未来テクノロジー

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「失われた未来」を取り戻すために 人型重機「人機」がつくる世界とは

2021年03月24日

金岡 博士さん

株式会社人機一体 代表取締役 社長

博士(工学)、発明家、起業家。ときに武道もたしなむ。専門は、パワー増幅ロボット、マスタスレーブシステム、歩行ロボット、飛行ロボットなど。ロボット研究開発の傍ら、辛口のロボット技術論をほえることがある。「マンマシンシナジーエフェクタ(人間機械相乗効果器)」という概念を独自に提唱し、あまり相手にされないながら15年来一貫してその実装技術を研究・蓄積してきた。2015 年に株式会社人機一体を立ち上げ、ビジネスとしての「人型重機」の社会実装に挑む。

車が空を飛び、家事ロボットが料理をつくり、大型ロボットが人間の代わりにさまざまな仕事をする。2021年を迎えた今も、それは映画やマンガでしか見ることができない。そんな中、株式会社人機一体(以下、人機社)が発表した、人の動きに合わせてスムーズに動く人型重機「人機」は、大きな話題を集めた。滋賀県草津市にある人機社の秘密基地を訪れ、代表の金岡博士が描く未来について話をうかがった。

東日本大震災によって露呈した
日本のロボット工学技術の弱さ

外観は見えているのに、なかなかたどり着けない。閑静な住宅街を迷いながら、なんとか秘密基地人機一体(本社)に到着。研究室に入ると、人工光の小型植物工場の中でレタスが栽培されている。「社員はレタスを食べ放題なんですよ」と代表の金岡博士(かなおかはかせ)が出迎えてくれた。

立命館大学の研究者だった金岡博士がベンチャー企業を立ち上げ、人型重機「人機」を開発するきっかけになったのは、2011年3月に起こった東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故だった。

「放射線量が高く、被曝すると分かっていながらも、人が行かざるを得ない状況。多くの人が、『だったらロボットが行けばいい』と思ったはずです。しかし、ロボットが活躍することはありませんでした。優れていると思っていたロボット工学技術が、災害の現場で大して役に立たなかったという事実が残った。この状況は我々にとって屈辱的な経験でした」

人機社のミッションは、「先端ロボット工学技術の社会実装」。ベースには、「あまねく世界から、フィジカルな苦役を無用とする」というパッションがある。そのためには先端ロボット工学技術を活用した多くのデバイスが必要で、その一つが人型重機「人機」である。

人型重機「人機」の初期試作機 MMSEBattroid。奥に見えるのが人機を操るコックピット「人機操作機」。名前は、「Man-Machine Synergy Effectors(マン・マシン・シナジー・エフェクタ)」に由来する。金岡博士の造語で、「人間機械相乗効果器」という意味。長いため略して「人機」と呼ぶ

人間は、状況に合わせた臨機応変な判断能力を持っている。機械は、圧倒的なパワーとスピードを有する。人間と機械を力学的、物理的につなぎ、両者が人型重機「人機」として一つになることで、人はまるで超人になったような身体能力を手に入れられる。

「例えば土木建築や重作業、物流運搬、災害復興などで人機の使用を想定しています。生身による力仕事や、熱い・寒い・臭い・汚いといった環境での仕事は、技術が進歩しても、誰かがしてくれている。このいびつな状況をロボット工学技術で解決していくことが我々の役目です」

金岡博士(株式会社人機一体 代表取締役 社長)。「人ができること、人ではできないことも含めて、人とロボットが協調しフィジカルな作業を遂行するのが目標」

社会実装に向けた技術的な障壁はない
人と機械が融合した未来のデバイス

人機には、人機社の独自技術がそこかしこに使われている。産業用ロボットの多くは、あらかじめ位置を座標として数値化し、プログラミングして制御している(位置制御)。高速で正確な作業を行えるが、動きは限定的で、対象物が0.1ミリでもずれていたらエラーになることもある。そこで人機社は、「固い」位置制御ではなく、人や動物と同じく、柔らかい「力制御」を採用している。

非常に単純化すると、ものを持つ場合。産業用ロボットは、あらかじめ設定された対象物の距離分を移動し、ものをつかみ、持ち上げる。対象物が規定の位置になければつかめず、規定よりも重ければ持ち上げることはできない。しかし人間は、対象物に触れるまで腕を伸ばし、重さに応じて力を加減し持ち上げる。距離とは関係ないため、誤差があっても調整し対応する。「ものに触れる/触れない(作用/反作用)」によってコントロールする。これが「力制御」。

一般の油圧重機は結果的に力制御となっており、パワフルであるが故に力制御は大雑把であり、複雑で細かな作業はできない。また、AI(人工知能)やプログラムによって自律制御しても、できることは限定的で臨機応変に動くことは難しい。

この問題を解決するのが、人間が操作する「マスタスレーブ技術」。特に「パワー増幅マスタスレーブ技術」は人機社の独自技術である。人の運動能力を(大出力の)ロボットに移し替え、まるで人が力持ちになったかのように操るというもの。まるで自分の体の一部のように、体が延長したかのように思い通りに動かせるため、緻密なコントロールが可能だ。その精度は、重機で生卵を割ることができるほど。

写真左は、人機の目から見える映像。操縦者がかぶるヘッドマウントディスプレイを通じ、同じ映像が見える。写真右は、人間の繊細な動きを可能とする操縦レバー

操縦者がレバーを持った腕を上げると、人機も同じように腕を上げる。力を抜くと、人機の自重で腕がだらりと下がる。人が人機の腕を動かすと、独自の力制御技術、バイラテラル制御技術によって、その反力が操縦者へ伝わる

「力制御技術」と「パワー増幅マスタスレーブ制御技術」などを組み合わせることによって、人間のような器用さと状況に応じた判断、機械が得意とするパワーとスピードが両立する。「量産化のためには課題はあるが、『人機』をつくるための技術的なボトルネックはない」と金岡博士が力強く言う。

知識製造業として、2025年の社会実装を目指す
社会変革を促す「人機プラットフォーム」を提唱

「大阪・関西万博(日本国際博覧会)」が開催される2025年までには、先端ロボット工学の社会実装を目指したいと金岡博士は語る。試作品ではなく、製品として社会にリリースすることで、ロボットの価値や用途などの社会的コンセンサスを得ることが重要だと付け加える。

2025年以降、ロボット工学技術が普及し、2035年にかけて成熟期を迎えるはずだと金岡博士。そこで初めて、「肉体的な苦役からの解放」が実現し、人間は新たな進化のステージに進めるのではないかと語る。

企業と連携したさまざまな開発も行われている

そのためには、ビジネス的な課題もクリアしなければならない。近年、「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」が叫ばれ、デジタル技術によって企業やビジネスにイノベーションを起こそうという考え方が浸透している。金岡博士はさらに「RX」、「ロボティクス・トランスフォーメーション」が必要であり、この両輪によってロボット工学技術は社会に実装されると説く。

ガラケーからスマートフォンに変わったようなパラダイムシフトを、先端ロボット工学技術は起こそうしている。同社が保有する革新的な先端ロボット工学技術という知的財産をリソースに、新たな産業をつくる仕組み「人機プラットフォーム」を提唱する。

「我々はメーカーではないので、多くの企業と協力しながらでないと、先端ロボット工学技術の社会実装というゴールにたどり着くことはできません。巨額の開発費が必要ですし、リスクもあります。夢や楽しさも大事ですが、ビジネスとして利益を出すということは、そもそも企業として存続するための大前提です。『人機プラットフォーム』を軸に、夢とビジネスを両立する、志のある仲間が集まってくれたらうれしいですね」

真剣に遊ぶ大人の創造性と
不便を楽しむサポーターの存在

巨大ロボットの形をした秘密基地や、研究室から開発室へ続く六角形の扉など、見た目にもユニークな人機社。「私の趣味も入っていますが」と笑う金岡博士が続ける。

「ロボット工学では、大人が真剣に遊ぶことも必要だと思っています。大人が本気を出し、人生を賭けて「遊ぶ」と、人機のようなスゴいものができるというのを多くの人に見せたいんです。私が子どもの頃は、科学が発展し、生まれた新技術によってお金持ちになり、社会は豊かになる、という分かりやすいサクセスストーリーがあふれており、それが当たり前に来る自分たちの未来だと思っていました」

秘密基地人機一体:「人型重機が存在する未来の記憶」を呼び起こすための「艦(ふね)」として秘密裡に開発された巨大ロボット型建造物

金岡博士が少年だった頃、未来は明るいものだった。科学によって、さまざまな社会問題が解決され、豊かで幸せな世界があると思っていた。しかし現実には、例えばコンピュータの技術は確かに発達したものの、夢見た理想の科学社会には程遠く、未だに苦役を強いられる人々がいる。

「ロボット工学技術は発展していないわけではなく、想定した未来よりも進んでいる部分もあります。ただ、社会実装できていないだけ。ロボット工学には明るく楽しい未来があることを伝えたい。『失われた未来』は取り戻すことが可能です。秘密基地みたいな会社や、私が金岡博士と名のるのもメッセージの一つなんですよ。悪ふざけが過ぎると社員に指摘されることもありますが」と、少年のように笑う。

明るい未来を得るために、私たちは何をしたらいいのだろうか。「イノベーティブな不便を楽しんでほしい」と金岡博士は答える。

「技術の発展は、必ずしも連続的ではありません。階段の踊り場のように停滞する時期がある。自動車を例にとると、技術発展はしていますが、そんなに大きな変化は見られません。そこにハイブリッド車や電気自動車が現れる。最初は長距離を走れないなど、ガソリン自動車よりも性能が劣る。大事なのは、新しい技術の普及のために少しの不便を許容できるか、少し性能が下がっても、その本質を楽しむことができるかということ」

確かにスマートフォンが登場したばかりの頃は、文字のコピー&ペーストさえできなかった。それでも、その不便が気にならないくらい、わくわくする未来を感じることができた。

若いエンジニアたちが日夜、開発に取り組む

「おそらく人機も初期段階は人がした方が早い場合もあるかもしれません。しかし、技術はすぐに発展します。ロボットに未来の可能性を見いだしてほしい。一緒に、失われた未来を取り戻しましょう」

未来は、ただ待っているだけではやってこない。私たちが夢を描き、行動することによって、初めて実現への道筋が生まれることを金岡博士は教えてくれた。

株式会社人機一体

2007年、金岡博士が立命館大学発ベンチャー企業として創業。2015年、株式会社人機一体に商号変更。金岡博士の理念と、力学ベースの先端ロボット制御工学の社会実装によって、「あまねく世界からフィジカルな苦役を無用とする」の実現を目指す。ミッションを達成し、社会に利益を還元するために、社会実装のためのリソースを保有している大企業との連携、オープンイノベーションを行っている。滋賀県草津市に秘密基地(本社)のほか、福島ロボットテストフィールドにも入居し、研究開発と社会実装を進める。