未来テクノロジー
テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ
志賀 正敏さん
株式会社木の力 代表取締役
1965年生まれ。いわき市に生まれ育ち、高校から建築を学ぶ。製材・住宅建設大手の共力株式会社グループの役員を経て、2011年8月に株式会社木の力を設立。一級建築士・一級施工管理技士として多数の住宅・店舗建設を手掛け、東日本大震災直後は県内600棟のログハウス型仮設住宅の建設に携わった。国産材を多用し、木の特性を最大限に生かして、化石燃料にも原発にも頼らない省エネの家づくりを追求する。地域の空き家の管理・再生事業にも挑み、林業を支える山村の維持再生を目指している。
いわき市にある株式会社木の力は、高気密・高断熱の木造住宅に特化した工務店だ。北欧に学び、太陽光発電や蓄電池などと組み合わせて、電気代がほとんどかからない省エネルギー住宅を実現。木材を縦に並べる縦ログ構法を進化させ、気密性を高めた「ログブリッドⓇ」という建材も独自開発した。地元いわき産を中心に国産無垢材を多用する。木の持つ優れた特性を数値化・可視化することで、木造建築の良さの広報に努めるほか、林業の衰退を食い止め山村の維持に貢献すべく、空き家の管理・再生にも着手。リフォームした古民家の一部は、自らベーカリーカフェとして運営する計画だ。志賀正敏社長はさらに、そうしたビジネスに興味のある人へ再生物件を賃貸し、活躍のステージを提供したいと語る。いわき市鹿島町にあるモデルハウスに志賀社長を訪ね、これまでの取組みや今後の展望をうかがった。
震災と原発事故を経て
「ゼロエネルギー」の家づくりに特化
モデルハウスに一歩踏み入れると、たちまち心地よい木の香りに包まれた。壁紙を貼らず、自然の木目を生かして仕上げた内装は、なんともいえない温もりを感じさせる。この家を建てた工務店は、その名も「木の力」という。いわき市小名浜に本社を置き、市内数カ所にこうしたモデルハウスを展開している。いっぷう変わった社名の由来を、志賀社長が説明してくれた。
「それは東日本大震災の時の、避難者の方の言葉がきっかけでした。私は家業に入る形で30年以上、製材・木造建築に携わってきて、震災直後は福島県内各地で応急仮設住宅の建設に関わりました。仮設にもいろいろなタイプがありますが、私たちが建てたのはもちろん木造、それも工期の比較的短いログハウスです。当時は人手不足で、避難者の方々自身にも手伝っていただいて一緒につくりました。完成後、入居される方に木造ならではの調温・調湿効果などの特徴をご説明すると、『木の力ってすごいなあ』という感想をいただいて、やっぱりこれだ、と思ったのです」
志賀社長は、それまで多数の住宅や店舗建設を手掛けた実績があったが、震災と原発事故を経験し、高気密・高断熱を極めた省エネルギー型の木造住宅に特化したいと考えた。そして2011年8月、それまで役員を務めていた製材・住宅建設会社から分社化する形で株式会社木の力を創業した。
「石油や石炭など化石燃料に頼らないだけでなく、原発にも頼らない家をつくりたいと思い、いまでいうネット・ゼロ・エネルギー住宅※を目指しました。太陽光や風力で発電し、家の気密性と断熱性を高めれば、原発でつくった電気も買う必要がなくなりますから」
※ZEHゼッチ(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)とは、外皮の断熱性能等を大幅に向上させるとともに、高効率な設備システムの導入により、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギーを実現した上で、再生可能エネルギーを導入することにより、年間の一次エネルギー消費量の収支がゼロとすることを目指した住宅です。
(環境省ホームページよりhttps://www.env.go.jp/earth/ondanka/zeh/h31.html)
そこで志賀社長は、高気密・高断熱の先進地、北欧へ視察に行った。企業のオフィス、高齢者施設から畜産施設まで見て回ったが、太陽光や風力など自然エネルギーの利用と、完璧なシールドによる省エネルギーの工法が、どこでも当たり前のように使われていた。見るものすべてに「度肝を抜かれた」という志賀社長。帰国して立ち上げた独自の住宅ブランドのひとつが、「北欧の家 温森(ぬくもり)」である。今回の取材で訪れたのはそのモデルハウスの一棟だ。
木の優れた特性を可視化、
国産材のブランド化も
モデルハウスの内壁は柱が縦に並んでいるように見えるが、これは独自に開発した「ログブリッドⓇ」という建材だという。
「一般のログハウスのように木材を横組みするのではなく、縦に並べて壁をつくる『縦ログ構法』という工法がありますが、ログブリッドⓇはこれの進化形です。壁に貼り付けられる厚さにした木製パネルを並べ、その間に木製パッキンを入れることで気密性を高めました」
現在、このログブリッドは量産体制を構築中で、大手建設会社との取引も視野に入っているそうだ。
また、住宅建設では部位によって適切な木材も異なるが、骨格材などに多用されているのが「奥州赤杉」というブランド木材である。これも志賀社長らが、福島はじめ東北の杉の芯材の利用促進を目指して開発した。木材は乾燥が大切だが、「奥州赤杉」は太陽と風の力による乾燥にこだわり、ここでも省エネルギーの考え方を貫いている。
天然木に囲まれた家の中は本当に心地よい。木の香りに包まれると思わず安らぐといった経験は、誰しももっているのではないだろうか。
「特に身体を患っている人は、木の家に暮らすと一発で違いが分かりますよ。木の力は本当にすごいんです。でもどこがどうすごいのか、以前は客観的に数字で説明できる資料がありませんでした。そこで昨年度、国の支援を活用して様々な実験を行い、データを収集したのです。その結果、たとえば(内装に接着剤等を使わないため)シックハウス症候群の原因となるホルムアルデヒドなどの化学物質が検出限界値以下であることや、木材の温熱効果・調湿効果(温度や湿度を一定に保つ力)などが実証されました」
志賀社長はこうして木の優れた特性を可視化し、普及啓もうに努めている。新築や大規模リフォームに限らず、壁の一面を木材に変えるだけでもいい、木の持つ底力を感じてほしいと語る。
林業・山村の再生に向けて
次の一手は空き家の活用
次に志賀社長が力を入れようとしているのは、地域の空き家の管理サービスだ。その発展形として、空き家を再生したベーカリーカフェ事業も計画中だという。工務店がなぜそこまでやるのか。そこには国内林業の現状に対する志賀社長の強い危機感がある。
「林業は国土保全と直結しています。その意味で“公共”の仕事であるべき林業なのに、衰退は著しい。いわきの山村はもともと過疎が進んでいたところへ、大震災で漁村もやられてしまいました。どちらも空き家だらけの中に、独り暮らしのおじいちゃんやおばあちゃんがぽつぽつと点在している状態。これはなんとかしないといけない」
そこで志賀社長は、家主に代わって空き家を見回る管理サービスを始めた。が、中には家主が手放したいと考える物件、値段もつかないような築古物件もある。その一部を志賀社長の会社が買い取り、別の目的に転用することで、そこを拠点に新たな人を呼び込むのだという。
「いま考えているのはベーカリーカフェです。私がこれまで築いてきたネットワークからレシピや原材料の調達が可能ですし、周辺のおかあさんたちに運営に協力していただくことで、新たな雇用も生まれるでしょう。そのカフェで、山から切ってきた木を使った薪窯ピザなんか提供できたら理想ですよね。敷地に蔵があったらそれを改造して、いまブームのサウナもつくれるかもしれない。また、農家さんの大きな家であれば高齢者介護施設への転用も考えています」
こうして空き家問題を解決することは当然、SDGs(持続可能な開発目標)の実現にもつながる。もちろん、木材をふんだんにつかった古民家再生はお手のものだ。転用した施設は自社で運営するだけでなく、そういう事業をやってみたいと考える人へ賃貸することも検討中だという。
「古民家カフェなり民泊なり、挑戦したいという人がいればそのステージを提供したい。その際、入居者さんに私たちから木材をプレゼントして、ウッドデッキをつくるとか内装に木材パネルを貼るとか、自分で好きなようにアレンジしてもらえるようにしたいんです。道具もお貸ししますし、やり方もお教えします。そうやって自分でひと手間をかけることで、家に愛着をもってもらえるでしょう」
上述のオリジナル建材「ログブリッドⓇ」も、いずれはユーザーがDIYできるレベルまで簡素化したいと考えているそうだ。志賀社長は、そうやってユーザーが自分で手をかけることで、家の価値を高めていくという発想が必要だと説く。
木があれば何でもつくれる
木造の普及が林業の未来につながる
子どもの頃から製材工場の現場にいたという志賀社長。ほかの道に進むことは考えたこともないという。半世紀にわたり林業の世界を見てきた志賀社長に、将来はどう映っているのか。
「とにかく林業の担い手が足りません。もっと機械化を進め、外国人人材も活用する必要があるでしょう。また、細分化した山の所有権を集約し、一年を通して計画伐採できる環境をつくれば安定雇用にもつながります。一方、2020年からのコロナ禍で世界の木材需給がひっ迫し、いわゆるウッドショックが起きています。結果、輸入材の割合は減り、国産材の価格が上昇していますが、これは日本の林業にとってはいいことだと思います。輸入材が来なくなっても、国内に木材はあるのですから」
木材の需要が増えれば林業再生につながる。実際、日本でも木材の良さが見直されつつある。東京五輪のために建て替えられた国立競技場は、国産木材をふんだんに使用したことで知られる。また、林野庁は公共建築物の木造化・木質化を推進してきたが、脱炭素社会の実現に向けてこの流れはさらに加速している。こうした動きを底辺で支えるのが、志賀社長たち工務店だ。
「木の力をどんどんアピールして、消費者に選ばれるようになりたい。そして、製材、設計施工の技術から人脈まで持てる資源を総動員して、高度成長で置き去りにされてきた林業・山村の活性化に少しでも役立つ事業をやっていきたいと考えています。同じ思いを持つ同業者は全国に多数いるはずですから、私たちの取り組みが少しでも参考になれば」
そう熱く語る志賀社長に、最後に改めてこの仕事の魅力をうかがった。
「やはり形として残せるものだから、そこにおもしろさを感じますね。木があれば何でもできます。家も家具もつくれるし(薪をくべて)ご飯も炊けるし、ピザも焼ける(笑)。木は人間の生活にとって基軸のひとつです。若い方々にもぜひ木の可能性を知ってほしいし、新しい発想で木の魅力を切り拓いていってほしいと思います」
故郷の山と森への熱い思いを胸に、住宅建設だけに止まらない新事業に挑み続ける志賀社長。「木の力」のような企業が活躍し、その取組が全国へと伝播していけば、日本の林業の未来はきっと明るい。
株式会社木の力
製材・建設の大手、株式会社共力から分社化する形で2011年8月に設立。高気密・高断熱を追求した木造住宅に特化する。地元いわき産の杉材を中心に使用し、新築から大型リフォーム、古民家再生などを幅広く手がける。天然乾燥にこだわった東北産杉の芯材を「奥州赤杉」としてブランド化。また、木材を縦に組む縦ログ溝法を発展させた独自の「ログブリッドⓇ」を開発した。国の支援も得ながら木材の優れた特性を数値化・可視化し、木造建築の良さの普及啓もうに努めるほか、山村に多い空き家の再生・コンバージョン事業にも力を入れ、国内林業再生への貢献を目指す。2018年・2019年、住宅建材大手LIXIL主催のコンテストで東北支社長賞。2020年2月、ふくしま産業賞特別賞受賞。