未来テクノロジー
テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ
中井 佑さん
テトラ・アビエーション株式会社 代表取締役
東京大学博士課程在学中に1人乗りの「空飛ぶクルマ」の設計コンテストに応募。2018年6月に賞金を獲得し、起業。資金調達を行いながら、飛ぶためのハードウエアを開発中。2020年2月GoFly Final Fly-Off(最終飛行審査)にて唯一の賞金獲得。誰もが簡単に空中を移動できるエア・モビリティ社会の実現可能性を向上するため、政府と協力を図りながら、2023年までに日本の空の移動革命を実現することを目指している。
2020年2月。アメリカで開催された1人乗り航空機開発コンペ「GoFly」の最終審査に臨んだ「テトラ・アビエーション株式会社(以下、テトラ社)」。最も革新的な機体を開発したディスラプター(破壊的イノベーター)に与えられる「プラット・アンド・ホイットニー・ディスラプター賞」を受賞し、賞金10万ドルを獲得したというニュースが、衝撃を持って伝えられた。埼玉県戸田市にある開発工場を訪ね、代表取締役である中井佑さんに「空飛ぶクルマ」の開発秘話と、今後の展望をうかがった。
世界が認めたテトラ社の技術力
2025年の実用化に向け開発を加速
テトラ・アビエーションは、「空飛ぶクルマ」の1つである「eVTOL(イーブイトール。電動垂直離着陸機)」を開発する新進のベンチャー企業。アメリカのボーイング社が後援する「GoFly」は、2017年9月からエントリーが開始され、これまでに103カ国、855チームが参加。テトラ社は2018年6月の第1次審査において、アジア勢で唯一世界トップ10に選出された。そして、2020年2月、24チームによる最終飛行審査で同大会唯一の受賞チームになり、世界にその名を知らしめた。
テトラ社が手がけた1人乗り用の空飛ぶクルマ「teTra」は、「GoFly」でどのような点が評価されたのだろうか。
「マルチコプターと飛行機の両方の形を成立させたデザインは、これまでにない新しいものでした。通常の空気の流れだと10の力しか得られませんが、プロペラを使い空気を吸うことで15〜20の力を出すことができます。JAXA(宇宙航空研究開発機構)でも同じような研究開発をしていましたが、この小さなスケールで安全性を確保し、技術的に成立させたことが評価されました」と中井さんが解説してくれる。
既にあるものを改良するのではなく、今までになかったものを開発するとなると一筋縄ではいかなかったのではないか。
「考えてできそうなことと、やってみてできることには大きな隔たりがあります。だからこそ、まずやってみることが大事で、そこから分かることもたくさんあります。事前に調べることも必要ですが、それに時間をかけすぎてしまうのはダメ。『やってみること』そのものが一番大変かもしれませんね」と笑う。
「移動」をより便利で、快適にする
誰もが空中を自由に移動する社会を目指す
空飛ぶクルマ「teTra」の最高時速は160km、1回のバッテリーで約100kmを移動できる。
「100kmという数字にも意味があります。東京から100km圏内というと、栃木県宇都宮市や群馬県前橋市などの県庁所在地がある。そこからさらに100km行くと福島県いわき市。100km単位で大きな都市があり、それらを網の目のようにつなぐためのモビリティというイメージです」
特別な乗り物ではなく、大学生や高校生が週3日アルバイトをすれば利用できる価格帯で、大型の商業施設や立体駐車場などから気軽に移動できる未来を描く。これまで行けなかった場所へ、ふらっと行ける。生活に根ざしたツールになってくれればと中井さんは語る。
「自動車や鉄道、飛行機などと『teTra』を組み合わせ、利用者が自由に移動手段を選べるようになる。自動車は便利だけど渋滞にはまる。飛行機は速いけれど空港までちょっと遠いなど、メリットとデメリットがある。それぞれのおいしいところだけ選べたら効率的ですし、持続可能な社会構造になるのではと考えています」
小さな頃から、早い乗り物が好きだった中井さん。スーパーカーは時速300kmで走れるが、日本でその実力を発揮できない。道具として、手段として、もっと時間を縮められるものはないかと常々考えていたという。そうこうするうちに技術が発展し、日本発の新しいモビリティを作りたい、という気持ちが芽生えてきた。
「大学の授業でヘリコプターに乗って、1,000mの上空から東京を見たとき、この距離感で生活をしているんだというのがひと目で分かったんです。思っていたよりも都市間が離れていないというか。この感覚は、Googleマップや路線図からは読み取れません。テトラ社を始めた方がいいと確信した瞬間でした」
やらなくていいことを見極め
世界と同じスピードで開発をする
スマートフォンが初めて登場したとき、現在のような利便性をイメージできた人は少なく、ほとんどの人が何に使っていいか分からなかったに違いない。それは「空飛ぶクルマ」も同じ。
「使ってくださる方がどこにいるのか、本当に必要なものは何なのか、『正しい答え』がないのが難しい。お客さんにとって必要な技術は何かを見極めることが重要です。それを誤ると、やらなくていいことをすることになる。本当に必要なことだけをしないと、世界の開発スピードについていけないんです」
そんなとき、東京大学の教授であり、福島ロボットテストフィールド(以下、福島RTF)の所長である鈴木真二さんから紹介いただいた福島RTFは、とても役に立ったという。上面や周囲をネットで覆われた緩衝ネット飛行場では、野外環境下で無人航空機の基本的な飛行性能や評価試験を行える。「航空法の適用外なので特別な申請をせず実証実験できるのは、とても助かっています」と中井さん。
東京から福島RTFまでは車で4時間ほどかかる。これは東京から台湾まで飛行機で移動するのと同じ時間。例えば旅行先を探すとき、移動時間という点で見ると、福島と台湾が候補地としてあがることになる。「teTra」が実用化されれば、東京と福島の時間的な距離が縮まり、福島の優位性は高まる。
「これまで化学系のプラントなどは、アクセスの不便な場所にあることが多かったけれど、『teTra』を使えば、“陸の孤島”ではなくなり、“気軽に行けるちょっと遠いところ”という感覚に変わるはず。『teTra』が実用化されたとき、場所の価値は大きく変わることになります」
アメリカを舞台に開発を促進
多くの人に夢を与える存在になる
ニュージーランドでは空飛ぶタクシーの試験運転が予定され、中国ではホテルのサービスとして観光フライトの試験運転が始まるなど、世界に目を向ければ「空飛ぶクルマ」の実用化は目前だ。
今、中井さんが注目しているのがアメリカだ。アメリカでは1920年代から自作飛行機を製作し、飛ばすカルチャーがあった。1980年代になるとキットを自宅で組み立てるホームビルド機が脚光を浴びるようになり、近年では新しい技術が組み込まれ高性能化している。キット交換会に60万人が集まるなど、大きなマーケットができあがっている。
「豊富な知識や技術を持つベテランが多く、新しい乗り物にも慣れている人が多いですね。学ぶという意味でも、アメリカは魅力的な国です。彼らに機体を提供しフィードバックをもらい修正し、さらにフィードバックをもらうことを繰り返し、精度を高めていきます」
2020年2月には日本企業として初めて、米国連邦航空局(FAA)から研究開発用航空機などをアメリカの空域で飛行できる「SAC(特別耐空証明)」と、無人航空機を運用する際に必要な「COA(飛行許可証)」を取得した。これによって、実用化に向けた本格的な飛行試験がスタートする。
「移動を、より便利で快適なものにしたい」と、中井さんは何度も口にする。
「僕たちの本質は、物理的な距離を短くすることではなく、個人の不便を解決することにあります。僕たちはたまたま『空』というスケールですが、100m先のコンビニに行けない高齢者のために電動車イスを開発するメーカーと、考え方は同じなんです。さまざまな情報をスマートフォンで簡単に手に入れられるようになり、探す・調べるといった時間的なつらさが減ったように、『移動のつらさ』を減らしていけたらいいなと考えています」
最後に、「空飛ぶクルマ」に興味のある若者にメッセージをいただいた。
「興味のあることはどんどん調べたらいいと思います。さらに興味が湧いたら、知識のある人に会いに行ったり、実際に体験できる場に行く。僕が子どもの頃、飛行機やロボットを作りたくて、近所にあった千葉県立現代産業科学館の学芸員さんにいろいろと教えてもらいました。福島は次世代の産業が集積していますし、テトラ社も高校生や大学生向けのイベントを開催しています。福島やテトラ社が、始めたい人のきっかけになってくれたらうれしいですね」
日本発の移動革命を実現しようとするテトラ社のこれからの活躍が楽しみでならない。
テトラ・アビエーション株式会社
2018年6月に東京大学発のベンチャーとして、プロジェクト「teTra」チームを運営するために創業。素材、航空力学、航空機エンジン、デザイン、ソフトウエアなど、一流の専門家が集まるオープンイノベーション型の異能集団。2019年には「Drone Fund」や「Incubate Fund」などから約5,000万円の資金調達に成功。AIコンピューティングカンパニーである「NVIDIA Corporation」のAIスタートアップ支援プログラムのパートナー企業に認定されるなど、世界から注目を集める。