未来テクノロジー
テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ
比嘉 寛幸さん
富士コンピュータ株式会社 取締役
1962年、兵庫県姫路市生まれ。1989年に富士コンピュータ株式会社に入社。自社顧客向け販売管理システムの開発に従事。また、ハローワークから委託を受け、失業者向けIT再教育校の講師を務める。その後、大手製鉄会社の電算システムセンターに出向し、製鉄関連システムの開発保守に9年間携わる。2019年、浪江町に事業所を開所するにあたり、所長として着任。
小林 大地さん
富士コンピュータ株式会社 AI技術研究所
1988年、福島県南相馬市生まれ。高校卒業後コンピュータ系専門学校に進学しエンジニアとして東京で勤務するが、父親と祖母の介護のため帰郷。介護経験を、介護業界の課題解決に生かしたいと考え、2020年9月に富士コンピュータ株式会社に入社。介護コミュニケーションロボット「ふくちゃん」を広めようとSNSを使って広報や企画、イベント、販売を行う。
富士コンピュータ株式会社は、AIを搭載した介護用コミュニケーションロボットの研究開発、製造、販売を行う企業である。少子高齢社会において介護用AIロボットは、これからの需要の高まりが期待されるフィールドだ。これまでにも様々な介護用ロボットが生み出されているが、同社が目指すのは、相手の心の動きを予測しながら会話できるロボット。人間のような言葉のキャッチボールを交わすことで認知症予防や運動機能の維持・向上を促し、高齢者の自立した暮らしをサポートするという。取締役であり所長の比嘉寛幸さんと、広報や企画、販売などを担当する小林大地さんを訪ねて、AIを搭載したロボット開発のこれまでの取組や今度の展望などをうかがった。
AI搭載、対話型介護支援ロボット
研究開発のきっかけは肉親の介護
2021年5月に開所した富士コンピュータ株式会社の浪江工場兼物流センターは、研究開発に集中できる緑豊かな好環境にある。福島ロボットテストフィールド(福島県南相馬市)にある研究オフィスと一体となって研究開発と技術革新を続けている。介護支援ロボットを開発するきっかけを同社の取締役である比嘉所長はこう話す。
「弊社社長が以前、母親の介護をしていたことがありました。お母さまは昼間、眠っている時間が長く、夜中に話し相手をすることが度々あったようです。その時に、話し相手ができるロボットがあればと思い、構想を温めてきました。近年、人工知能の技術が進歩し、いよいよと思っていた時に、地域復興実用化開発等促進事業費補助金(経済産業省・福島県)を知り、応募し採択されました」
2019年、幹部社員とともに浪江町に赴任するとすぐに比嘉所長と社員の奮闘が始まった。目標は、『人の心に寄り添い、癒しと安心を届ける介護ロボット』の研究開発と製造販売だ。比嘉所長たちは試作を続け、2020年の実証試験の結果を反映させながら1号、2号、3号と、改良に改良を重ねている。
「基本は、Wi-Fiで稼働させるもので頭脳はSDカードです。それをクラウドで同期させて動く仕組みになっています」
社員の努力と地元企業の支援を両輪に
ついに犬型ロボット「ふくちゃん」完成!
とにかくすべてが初めてのことで、ロボット表面の素材もあれこれ悩んだという比嘉所長。
「人間に近いと、どうしてもちょっと怖い感じになってしまうんですよ。そこで、ペット系なら可愛がってもらえるのではと、手触りのいい犬のぬいぐるみ仕様にしました」
試行錯誤を経て、ついに完成したAI搭載犬型介護コミュニケーションロボットは、「ふくちゃん」と名付けられた。現在「ふくちゃん3号」が、2度目の実証試験のため県内の介護施設で活躍している。
実際、どのように動くのかと取材班が思った瞬間、「一緒に会話しませんか?」と目の前で声がした。テーブルの上のふくちゃんが話しかけてきたのだ。
「帽子にカメラとマイクが付いていて、人の会話を聞いて反応するんですよ(笑)」と比嘉所長。当初は、会話のパターンも少なかったそうだが、どんどんバージョンアップを行い、いまでは単語と応答のパターンも含め5,000語ほどになったという。
浪江に拠点を構えてからの日々を「あっという間」と話す比嘉所長だが、やはり初年度は、試行錯誤の連続だったそうだ。手や首を動かしながら会話をするロボットをつくるためには、どうしても電子機器のノウハウが必要だ。
「しかし、弊社はソフトウェア会社。設計や組立など、ハードに関するスキルを早急に充実させる必要がありました。そんな時に手を差し伸べてくれたのが地元企業のみなさんでした。本当に心強く、ありがたかったです」
同社の研究オフィスがある南相馬市に福島県が設置している職業能力開発施設能力の一つ、県立テクノアカデミー浜のサポートも大きかったそうだ。短期大学校のロボット・環境エネルギーシステム学科には、社会人向けに開講されている講座があり、比嘉所長たちの背中を押した。
「開発要員を通わせて電子機器に関する専門性を高めました。ロボットテストフィールドの近くに人を育てる施設があるなんて、福島県ってすごいなと思いましたよ」
介護の課題解決に貢献したい。地元採用の
社員が動画で「ふくちゃん3号」をPR
3年目に入り人材も増えた。現在、同社では本社からの社員と地元採用のプログラマーやシステムエンジニアたちが一丸となって、実証試験で得た課題解決と理想とするAI介護ロボットの開発研究に取り組んでいる。2020年に入社した南相馬市出身の小林さんも地元採用の一人だ。父と祖母の介護を経験した小林さんは、家族介護の課題を解決する一助になりたいと同社を志望した。ふくちゃんの魅力を一人でも多くの人に伝えようとSNSを使って広報や企画、動画配信、イベントなどを担当している。
「ネット上に『ふくちゃんの動画』をアップし、その魅力を紹介しています。問いかけに返事をしたり、話しかけてきたりする声や動きなど、実際にお客様が導入される時のことを考えて、等身大のふくちゃんが伝わるように工夫しています。私に好きなロボットを尋ねてきたり、ちょっとあおったりするリアルなふくちゃんを見てください(笑)」
歌、体操、防水仕様など
実証試験で得た要望を次々と解決
介護施設での実証試験を踏まえ改良した点も比嘉所長にうかがった。歌と体操は、すぐさまふくちゃんに覚えてもらったという。
「体操は、フレイル※を予防するためにというものでした。介護職員の方の声かけに、高齢の方々が乗ってこないということがあるようなんです。愛くるしいふくちゃんが、みなさんの前で手をあげたり、首を回したりすれば、面白がって一緒にやってくれるのではないかと」
※高齢化により身体機能や精神機能の低下、社会との繋がりの低下により心身が弱った状態になること。
もし、ふくちゃんとお年寄りが一緒に体操できたら、その間に介護職員は違う仕事ができる。これは何としてもふくちゃんに覚えてもらいたいと思ったそうだ。
「あとは、お茶とかをこぼしても安心して使えるように防水仕様にしてほしいという要望もありました。いずれも改良済みです」
故郷を離れ施設で暮らすお年寄りの
ために“方言”がわかるロボットを
ほかにも故郷を離れて暮らすお年寄りのために、浪江町のゆるキャラ「うけどん」仕様のロボットができないかという要望や、方言に対応できないかなどの声もあった。
「『うけどん』仕様のロボットは、間もなく完成します。将来的には方言を話すロボットが出来たら、お年寄りの方はとても喜ぶと思います。福島県は浜通り、中通り、会津と使う方言が異なりますが、ふくちゃんにチャレンジしてもらおうと話しているところです」
理想に向かって力を合わせる
成長機会と伸びしろのある環境
誕生以来、ふくちゃんはものすごいスピードで進化し続けている。活躍の場面も介護や医療現場に限らず学校の保健室や幼稚園、保育園などでも、人を癒し、和ませているという声も届くようになった。
「うれしい限りです」と、ほほ笑む比嘉所長。
「コンピュータ業界は、日進月歩。昨日までの技術が、今日になると陳腐化しているときもあります。常に勉強しないと最先端の技術は取り入れられません。社員には、常に学んで新しい技術をどんどん取り入れていきましょうと言っています。問題が生じたら、その都度解決する方法を考えていけばいい。理想に向かって、みんなで力を合わせて進む環境は夢とやりがいがあります」
ふくちゃんの進化とそれを支える社員の成長をわが子のように見守り、自らのモチベーションにしている比嘉所長。部下を代表して小林さんに、印象を尋ねた。
「入社当時、まだ私が慣れなくて手一杯の時に、数えきれないほどフォローしていただきました。身を投げ出してということが何度もありました。本当に心強い上司です。この方のもとで働けてよかったと思っています」と話してくれた。
2022年2月、2回目の実証試験を終えたふくちゃんを回収し、さらに改良を重ねた先に、本格的な販売を考えているという同社。小林さんによれば、使う人にさらに寄り添うためのアプリケーションを現在、開発中とのこと。完成したアプリケーションをスマートフォンにダウンロードすれば、ロボットにさせたい会話や動きをもっと個人レベルで入力できるようになるという。このほど福島県産ロボットの認定を受けたふくちゃんは、県内外の公共機関や法人が購入する際に福島県産ロボット導入助成金を活用でき、購入後に2分の1の金額が補助される。
ふくちゃんと一緒に好きなおやつの話をしたり、体操したり、思い出の歌を歌ったり、思わず笑顔がほころぶ会話を楽しめる日が、すぐそこまで来ている。満を持してのデビューが楽しみでならない。
富士コンピュータ株式会社
本社は、兵庫県加古川市に拠点を構えるソフトウェア開発の老舗。福島県では、浪江工場兼物流センター(2021年5月開所)と福島ロボットテストフィールドにある研究オフィスとが一体となり、培ってきたAI技術を用いた介護支援コミュニケーションロボットの研究開発、製造、販売を行っている。介護を受ける人の趣味や嗜好、経験などに対応する高度な会話システムをブラッシュアップ。AI搭載ロボットが介護の癒しになるよう、使う人に寄り添う技術を創造する研究に取り組んでいる。