シェアする

  • LINE
  • Twitter
  • Facebook

未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

山村からファッショントレンドを発信 葛尾の天然水で仕上げる高級ニット

2021年03月29日

梅澤 義雄さん

金泉ニット株式会社 顧問

福島県田村市出身。田村市役所に勤め、福祉や観光の仕事を歴任。産業部長として企業誘致や地域振興に携わり、磐越自動車道の田村中央スマートI.C設立に尽力する。退職後は葛尾村役場に請われ、復興支援事業をサポート。金泉ニットを担当し、工場進出を後押しする。2年後、葛尾村での仕事を終え、地域活動に従事。2019年4月より金泉ニットの顧問に就任。

日本を代表する絹織物の産地である川俣町、戦後はニットの産地として発展した伊達市など、福島県は古くから織物の産地だった。2016年6月、葛尾(かつらお)村の避難指示が解除されると、愛知県岡崎市にあるニットメーカー「金泉ニット株式会社」が工場進出を決め、業界の注目を集めた。同社の誘致に尽力し、現在は顧問を務める梅澤義雄さんを訪ね、進出の思いや今後のビジョンなど、話をうかがった。

高級ニットを手がける編み物メーカーが
豊かな自然に見せられ工場を新設

金泉ニットは愛知県岡崎市に本社工場を構える、1973年創業のニットメーカー。東京にも事務所を構え、商品のデザインや開発、営業など行っている。日本のニット工場ならではの高い技術力を生かし、繊細な編み地の評価は高い。紡績会社と連携した素材の開発、オリジナル糸や仕上げ加工開発といった企画提案力を武器に、三越伊勢丹や高島屋などの百貨店をはじめ、国内ブランド、イギリスやドイツ、ベルギー、スウェーデン、アメリカなどの海外ブランドのOEMを手がけている。

モダンで上品な佇まいのニットは、シルエットも美しい

確かな品質でシェアを拡大しつつあったが、岡崎工場が手狭になり、新たに編み機を置くスペースがほとんどなかった。また、外注比率を抑え、自社が責任を持って生産することで製品のクオリティアップを図りたいとも考え、工場の新設を検討していた。「葛尾村に新工場を建てたのは、東日本大震災や福島第一原子力発電所事故で苦しむ被災地の役に立ちたいという社長の思いがあったから」と話す梅澤さん。

「新工場がある場所はもともと中学校のグランド跡地。震災後、学校が移転したので、雑草が伸び放題の荒れ地になっていて産業団地としては未整備の状態。さらに、思っていた以上に山ばかりだったようで、葛尾村へ視察に来た社長は驚かれていました」と当時を振り返る。

自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金を活用し、福島工場を新設。2018年6月に操業した。敷地面積は6,000平方メートル。1,800平方メートルもある工場には、島津製作所の最新式編み機が40台以上並ぶ。その向こうには、糸始末などをする縫製、洗濯と乾燥をする縮絨(しゅくじゅう)機などがある。現在は1日200枚ほどを生産。本格稼働すれば1日500枚、年間13万枚を生産できるという。

梅澤義雄さん(金泉ニット株式会社 顧問)。「葛尾村の復興支援だけにとどまらず、『福島から世界へ』向けた高品質なニット製品を手がけていきたい」と意気込む

大自然がつくりだした「超軟水」が
着心地抜群の高級ニットを生み出す

ホールガーメント機を使った無縫製編みのニットは一体成形で継ぎ目がなく、服の裏に凸凹ができないため着心地が良い。さらに、どのニットもなめらかで、優しい手触りの商品にファンも多い。

明るい工場以内に最新式の編み機がずらりと並ぶ。プリンターのように編み立てられたニットが下から出てくる

「この心地よい手触りを生み出す秘密は、葛尾村の水なんです」と梅澤さんがうれしそうに話す。ニットの生産工程で欠かせないのが、洗いのための水。阿武隈山系に抱かれた葛尾村の水は、ミネラル成分が非常に少ない「超軟水」。

仕上げの工程にこの超軟水を使うことで、ニットによくあるチクチク感がなくなり、ふんわりとやわらかい独特の風合いが生まれる。ニットを硬水で洗うと5センチほど縮んでしまうが、超軟水の場合はほとんど縮むことはない。ニットの縮みを見越して、服を長く編む必要がなく、素材の無駄も生まれない。福島工場では2つの井戸を掘り、地下約130メートルからくみ上げた超軟水を使っている。他社ではマネできない、葛尾村ならではの恵み。

糸の始末やほつれの修正、仕上げなどは手作業で行う

また、クライアントからの要望にスムーズに応えられるのも同社の強み。東京事務所には試作用の編み機があり、デザイン案を考えサンプルを提案。東京事務所と福島工場はオンラインでつながり、完成した服の組織図データが送られ、国内外のクライアントから受注したブランド製品を工場で一括生産する。

「今後はファッションだけでなく、ウィンタースポーツのインナーなど、スポーツ分野にも進出したいと考えています。素材開発からの提案、肌触りの良さなど、当社がこれまで培った経験とノウハウを生かし、チャレンジしたいと考えています」

さまざまな課題を乗り越え、
葛尾村をニットの産地にする

豊かな自然の恵みが、ここでしか作れないニットを生み出すが、被災地ならではの悩みがある。

「一つ目が物流。相双地区は大型物流が来ないんです。原発事故による放射線の影響からドライバーを守るという理由らしいです。なので荷物の発送は、家庭用の宅配便を使っているのが現状です。年間で何百万というコストが生まれてしまうため、周りの自治体や企業と一緒に協議会を作り、物流の改善を呼びかけていく予定です」

二つめの課題は雇用。福島工場では、現在15名が働いており、そのうち6名を地元で採用した。

「原発事故によって、葛尾村は全村避難になりました。2016年に大部分の避難指示が解除されましたが、5年の間に避難先で就職した人もいて帰ってこない村民もいます。自然豊かとはいえ、都会と比べ不便もありますから、若い人の就職希望は多くないですね。そのため、当初の計画通りの採用が進んでいません。今は機械があまっている状態なので、採用が進めばフル生産にも弾みがつくのですが……」と苦しい胸の内を語る。

編み機はコンピューター制御されている。1人4台の編み機を担当し、糸切れなどを手際よくチェックし、スムーズに生産できるよう管理

それでも、工場内には若い社員が一心に仕事に取り組んでいる。福島工場の操業間もない2018年6月に入社した、野尻快さんに話をうかがった。

地元いわき市の服飾専門学校を卒業し、先生の薦めもあり金泉ニット福島工場に就職。現在は、編み機でスワッチ作成、試作品の作成、量産前製品の寸法管理と指示出し、サンプル糸の管理、後工程から出荷までと、幅広い業務を担当している。

野尻快さん。ニットの風合いにひかれ入社

「弊社の魅力は、独自調合の縮絨(しゅくじゅう)方法で洗った風合いです。洗いによって糸の風合いが変わるので、毎回初めての糸を使うときは新鮮で、面白いですね。また、粗くざっくり編んだローゲージから細かく編んだハイゲージまで、幅広い厚さのニットを生産できるのも弊社の特徴。初めてのニットを試作するときは、どのように修正すればパーツが美しく見えるか試行錯誤しています。すべてが勉強になるので夢中になれますね」,200人を束ね、水害訴訟団の団長として国を相手に交渉した。目的はお金ではない、堤防を丈夫にすることだった。同社はそこから復活してきた。福島との比較にはなりませんよと断りながら、浅野さんはそう話した。

ふるさと納税の返礼品としてニットを生産しているとき、葛尾村に貢献しているなと感じるそう。「金泉ニットを通じて、福島を活性化できればいいなと思います。糸の勉強にも力を入れ、糸の開発をしてみたいし、いつかは自分の製品を企画してみたいですね」と夢を語ってくれた。

「葛尾村は空気が澄んできれいですし、村の人は温かい方ばかり。休日は自社のニットを着て、愛犬と散歩に出かけています」

自社ブランドを立ち上げ
葛尾産ニットを世界に発信

長いこと行政に携わってきたから、ニットのことはまだまだ勉強中だと言う梅澤さん。この仕事の面白さはどこにあるのだろうか。

「日々、新しいニットを生産しているので、ファッションのトレンドが手に取るように分かります。こんな山の中なのに流行の発信地というか。年に数回、工場で特売会があって、地元の女性たちが喜んで買ってくれる。だから葛尾村の女性たちはみなさん、おしゃれですよ(笑)。金泉ニットは葛尾村の数少ない企業。人材を獲得し、にぎやかな工場にしていきたいですね」と展望を語る。

学生インターンの受け入れや工場見学、若い服飾デザイナーの卵を招き、サンプル作りや個人ブランドの立ち上げをサポートしても面白いかもと、取材時もアイデアがいくつも飛び出した。

部屋の片隅にはたくさんのサンプルや糸見本が置かれている


2020年は新型コロナウイルスの影響もあって、アパレル業界を取り巻く環境は一変。外出自粛のあおりを受け、衣類の需要が減り受注が落ち込んだ。そこで同社は、デザインから製造、ウェブサイトでの販売までを自社で行うファクトリーブランド(自社ブランド)を立ち上げるプロジェクトを発足。試作品作りに励んだ。そして、2021年1月、自社ブランド「FEIL(フィール)」を発表。

初年度は、セーターやカーディガン、スカートなど計6点をリリース。素材にウールを使いながらも、カシミヤのような心地よい手触りが自慢だ。さらに、流通業者を通さないことで、高品質なニットを手頃な価格でお客に届けられるのも魅力。ベーシックなデザインは、自然体で気軽に着られると好評だ。

2021年の秋には、本社にある最終工程部門を福島工場に移転する予定。地域に根を下ろす金泉ニットが、葛尾生まれのニットを手に復興を力強く後押しする。

金泉ニット株式会社

1973年創業の、愛知県岡崎市に本社工場を持つニットメーカー。素材の開発や高い提案力を生かし、国内や欧米ブランドのOEM制作を行う。被災地の復興支援として、2016年に福島県葛尾村に工場新設を決め、2018年6月に操業。仕上げに超軟水を使ったニットは、さらりとした手触りと、着心地の良さが人気。同社のニットは葛尾村のふるさと納税返礼品にも選ばれている。