未来テクノロジー
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南相馬の精鋭11社が、ロボット世界大会に初挑戦。できないことは何も無い。覚悟と技術を「MISORA」に託す。
2020年03月04日
鈴木 力さん
南相馬ロボット産業協議会開発研究会代表、株式会社栄製作所代表取締役社長
952年生まれ、福島県出身。NEC府中事業所を経て、1974年に南相馬市に帰郷し、同年4月に設立した栄製作所の創立メンバーに。2005年より現職。通信機器のシステム設計、製造、検査の一貫生産体制を整備。また近年はロボット製造にも注力している。
渡邉 昭一さん
株式会社ゆめサポート南相馬 取締役所長
1956年生まれ、福島県郡山市出身。福島県立テクノアカデミー浜校長を2017年3月定年退職後、同年4月より現職。南相馬市を拠点に、起業・創業支援、人材育成支援、産学官連携、経営課題の解決支援に注力している。WRSプロジェクトの全体統括を司る。
2020年春に全面オープンする「福島ロボットテストフィールド」を舞台に、今夏、ロボットの国際大会「ワールドロボットサミット2020」のインフラ・災害部門の競技が行われる。先日、俳優でミュージシャンのディーン・フジオカさんがアンバサダーに就任したことでも話題を呼んだ。地元・南相馬からは、11社の企業連合体チームである「南相馬ロボット産業協議会」が名乗りを上げた。本連載ではその活動をレポート。初回は、挑戦を決意した背景を、現場を司るリーダー2名に伺った。
2019年10月、南相馬に吉報がもたらされた。世界中の最新鋭のロボットが集う国際大会「ワールドロボットサミット2020(以下、WRS2020)」のインフラ・災害対応部門にエントリーしていた同市のチームが、一次選考(書類審査)を通過したのだ。
WRSとは、経済産業省及び国立研究開発法人新エネルギー・産業総合開発機構(NEDO)が主催するロボットの国際大会。全体では、世界各国100チーム余りが集い、最先端の技術を競う。今回、「インフラ・災害対応部門」の競技会の開催地として「福島ロボットテストフィールド」(南相馬市、以下RTF)が選ばれたのは、2016年12月のこと。
「地元で国際的なイベントが開催されるのに、何もしないわけにはいきません。せっかくなら、この町の技術力をアピールしたいし、チャレンジもしたい。だからこそ、『オール南相馬』の体制を組んで出場を目指そうと決めました」。熱意を込めてこう話すのは、南相馬ロボット産業協議会の幹事で、WRS2020出場チームの代表を務める栄製作所の鈴木力さん。
本戦出場という目標はすぐに定まったものの、これまでに専用の準備をしてきたわけではない。手探りのスタートを強いられたが、「幸運だったのは、すでにロボット産業協議会が活動していたこと」(鈴木さん)と言う。
もともと南相馬は、機械部品の加工業で栄えた町。時代の流れとともに「新しい産業による経済成長と雇用創出を」という機運が高まり、2011年に「ロボット産業協議会」が発足。今回、WRS2020への連合チームに名を連ねたのは、とりわけロボット開発に関心の高い企業11社。すぐに「ロボット開発研究会」という分科会が立ち上がったという。
同研究会が開発中のロボットは、幅55cm、長さ61cm、高さ90cmで、重量は56kg。「Minami Soma Robotics Industry Association」(南相馬ロボット産業協議会)の頭文字から、「MISORA(みそら)」と命名された。
「目指したのは、災害時に活躍できるロボット。あの災害を経験した我々だからこそ、それを避けたくなかった。本体に付けられた車輪(クローラー)を駆使して、災害時にガレキで覆われて人が立ち入れない場所にも、遠隔地操作で入れます。搭載されたカメラやセンサーによって、地震や水害などの災害時には、被害の状況をモニター画面でつぶさに把握できるロボットです」(鈴木さん)
「本音は負けたくない」。
競合を超えた、11社の連帯
設計や加工、組み立てには、参加する11社がそれぞれに得意とする業務を分担して受け持つ仕組みをつくった。例えば、本体の設計はYUBITOMA(ゆびとま)、アーム部分の設計はタカワ精密、アームの先のハンド部分は菊池製作所、電気はTakeruSoftwareと栄製作所が担当、といった具合だ。部品は、研究会に所属する企業で手分けして製造する。
「ロボット開発研究会の中には、設計の得意な企業や機械の加工専門の企業などがあり、各社の特色を考えながら担当を割り振りました。特に機械加工の技術は、昔から南相馬のベースになってきたので、図面さえあればすばらしく精度の良い加工ができるメンバーが揃っています。初めての挑戦とはいえ、我々に必ずできるはずだと確信がありました」(鈴木さん)
「やりぬく」。
これが南相馬の企業人の信条
とはいえ、すべてが順風満帆だったわけではない。一番の問題は、資金調達だ。出場を決めたばかりの頃は、資金のメドが立たず、暗礁に乗り上げたこともあったという。だが、研究会の面々が議論を重ね、三千万円を超えていた総工費の見積もりを見直して、一千数百万円にまで抑えることで進展。大会出場に賛同した地域の産業支援機関である「ゆめサポート南相馬」の尽力もあり、県のロボット関連産業基盤強化事業費補助金(福島県)にも採択された。資金課題をクリアしたことで、研究会メンバーの士気も一気に高まった。
縁の下の力持ちとしてプロジェクトを支えるゆめサポート南相馬 取締役所長の渡邉昭一さんは、メンバーの決意を次のように語る。
「もともと自分からやると名乗りをあげるのを得意としない、控えめなところがある一方で、一旦やると決めたからにはやる。そうなったら、後ろ向きな発言は一切せずにやりきる気質が南相馬の企業人にはありますね」(渡邉さん)
1月現在、ロボットの完成に向けて急ピッチで作業が進められており、2月には完成したロボットが実際に動く様子を撮影し、動画サイトにアップするステージゲート審査が控える。
「競技では、階段の移動やメータ、QRコードの読み込み、バルブの操作といった作業のほか、最大1,800mmの高さでの作業が可能になるようにアームを伸ばす動きなど、災害対応の性能が評価されます。越えなければいけない高いハードルがあり、現在、試作機での問題点を踏まえて改良中です」(渡邉さん)
完成したロボットを操縦するのは、地元の技術系短期大学である県立テクノアカデミー浜の学生や、技術系高校の県立小高産業技術高等学校の学生だ。モニターを見ながら遠隔地でロボットを動かすという難役だが、試作機を用いた訓練でも学生から「大丈夫です」という頼もしい声が上がったという。
「地元の大人たちが開発したロボットを、地元の高校生が操縦する。はじめは話題性も考慮した上での選定だったことは否めませんが、今となっては、操縦は彼ら以外に考えられません。というのも、ロボットの動きを見ながら操縦することさえ精一杯の我々にとって、ロボットが見えない遠隔地での操作は至難の業です。しかし、幼少のころからゲームに慣れ親しんできた学生は、障害物をものともせずに、狭い道でもずんずんロボットを前進させられる。その様子を目の当たりにして、本当に驚きました。彼らなら難しい操縦もやり遂げてくれるでしょう」(鈴木さん)
産官学で挑む
ロボットに夢をのせて
地元の学生や企業からなる精鋭が力を結集し、オール南相馬で臨む大会。「本来、私たちのようなロボット開発の新参者が1次審査をパスしただけでも、大きな成果」と謙虚に語る鈴木さんだが、本大会出場の権利を獲得すれば、「南相馬のロボット産業にとっても、いっそう大きなチャンスになる」と、地元への思いも口にする。
「RTFの全面オープンに向けて、国内外の様々な研究機関や企業の目が南相馬に集まっているのを実感していますし、そういった域外の企業や団体と地元企業とがマッチングしたプロジェクトの誕生にも、期待が膨らみます。今回、2次審査を通過して本大会に出場することができれば、浜通り地域、南相馬に高い技術をもった企業が集積しているということをアピールできます」(鈴木さん)
例えば、ボルトやネジなど機械の位置部品の非常に優れた加工技術を持ちながらも、知名度の高くない企業は多い。しかし、そういった企業の1社単独でのロボット開発は難しくても、11社が集まってロボット開発に挑めば、こうして目に見える形で技術力を表現し、発信することができる。「これからは『MISORA』が南相馬のシンボルとなって、地元企業と新しく入ってこられた企業の技術をつないでいきたい」と、鈴木さんは意気込みを語る。
加えて、「子どもたちが南相馬の町に誇りをもつきっかけにもなれば」と、渡邉さんも言葉をつなぐ。
「地元の子どもたちにも、こうした素晴らしい技術力や仕事がこの地域にあることを知ってもらうチャンスと考えています。県外に進学をしたとしても、浜通りに戻ってきて地元で働こうと思ってもらえるような、南相馬の魅力を発信していきたいですね」(渡邉さん)
2020年、夏。南相馬の夢を乗せたロボット「MISORA」が世界に出て大きく羽ばたく。WRS2020での活躍が大いに期待される。
※取材は2020年1月末実施。審査状況やプロフィールは取材時点のもの
南相馬ロボット産業協議会
2006年に地域内の企業、南相馬市、原町商工会議所などの連携で発足した「南相馬機械工業振興協議会」と2011年に「新たな経済成長と雇用創出」を実現するために発足した「南相馬ロボット産業協議会」(旧)が統合。現在61社が加盟し、大学や行政等と連携しながら、南相馬の地域のロボット産業を含めた新産業分野の発展を目的にして活動を行う。
ロボット開発研究会
ロボット開発研究会は、南相馬ロボット産業協議会内の分科会。プログラミング技術の習得によって、ソフトとハード両面の技術を持つロボット開発のエンジニアを養成する目的で設立。WRS2020への参加を目標に、11社が活動中。11社は、栄製作所、YUBITOMA、タカワ精密、花沢技工、菊池製作所、eロボティクス福島、相馬製作所、工製作所、シンコー、ワインデング福島、ハヤシ精機。
ワールドロボットサミット2020(WRS2020)
WRSは、経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が主催する、国際的なロボット大会。「Robotics for Happiness」をテーマに、人とロボットが共生し、協働する社会の実現を目指す。ロボットの技術やアイデアを競う競技会(World Robot Challenge<WRC>)と、ロボット活用の現在と未来の姿を発信する展示会(World Robot Expo<WRE>)から成る。2020年8月20日~22日に、南相馬市の福島ロボットテストフィールドで「インフラ・災害対応」部門の競技会が実施され、2020年10月8日~11日に愛知県国際展示場で、「インフラ・災害対応」部門以外の競技などが実施される。
福島ロボットテストフィールド
福島イノベーション・コースト構想に基づき整備する「福島ロボットテストフィールド」は、物流、インフラ点検、大規模災害などに活用が期待される無人航空機、災害対応ロボット、自動運転ロボット、水中探査ロボットといった陸・海・空のフィールドロボットを主対象に、実際の使用環境を拠点内で再現しながら研究開発、実証試験、性能評価、操縦訓練を行うことができる、世界に類を見ない一大研究開発拠点。