未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

限りなく自動化した完全閉鎖型植物工場で
持続可能な近未来の農業をリアルに描く

2021年10月18日

沼上 さん

株式会社A-Plus 代表取締役

1968年、埼玉県生まれ。半導体商社に就職し、家電メーカー等を取引先として20年以上、電子部品の営業に携わる。勤務先が太陽光発電に参入したのを機に、太陽光の有効活用先として植物工場事業を担当。同事業をスピンオフして独立する形で2017年11月に独立。自ら理想の植物工場建設を志し、適地を探す中で福島県田村市と出会う。2019年6月、本社を田村市都路へ移転。2020年12月、完全閉鎖型の植物工場が稼働開始。埼玉県内に基礎研究施設があり、AI解析やロボット技術を駆使した近未来型の農業の実現、現行農業向けの新たな事業展開を目指す。

福島県田村市の東端にある都路(みやこじ)地区。東日本大震災と原発事故で避難区域となり、一時は地区の住民がゼロになったこの地で、2020年12月、巨大な野菜工場が稼働を開始した。運営するのは株式会社A-Plus(エープラス)。理想の植物工場をつくりたいと考える沼上社長の思いと、地域農業再生の突破口を探す田村市の熱意がマッチして誕生した。ここで行われているのは、単なる屋内の水耕栽培ではない。ここは世界初という自動搬送システムをはじめ、定植から収穫、包装までを専用に開発されたロボットが行う最先端技術の粋を集めた完全閉鎖型植物工場なのだ。その構内はまさに近未来を思わせ、農業を取り巻く環境が厳しい日本で、ロボットやAIを駆使した省力化・自動化は農業の将来にとって救世主となりうることを予感させる。また、「若い人が魅力を感じる新しい農業の形をつくりたい」と話す沼上社長は、工場で蓄積したデータを活用して現行栽培の支援も計画している。ここを拠点にどんな農業の未来が展開していくのか、これまでの取組や今後の展望をうかがった。

最先端技術の植物工場で
安全・安心な野菜を安定供給

一見すると、巨大な物流倉庫のような外観。しかし、中に入り2階ロビーの見学窓から内部を眺めると、そこには近未来という表現がふさわしい光景が広がる。

ここは株式会社A-Plusの沼上社長が、「柔軟かつ持続可能な農業」を目指し、福島県田村市の都路地区に建設した植物工場「Farm & Factory TAMURA」だ。2020年12月に稼働を開始した。フル稼働時には1日換算で約2トンのレタス類を生産する。高さ約10メートルの金属製のラックに整然と並ぶレタスのベッド。明るい昼光を思わせるLEDライト。上部にはモノレールのような軌道が走り、それに沿って14台のカラフルな自動搬送機がラックの間を駆けていく。

思わず「かっこいい!」と声を上げる取材班に、沼上社長が「ちょっとしたテーマパークみたいでしょう」と笑いながら説明してくれた。

「ひとくちに植物工場と言っても、実際はいろいろな形態があります。太陽光利用型や人工光を補うタイプもありますが、ここは完全閉鎖型。さらに、世界初の自動搬送技術や最新鋭のロボットなどを導入し、定植、移植から収穫、洗浄、計量、包装に至るまで大幅な自動化を実現しています」

沼上社長によると、「植物工場」を名乗ってはいても、屋内で土を使わないというだけで実際は大勢の人間が手作業している施設も多いという。しかし、ここはその意味でも正真正銘の「工場」である。見学窓から見渡す構内には、機械のメンテナンス作業員一人の他に人の姿はなかった。

収穫は専用に開発した機械が行う

外葉をとり、箱詰め、梱包は人が行うが、それ以外はすべてロボットが担う

「このような完全閉鎖、ほぼ無人の環境で育てた野菜は、菌の数が少ないため鮮度が長持ちします。また、加工品の賞味期限も延びるので、食品ロスの改善につながります。さらに、出荷可能な大きさまで育つ割合が高く捨てる部分が少ないので、廃棄ロスも低減できます」

さらに、天候に左右されないため通年で安定供給が可能で、完全無農薬栽培という点でも消費者に「安全・安心」をアピールできる。徹底した衛生管理の下で生産されるA-Plusのレタスは、一部を自社でカップサラダに加工し地元スーパーなどで販売するが、大部分がサンドイッチや弁当などの業務用として出荷される。

新型コロナウイルスの感染拡大前から、衛生環境や食の安全に対する市場の要求度はますます高まっている。A-Plusの野菜のような「安全・安心で安定した商品」は、食品加工業界の需要に確実に応えているものに違いない。

自社で開発したカップサラダ3種。
地域ブランド「田村の極」に認証されている

技術の力で限界を超える
ビッグデータ活用で現行農業の支援も

施設内で環境を制御して植物を育てる「植物工場」は、日本では1980年代頃から始まった。その後、幾度かのブームを経て、近年再び機運が高まっているという。理由は、農業人口の高齢化、担い手不足、多発する異常気象への対応だ。また、人工光源やエネルギー効率など技術面の進歩も大きな後押しとなっている。

とは言え、植物工場も万能ではない。現状の課題の一つは、栽培品目が限られること。工場のレタスは種まきから約40日で収穫できるが、それより時間がかかると採算が難しくなる。トマトのような果菜の生産も技術的には可能だが、人工光の当て方などに工夫が必要で、さらにコストがかかるという。

それでも沼上社長は、徐々に栽培品目を広げ、将来は大豆などのタンパク源にも挑戦してみたいという。いま、レタスに続く量産品として研究を進めているのがイチゴだ。埼玉県和光市の研究施設で実証を重ねている。

「いちばん手間がかかるのは授粉と収穫。授粉は本来ハチなどの虫が媒介しますが、完全閉鎖型工場では別の方法を考えないといけない。現在、超音波とロボットを組み合わせるなどの新技術も検討しているところです」

SF小説の1ページのようなストーリーが、現実になりつつあるのだ。さらに沼上社長は、この植物工場で蓄積されるビッグデータの活用も計画している。

「工場内に張り巡らしたセンサーで温度、湿度、炭酸ガス濃度などを管理しており、これらのデータをクラウド上に蓄積しています。これらをAIに解析・判断させ、将来的には栽培環境の最適化を完全自動化するシステムを構築したいですね」

構内の各所からデータが集まるコントロールルーム

そこへ気象データも追加すれば、屋外で行う現行農業を支援する新たなサービス(栽培環境の提供、需要予測、病気予測など)も創出できるという。また、この工場で実現している高度なロボット技術も、農作業の負荷軽減に貢献しそうだ。

「画像認識とアーム型ロボットの組み合わせ技術が向上すれば、ナスやキュウリなどもいずれは収穫可能になるでしょう。ただ、同時に栽培方法も見直さないといけません。地面に転がっているイチゴは取りにくいですが、高架から同じ高さにぶら下がっていれば取りやすい。自動化と栽培方法は同時に考えていく必要があります」

沼上社長の話から、近未来の農業の姿が次第に浮かび上がってくる。

福島の復興支援と
日本農業の未来への思い

そもそも沼上社長自身に農業のバックグラウンドはない。埼玉県で生まれ育ち、東京の大学を出て就職したのは半導体商社。そこで20年以上、家電メーカーを相手に電子部品の営業に携わる。勤務先が太陽光発電に参入すると、太陽光の有効活用先としての植物工場事業を担当することに。そして2017年11月、その事業をスピンオフする形で独立に至る。

自らの原動力は「好奇心」と語る沼上社長

もっとも、独立当初は既存施設を支援するコンサルティング業を志向した。しかし実績がない中で信用を得るのは難しく、なかなか軌道に乗らない。このままでいいのかと自問した沼上社長は、「自身で理想の工場をつくる」という大きな決断をする。

まず始めたのは場所探しだ。物流面など諸条件から候補となる自治体をリストアップし、「片っ端から電話をかけた」という。その中で最終的に田村市に決めたのは、市側の熱意と、自身の復興支援への思いだった。

「東日本大震災のとき私は東京にいて、被災地のために何もできなかったという思いが、ずっと心に引っかかっていました。過疎高齢化が進む被災地で植物工場という最先端の農業をやることが、復興支援につながると考えたのです。もちろん、田村市さんが非常に熱心だったのも決め手となりました」

そして2019年6月、本社を田村市に移転。社名をA-Plusに変更し、同時に工場も着工。ロボット類は前職で培ったネットワークを駆使し、日本各地の機械メーカーの技術の粋を集めて独自のものを開発した。こうして2020年末、世界でも最新鋭の植物工場「Farm & Factory TAMURA」が稼働を始めた。

太陽光パネルを屋根一面に載せた「Farm & Factory TAMURA」

もう一つ、沼上社長をこの事業に駆り立てたのは、日本の農業をなんとかしたいという思いだ。

「一所懸命に作物を育てても、異常気象や台風で全滅してしまう。これでは若い人はやる気になりません。その点植物工場なら気象に左右されず、安定生産できる。つまり安定雇用が担保できます。作業環境も1年を通して変わらない。これなら若い人も魅力を感じてくれるのでは」

現在28名(パート含む)いるA-Plusの従業員はすべて地元採用だ。工場内はほぼ無人化されているとは言え、人間にしか担えない様々な業務がある。ここで研鑽を積んだ社員が今後、同様の工場を他で展開する際の指導や、第三者の植物工場の支援にあたることも想定しているという。

GAP(農業生産工程管理)指導員資格を持った社員もいる

未知の領域に挑み続けてきた沼上社長の原動力は何かと尋ねると、「好奇心」という答えが返ってきた。その原点は、あらゆるものに対する興味なのだろう。月の半分以上を田村市で過ごし、初めての地方暮らしに「静かで広々としていいですね。周りも穏やかな人ばかり」と笑う。その一方で、「自ら考え行動せよ、失敗を恐れるな」と社員を奮い立たせる。

地域の発展と被災地の復興を国内外に発信していきたいという思いを胸に突き進む沼上さん。近未来の農業の姿をリアルに描きながら「Farm & Factory TAMURA」は進化し続ける。

株式会社A-Plus

2017年埼玉県で設立。理想の植物工場建設を目指し、適地を探す中で福島県田村市と出会う。2019年6月、本社を同市へ移転して工場建設に着工。2020年末、完全閉鎖型の「Farm & Factory TAMURA」を稼働開始させた。最新技術を駆使したロボットや機械設備の導入で大幅な自動化を実現し、ほぼ無人でレタスを安定生産するほか、イチゴの実証栽培にも取り組む。埼玉県和光市にも基礎研究施設を有する。将来的には工場で蓄積したデータをAIで解析、さらに天候データも加えて現行農業向けに利用するなど、農業の将来を見据えた事業を構想する。