未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

まるで友だちみたいな関係性
人生を共に歩むパートナーロボット

2021年03月26日

川内 康裕さん

株式会社リビングロボット 代表取締役社長

1967年生まれ。愛媛大学工学部卒業後、シャープ株式会社へ入社し、数多くの通信関連の商品開発に携わる。世界初のカラー液晶・カメラ付き携帯をはじめ、ワンセグ携帯、ソーラー携帯、Androidスマホの開発など、携帯電話・スマートフォンの発展に貢献。その他にも多岐にわたる新規商品の立ち上げを行い、世界初のスマホロボット「ロボホン」の開発にも携わる。退職後、ロボット関連のコンサルティングなどを行い、2018年4月に仲間4人と株式会社リビングロボットを起業。

受付ロボットやペットロボットなど、暮らしの中でロボットに触れる機会が増えてきた。しかし、人に寄り添い、人と一緒に成長するロボットはまだ存在しない。それは、ロボットがいなくても人は生きていけるからなのだろうか。そんな疑問に答えてくれるのが「ロボットと人が共に生きる社会の実現」をミッションに掲げる株式会社リビングロボットだ。代表取締役社長の川内康裕さんに創業の思い、ロボットと共存する未来の世界について話をうかがった。

便利な道具から、身近なパートナーへ
スマホ開発の知識を生かしロボット開発

リビングロボットが入居する福島ロボットテストフィールドの一室を訪れると、代表取締役社長の川内さんが出迎えてくれた。すぐそばには高さ13cmほどのかわいらしいロボットがいる。名前は「あるくメカトロウィーゴ(以下、ウィーゴ)」。プログラミングの教材としてこの3月から一般発売が始まった。

川内さんをはじめ創業メンバーは、数年前まで大手家電メーカーで携帯電話やスマートフォン(以下、スマホ)などを開発していたエンジニア。「2000年代から2010年代前半にかけては、技術がどんどん変化していく楽しい時代だった」と川内さんが振り返る。そして最後に手がけたのが、コミュニケーションロボット「RoBoHoN(ロボホン)」だった。スマホ機能を備え、着信があると「電話だよ」と呼びかけるユニークな商品。

「製品の信頼性テスト中に発火して、ロボホンの顔がただれたことがあったんです。技術者だからこれが部品の集まりだと分かっているのに、なぜか心苦しくなって。今まで携帯電話といった便利な道具を作ってきたけれど、人に寄りそうパートナーとしてのロボットを作れるのではないかと思い、その実現のために会社を辞め、起業することを決めました」

新しいロボットをイチから作るとなると今までとは勝手が違うのではないか。

「設計図が決まっていれば、コストの低い中国に発注しますが、ゼロからの開発となると、技術とノウハウがちゃんと継承できている場所が重要です。そこで、以前から付き合いのあった福島県伊達市にあるアサヒ電子株式会社の社長に相談したところ、協力してくれるとのこと。さらに会社の一角まで貸していただき、リビングロボットの本社を構えることになったんです」

同社の強みは、回路設計や基盤設計、製造、ソフトウエアまで自社内で完結し、全てにおいてクオリティコントロールができること。ウィーゴはAndroid OSで動き、スピーカーやマイク、カメラなどを備える。ウィーゴの開発は、まさにスマホを開発することだった。

「日本のメーカーがスマホ事業から撤退していることからも分かるように、スマホは膨大な開発費と時間がかかるのに利益が少ない。でも、僕たちはスマホを作ってきたノウハウと経験があるのでイチから開発できたし、小型化にも成功しました」

そして2020年、自分で動かせ一緒に学ぶロボット「あるくメカトロウィーゴ」が誕生した。

川内康裕さん(株式会社リビングロボット 代表取締役社長)。枠にとらわれず、もっと自由にものづくりをしたいと起業

かわいいだけでは売れない
「体験を共有する」という価値

かつて製作した「ロボホン」は、多くのメディアに取り上げられ注目を集めたが、販売は思うように伸びなかったそう。

「イノベーティブな商品であったとしても、かわいいだけでは20万円という金額を払う人はいませんでした。一番の失敗は、ロボホンに必然性がなかったこと。そこでウィーゴは価格を10万円以下に抑え、2つの必然性を持たせました」

完成した「あるくメカトロウィーゴ」。バッテリー駆動の二足歩行ロボットで、直感的に操作できる子ども向けプログラミング言語「Scratch」で制御する

1つは、新しく始まるプログラミング学習用ロボットとしての役割。地元伊達市にある小中一貫校「月舘学園」をはじめ、福岡県や広島県の小学校で導入され、2021年度には伊達市内の全小学校での導入も予定されている。そしてもう1つが、「人に寄りそうパートナーロボット」という役割だった。

例えば、ウィーゴを持つ子どもがいる。離れて暮らす祖父母がタブレットを使い呼びかけると、ウィーゴの手がスッと上がり、ビデオ通話の着信を知らせる。ウィーゴの頭をパカッと開けるとカメラが起動し、会話が始まる。

同じことはスマートフォンを使えば、もっと手軽にできるのではと尋ねると、川内さんが笑いながら答える。

「確かに、道具としてはスマホには勝てないと思います。例えば、リビングなどに置くネットワークカメラとウィーゴは機能的には同じ。でも、むき出しになったカメラだと監視されているような気がしませんか。ウィーゴはわざわざ頭を開けてからビデオ通話するスタイルです。それを不便ととらえるかは人それぞれですが、スマホなどにはない、愛らしさや人格のようなものを感じられると思います」

頭を開けるとカメラが起動し、右にいるウィーゴの見ている映像がタブレットに映る

ウィーゴは小さく、気軽に持ち運べるので、「今、公園で遊んでいるよ」と、外から祖父母に動画を送ることも可能だ。子どもにとっては、ウィーゴと一緒に祖父母とおしゃべりした、ウィーゴと公園で遊んだという体験や思い出が増え、大切な友だちのひとりになっていく。

「道具ではなく、パートナーロボットというものを広げていきたいんです」。取材中、川内さんが何度も話す姿が印象的だった。

ロボットならではの個性を楽しむ
随所に込められたクリエーターのこだわり

ウィーゴのデザインは、モデリズムの小林和史さんが生み出したオリジナルロボット「メカトロウィーゴ」をモデルに製作した。愛らしい動きは、エンジニアであり、作曲家や振付師などの顔を持つ、クリエーターの亀井栄輔さんが手がけた。ダンスをしたり、手を挙げたりと、愛着あふれる動きの一つ一つを何度も検証し、作りあげていったそう。

子どもが使うということで、電源が入っていないときに腕や足を動かしても壊れないよう、間接にギアを組み込んでいる。片足で立ったり、手の先端がどの方向を向いていても必ず前回りを成功させたりする動きには、高い技術力が詰まっていることが分かる。

身長約13cm、体重約230gとかわいらしいサイズ。片足立ちができるので、ついついいろんなポーズをさせてしまう。ケーブルがささった姿もどこかユニーク

小型化したのは、かばんに入れて持ち出し、一緒にいる時間を増やしてほしいという思いがあったから。体験や思い出を共有することで愛着が湧き、好きになっていくのは人間もロボットも変わらない。

「鬼太郎の目玉のおやじや、ピノキオのコオロギのように、いつもそばにいるパートナーになってくれたらうれしいですね」と、川内さんが笑う。そんなウィーゴはプログラミングの授業で子どもたちの人気者だったそう。

「授業ではウィーゴを使い、A地点からB地点まで歩くように指示を出します。でも、個体によって動きに誤差が出ることがあり、前に行きすぎたり、右にずれたりと、狙い通りにたどり着かないんですね(笑)。子どもたちはその誤差を修正しながら、プログラミングを学びます。画面だけで完結するプログラミングの授業だと、5歩前進という指示を出せば全員が正解するけれど、人によって誤差が違うのはロボットを使う授業ならではの面白さだと思います」

なにより、自分のロボットは少し右にずれる個性があるという点も、子どもたちが喜んだ理由かもしれない。カスタマイズ用のパーツや、自由に着彩できるパーツを使えば、「私だけのウィーゴ」が完成する。

パーツを組み合わせたり、シールを貼ったり、自分だけのカスタマイズができるのもウィーゴの魅力のひとつ

社会課題の解決と実装を目指し
人生100年時代を共に生きる

リビングロボットでは、人の成長にあわせて共に成長する「生きるロボット」と、人がより人らしく生きられるようにする「活かすロボット」を開発している。

「0歳から100歳までをサポートするロボットを作る計画です。赤ちゃんには見守りロボット、子どもにはウィーゴなど、お年寄りには車イス型ロボットも面白いかもしれませんね」

同社のロボットは撮影した写真や動画などをクラウドで管理する。そのため、昔の写真を見せて、とロボットにお願いすると、画面上に自分が赤ちゃんだった頃の動画が再生される。ロボットは年齢とともに変わるかもしれないが、思い出を共有しながら自分だけのパートナーとして、常に寄りそってくれる。

遠隔操作もできるので、社員全員に渡して代理会議をすれば、いつもと違う斬新なアイデアが浮かぶかも

5Gや人工知能(AI)、IoTといった最先端テクノロジーを活用する「活かすロボット」は、社会課題の解決を目指す。

例えば、介護における排せつ対応は、処理が遅くなるほど臭いがきつくなり、家族だとしても虐待につながる恐れがあると言われている。そこで同社は、排せつ物の臭いを感知するセンサーをロボットに組み込むことを考えている。さらに使い続けることで排せつリズムをAIが予知し通知する。まだ歩ける人にはトイレのタイミングを声かけしてくれる。

最後に、同社が理想とする世界を尋ねた。

「リビングは人が集まる最小空間。リビングから人とロボットの共存が始まり、リビングから家全体へ。さらに街全体、そして社会全体に広がっていったらうれしいですね。そんな思いがあって社名に『リビング』と入れているんです。ロボットを通じ、さまざまなコミュニケーションができるよう、企業とのコラボを企画しているので楽しみにしていてください」と意気込む川内さん。

ロボットがいなくても人は生きていける。しかし、リビングロボットが考えるパートナーロボットは、人の心をやわらかくし、暮らしに新しい彩りを添えてくる気がしてならない。「この子が私のロボットです」。そんなあいさつから始まる社会はもう始まろうとしている。

株式会社リビングロボット

2018年、大手家電メーカーで携帯電話、スマートフォン、ロボホンなど、イノベーティブな商品を開発してきたメンバーが集まり起業。福島県伊達市に本社を構える一方、福島ロボットテストフィールドや九州にも開発ラボを置き、人と共に成長するロボットの開発を行う。自分で動かせ、一緒に遊べる「あるくメカトロウィーゴ」は、福島県や福岡県の小中学校でプログラミング学習に活用される。現在は、赤ちゃんを見守るロボットや、介護の手助けをするロボットなどを開発中。