのX線検査装置などの開発に携わる。発電所プロジェクト・マーケティング部のマネージャーを経て、現在は、IHI本社のソリューション統括本部に所属。社内外の既存技術を活用し新事業でマーケットを開拓するソリューションエンジニアリング部の部長であり、4年前からそうまIHIグリーンエネルギーセンターのプロジェクトディレクターを務めている。
岩重 景さん
株式会社IHI ソリューションエンジニアリング部 主査
1978年、広島県生まれ。2004年に東京工業大学大学院機械物理工学専攻を卒業後、株式会社IHIに入社。海上コンテナのX線検査装置などの開発部門を経て、国内外発電所の設計・プロジェクトに関わる。現在は、IHI本社のソリューション統括本部 ソリューションエンジニアリング部に所属。3年前からそうまIHIグリーンエネルギーセンターのプロジェクトに参加し、再生可能エネルギーにおける地産地消の拡大に取り組んでいる。
1998年に航空エンジンなどを製造する相馬事業所を開設して以来、福島県相馬市との交流を深めてきた株式会社IHI(以下IHI)。震災後に、立谷相馬市長の相談を受けた当時のIHI斎藤保副社長から、新事業立ち上げの命を受けたのが同社のソリューションエンジニアリング部だ。「再エネの地産地消」、「防災機能の充実」、「地域の活性化」をキーワードに、相馬市復興計画と連携したスマートコミュニティ事業を構築する計画がスタート。2018年4月にそうまIHIグリーンエネルギーセンターを開所。2020年9月に水素研究棟「そうまラボ」を増設し、CO₂フリーの循環型地域社会づくりを推進している。新事業の確立に尽力する中島部長と岩重主査に、これまでの取組や今後の展望をうかがった。
復興への思いから始まった新事業。
水素を活用した循環型地域社会づくり
大規模な工場が集まる相馬中核工業団地の東地区。その一角に立つのが、そうまIHIグリーンエネルギーセンターだ(以下 SIGC)。
東京ドームがすっぽりと収まる広々とした敷地に、さまざまな施設が並ぶ。その中でも青い外壁とIHIの社名ロゴが印象的なのが、2020年9月に開所した水素研究棟「そうまラボ」だ。
そうまラボの奥には、最大出力1600キロワットの太陽光パネルが一面に広がる。ここで発電された電力は、自社専用の電線を通じて近くのゴミ焼却を行う相馬方部衛生組合や相馬市下水処理場へと送られる。さらに余った電力で、効率よく水素を製造し貯蔵する実証事業を行っている。非常時に備え停電時には、すぐに自動的に水素で発電を行い近くにある防災拠点施設に電気が送られるという。
道をはさんだ下水処理場では、エネルギー循環型の汚泥処理システムを導入。ほとんどが水分である下水汚泥を乾燥することで,減量化して処分費用を削減している。それもコストを考え、日中の余剰電力で沸かした蒸気で汚泥を乾燥するP2H(Power to Heat)に取り組む。さらに乾燥させた汚泥から肥料を製造。今年度、相馬市内でこの肥料をまきトウモロコシを栽培して、以前と比べて収穫量が増えたことを確認したそうだ。肥料はすでに農林水産省が定める肥料登録の基準をクリアし販売が可能だという。
スケールを感じさせながら
安全と環境に配慮された施設
平田そうまラボ長と中島部長に案内されSIGCの施設内を巡る。そうまラボのエントランスには、センターと連携する施設の電力の状況がモニターに表示され、ひと目で分かるようになっている。同じモニターが相馬市役所にも置かれており、市民へのスマートコミュニティ事業の周知に一役買っている。
次に向かったのはそうまラボ内にあるぶ厚いコンクリートの壁に覆われた水素実験室。
「天井にはセンサーがついていて、水素を検知するとアラームが鳴り、水素の供給が非常停止するようになっています。また,実験室の壁の強度を強く,天井の強度を弱く作っています。これは水素が燃えた時に圧力を上に抜いて,周囲へ四散しないようにするためです」と平田さん。
大気中から二酸化炭素だけを分離回収するDAC(Direct Air Capture)と呼ばれる機械についても説明してくれた。
「製造した水素は、二酸化炭素と混合するとメタンやオレフィンへ変換できますが、そのためには二酸化炭素が必要になります。このDACに空気を流すと、容器内にある吸着剤に二酸化炭素だけが付着します。それを加熱して脱離する二酸化炭素を回収する仕組みです。この1号機を使用して改善点が見つかったので、これから2号機に改良を加えていきます」
言葉の端々から、水素の有効利用を突き詰めていこうという意気込みを感じる。気になる水素の製造方法はどうなっているのだろうか。
「全く違うタイプの2つの装置を使い、ハイブリッドで運転させています。大量製造に適した『アルカリ型水電解装置』、変動する電力に適した『PEM※型水電解装置』、それぞれの特性を生かして運転しています。例えば、今日の天気のように晴れたり曇ったりの日は太陽光パネルが生む電力量の差が開いてします。その中でも安定している部分は“アルカリ型”を、変化する部分は“PEM型”を使用して水素を製造しているんです」と中島部長。
※Polymer Electrolyte Membrane……固体高分子電解質膜
水素と二酸化炭素から製造したメタンを燃料として走る、相馬市営のコミュニティバスの運行も今後予定しているそうだ。
造船、陸上機械、航空宇宙と事業分野を広げてきた総合重工業メーカーであるIHI。そこで培われてきた高い技術力だけでなく、スケールの大きさを感じさせる設備や装置が揃っていた。
新エネ大賞「経済産業大臣賞」受賞
徹底したコスト意識で事業を継続化
これまで紹介したSIGCのスマートコミュニティ事業の取り組みが評価され、IHIは令和2年度「新エネ大賞」において最高賞である「経済産業大臣賞」を相馬市、パシフィックパワー株式会社と共同で受賞した。その発想力、技術力、スケールの大きさは目を見張るものがある。しかし、もう一つ重要なのは、徹底したコスト意識が貫かれていることだ。
2018年4月の開設以来、3年半が経過しているSIGCの収支が気になり尋ねてみた。
「SIGCは、少なくても利益を生むようにしています。それが事業を継続していく秘訣なのかもしれません。大型のメガソーラーが日本各地にありますが、現在のFIT(固定価格買取)制度はあと10年で終了してしまいます。それまでの間にFITに変わる選択肢となるよう、いろいろな実証事業を試していきたいと考えています」
「これまでの3年半で、ソリューションエンジニアリング部として、循環型社会のビジネス、カーボンソリューションという新しいビジネスを立ち上げることができました。我々としては、相馬市での取り組みを日本各地へ広げていきたいと考えています。現在、あちこちの地方の担当者と話し合いをしているところです」
可能性あふれるアクアポニックス農法を
国内はもとより世界にも広めたい
SIGCの中で今後に期待が高まるのが、2021年8月から稼働し始めた植物工場(アクアポニックス農法)だ。視野にあるのは、やはりFIT(固定価格買取) 制度が終了した際の太陽光発電の有効利用。アクアポニックス農法が、その選択肢の一つとなることをテーマに据える。
水耕栽培と養殖を掛け合わせたアクアポニックス農法のSIGC導入の発案者であり、事業担当者でもある岩重さんに導入の経緯をうかがった。
「水素を製造すると酸素が発生しますが、以前はそのまま捨てていました。部内でもったいないから有効利用しようという話になりました。養殖に利用するとたくさんの魚を飼育できるだとか、水耕栽培に使うと野菜が早く育つらしいようだとか調べるうちに、2つを合体したアクアポニックス農法があることが分かりました。水を使い場所を選ばずに展開できることから採用となりました」
「電化が進んでいない地域は、食料の調達も厳しい面があると思います。マイクログリッド※なら、そういった地域でも開発が比較的容易です。できた野菜や魚の販売ルートなど残る課題をクリアして、アクアポニックス農法を将来的に相馬発の海外展開できる事業に育てていきたいと思っています。何十年先になるかもしれませんが、宇宙開発に取り組むIHIのノウハウを生かして、この農法を宇宙で普及させるのが夢ですね」と意欲あふれる岩重さん。
※エネルギー供給源と消費施設を持つ小規模なエネルギーネットワークのこと
最新鋭の機能的な研究施設、成果が現れている実証実験、熱意と創造性にあふれる社員たち。この農法が世界へ、やがて宇宙へ広まることも夢物語ではないと思えてくる。
相馬市のSIGCで進む、二酸化炭素を排出しない水素を活用した再生可能エネルギーの地産地消。相馬市の実証事業で得られた成果をモデルに、これから全国各地にスマートコミュニティがつくられていくことを期待する。
そうまIHIグリーンエネルギーセンター
相馬市の協力のもと、太陽光発電電力の地産地消の実現と、地域経済の再生を目指し2018年4月からスマートコミュニティ事業に取り組む。2020年9月からは、CO₂フリー水素を活用した水素研究棟「そうまラボ」を開設し、さまざまな実証事業を行っている。技術開発に力を注ぐ研究機関や企業にも公開、地域の小中学校の体験学習なども開催している。