未来テクノロジー
テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ
屋代 眞さん
会津大学復興支援センター特任教授(統括プログラムマネージャ)
1975年、東京大学理学部物理学科卒業。1978年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。1978年より日本アイ・ビー・エム株式会社にてノートパソコンやソフトウェア開発に携わる。科学技術振興機関(2007年〜2014年)、情報処理推進機構(2014年)を経て、2015年より会津大学復興支援センター特任教授に就任。研究分野はロボティクスやセキュリティなど。趣味はピアノ。
馬場 法孝さん
株式会社アイザック 総務部 担当課長(企画/営業)
機械設計の会社を経営する父親のもとで、小さな頃からものづくりを楽しむ。福島県立会津高等学校卒業後、兵庫県立大学理学部物質科学科へ進学。在学中にIT系ベンチャーを起業し、大学を中退。拠点を会津に移し、インターネット関連事業を行う。2012年、株式会社アイザックに入社し、企業と技術者をつなぐコーディネーターとして活躍。休日は桧原湖でバス釣りを楽しむ。
機械部品や電子回路、通信ネットワーク、ソフトウェアなど、ロボットにはさまざまな技術が使われている。そのため開発は1社で行うよりも、チームになることが一般的だ。2015年4月、会津大学は福島県の補助事業「産学連携ロボット研究開発支援事業費補助金」に採択され、県内のロボット産業の振興に取り組む。その一例として、株式会社アイザックと共同でサービスロボットの開発を進めている。会津大学復興支援センター特任教授の屋代眞さんと、株式会社アイザックの馬場法孝さんを訪ね、産学連携の詳細、その思いをうかがった。
技術開発の大学、ビジネスに秀でた企業
両者の強みを生かし、新たなロボットを開発
会津大学は、1993年に日本最初のコンピュータ理工学の専門大学として開学。特に画像認識やアルゴリズム、AI(人工知能)などのソフトウェアに優れ、イギリスの教育専門誌による「THE世界大学ランキング」に4年連続ランクインし、2021年版では日本国内からランクインした116大学中14位と世界からも注目されている
2012年設立のアイザックは、一般財団法人温知会会津中央病院や医療福祉関連企業などが出資し、東北発の医療介護ロボットなどを開発する。2013年には、新潟県長岡市にある「Nexis-R(ながおか次世代ロボット産業化機構)」から新潟県中越地震復興で活躍したレスキューロボット技術の無償提供をきっかけに、地元の町工場とともに災害対応ロボットの開発も始めた。
「災害対応ロボットに使う画像処理システムを会津大学さんに協力してもらえないか相談に行ったのが最初の出会いですね」とアイザックの馬場さん。2015年には、会津大学とアイザックらが連携基本協定を結び、会津大学産学ロボット技術開発支援事業への参画が決まった。会津大学はソフトウェアを、アイザックが機械工学と電気工学を担当し、それぞれの強みを生かし、ロボット開発に取り組んでいる。
最初に開発した大型屋外災害対応ロボット「援竜」は、2本の大型アームを備え、7台のカメラにより周辺環境を確認しながら遠隔操縦ができる。次に開発したのが、小型屋内災害対応ロボット「スパイダー」。6軸アームを2本搭載し、物体をつかみ、簡単な作業もできる。遠隔操作をサポートするために、USBカメラ、9軸センサ、レーザレンジセンサ、GPSなどを搭載している。
不完全なロボットだからこそ
無限の可能性が広がる
ロボットビジネスで継続的に売上をあげることは難しく、ロボットを販売しその売上げで事業を継続する企業はほとんどいないと馬場さんは言う。何が難しいのだろうか。
「まず、参考となるライバル製品がないこと。お掃除ロボットならすでにいくつか製品化されていますが、例えば食器洗いロボットを開発するとなると、ライバル製品はないし、どれくらいマーケットがあるかも分からない。開発費を抑えようとしても、売れる仕様が分からないため、何を削ったらいいかさえ分からないんです」
そこでアイザックが考えたのが、「最初からエンドユーザーを想定しない」というアイデアだった。
「もう、自分たちでロボットを完成させるのは諦めようと(笑)。現場のことをよく知っている企業と組んで開発しようと発想を切り替えたんです。そのために、ロボットを完成させるための不完全なロボットを作ることにリソースを集中させました」
そんなロボットが果たして売れるのだろうか。
「完成したクローラロボットができるのは、遠隔操作で階段や斜面などの不整地を動くだけ。でも、これを持って営業に行くと、『こんな機能を足したら、うちの現場で使えるかも』ってなるんです。そう思ってもらえたら、お客さんと一緒に仕様を決めながら製品版を作っていきます」
これまで、原発事故の廃炉作業用ロボットなどに販売実績があるという。最近、駆動時間が8時間に延び、夜間警備の巡回ロボに使えないかという相談を受けた。取り付けたカメラで鍵を認識し、アームを使い自分で開け閉めをするというもの。本当に作れるのだろうか。
「ここからが私たちの出番なんです」と屋代先生。ロボット競技大会用に、ステレオカメラとアームを使い、バルブの開け閉めをするロボットを研究する学生がいた。この技術を応用すれば、馬場さんが求める警備用ロボットを作れるはずだと、今も研究が続いている。
アイザックが、こんなロボットを作りたいと会津大学に相談する。会津大学はこんな研究があると技術を提供する。実現しそうであれば試作を作り、実証実験やバグ取りを繰り返し、製品として納品する。この流れが産学連携の最大の強みだと2人は言う。
「大学は知識が多く、研究も進んでいます。ただ、社会実装されていないだけ。産学連携は埋もれた知見を生かす取り組みでもあるんです」と馬場さんがその意義を語る。
学生に気づきを与える企業の視点
ロボット開発を担う人材を育てる
会津大学では6年ほど前から、研究で開発したソフトウェアの標準化を進め、「RTC-Library-FUKUSHIMA」というウェブサイトで公開している。現在は、140を超えるソフトウェアコンポーネントが掲載され、誰でも自由に使うことができる。アイザックと共同開発したスパイダーのソフトウェアも公開されている。改変も自由なので、一からソフトウェアを開発するよりもスピーディーに進められると好評だ。
「これからのソフトウェアに何が必要なのだろうか、と考えたとき、ハードウェアの視点が求められるのは明らかでした。大学でアルゴリズムを教えていますが、実用性のあるソフトウェアを作るのは難しいため、企業と一緒に開発することで多くのことを学べます。大学にいて研究だけしていると視野が狭くなり、発展性がなくなってしまう。産学連携することで、世の中の要求を知れることは学生にとって非常に大きいと思います」
そう話す屋代先生の言葉は、「ワールドロボットチャレンジ2018」で実証された。スパイダーの開発に初期から参加していた学生が、同大会のトンネル事故災害対応・復旧チャレンジ部門で優勝したのだ。
「長い棒の先にカメラを付けるというアイデアは、頭の中だけで考えることの多い学生からは出てこないアイデアだと思います。商品化するためには、さまざまな制約の中でクライアントが求める機能を実装しなければいけません。長年スパイダーの開発を手伝ってくれた経験が優勝につながったと思います」と馬場さんもうれしそうに話す。
福島県は、技術力も人材も揃う
世界一ロボット開発に適した場所
スパイダーの開発は、福島のロボット産業振興という目的もあったと馬場さんは言う。
「スパイダーはいい意味で未完成なロボットなので、さまざまな要素を受け入れることができます。例えば金属加工をする町工場なら、スパイダーの部品を軽量化するという関わり方もできるし、カメラ関連の企業なら、映像をきれいに撮影する要素技術を開発するという関わり方でも構いません。そんな部分的な関わり方でもロボット開発をしていると言えるのが、スパイダーの魅力でもあるんです。多くの企業が関わってくれることで、福島のロボット産業のすそ野が広がってくれたら嬉しいですね」
「2015年から始まった産学連携ですが、会津大学にとって最初の3年間はソフトウェアの標準化に取り組み、次の3年間はクラウドロボティクスやシミュレーション技術に注力しました。そして2021年からの3年間は、『デュアルスペースロボティクス』に取り組みたい」と屋代先生は意気込む。
デュアルスペースロボティクスとは、サイバー空間とリアル空間を融合させるための技術で、屋代先生が提唱している。サイバー空間とリアル空間は、ますます境界が曖昧になり、今後も新しい技術が生まれてくるに違いない。そのような世界でハードウェアはどうなっているのだろうか。
「ちょっと想像もつかないですね(笑)。ただ、デュアルスペースは環境に変化を与えるようになるはずなので、セキュリティというか、ロボットはここまでしていいですよとルールを決める必要があると思います」
そのためにも、産学連携は続けていきたいという2人の意見は一致。福島版産学連携ともいえる産学連携ロボット研究開発支援事業費補助金を馬場さんは高く評価している。
一般的な産学連携は、企業が自分たちの課題を大学などに持ちかけ進めることが多く、どうしても企業が負うリスクが高くなってしまう。しかし、今回の会津大学との事例は、コンソーシアムが世界情勢やロボット業界の流れを踏まえた事業計画を作り、今すべき課題を提示してくれた。企業のリスクは低く、事業の成功率も高い。その確実性の高い事業に県が予算を出すので、三方損がない。これはもう産学官連携といえる。
国や福島県がロボット産業に注力する今、優秀なロボットベンチャーが続々と福島県に集まりつつある。
「技術力も、人材という面でも層の厚みが出てきました。ロボット開発をするなら、絶対に福島がいいですよ。地球上でこんなに恵まれている場所はないですから」と、馬場さんの声が大きくなる。
培った技術やノウハウを惜しみもなく公開する会津大学。それを活用し、産学連携で次々と新しいロボットを開発するアイザックをはじめとする企業。そんなワクワクする環境に人はひきつけられ、福島はさらに魅力的な場所になっていく。
会津大学
1993年、福島県会津若松市に開学した日本最初のコンピュータ理工学専門の公立大学。「ICT(情報通信技術)」、「英語教育」、「国際交流」に力を入れ、全世界から公募したトップレベルの外国人教員が、全体の4割を占める。海外からの留学生やベンチャー企業を立ち上げる学生も多く、近年、注目を集める大学の一つ。
株式会社アイザック
サービスロボットを研究開発する会社として、病院が母体となり2012年に設立。医療・介護の現場で真に役に立つロボットの開発を目指し、アイザックの上部組織でもある一般財団法人温知会 会津中央病院およびグループ企業や協力会社のもと、医療・介護用ロボット、災害対応ロボット、医療介護システムの開発に取り組む。