未来テクノロジー

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微生物とセンシング技術を使った栽培手法で 失われた葉わさび産地の再生を目指す

2021年03月03日

純浦 さん

アグリ・コア株式会社 代表取締役

1981年、芝浦工業大学通信工学科卒業後、アルプス電気を経て、マイクロソフト株式会社に入社。パソコンの標準化メンバーとして、現在のパソコンの基盤に携わる。1991年、オープンインタフェース株式会社 代表取締役に就任し、ナスダックジャパンへの上場を果たす。2004年、健康上の理由で退任。2007年、療養中に出会った微生物について大学と共同研究を行うアグリ・コア株式会社を設立。

かつて霊山や伊達、飯舘の各地区の中山間地は、葉わさびの一大産地だったが、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によって、事実上の閉鎖に追い込まれてしまった。微生物を使ったバイオテクノロジーとセンシング技術による温室制御技術を用い、葉わさび産地の再生に挑むのがアグリ・コア株式会社だ。同社の技術を使うと、通常2年から3年かかる収穫期間を定植から2.5ヵ月に短縮できると言う。栽培技術の詳細と葉わさび再生のビジョンをうかがうために、代表取締役の純浦誠さんを訪ねた。

斬新なアイデアで学術研究を実用化
偏差値76.1の豊かな土壌が誕生

「弊社の技術を話す前に、まずは農産物の生産の話をさせてください」と資料を取り出す純浦さん。栽培の基本原理は、【(土作り×種をまく×苗を育てる×定植・育成×病害虫の防除)×環境制御=収穫】という図式が成り立つ。すべて掛け算なので、「1」以上が入らないと野菜を栽培し、収穫することはできない。

アグリ・コアは、この図式の全項目で独自技術を持ち、微生物とIT技術を駆使し、今までと違う農業を作るため14年以上研究開発に取り組んでいる。

同社では化学肥料を使わず、有機系資材と微生物を使った独自の土作りを行っており、第三者機関による分析結果では、土壌微生物多様性・活性値の偏差値が76.1と、「極めて豊かな土壌で、害虫が少なく、少肥料・少除草で栽培可能」という高い評価を得た。

「自然界ではほとんど存在しないレベルの豊かな土です。私たちはそれを人工で、大量に作ることができるんです」

微生物が豊富なこの土は「連作障害がない」「根圏(こんけん)で発症する病気の発生がない」「糖度の高い野菜を栽培できる」という特徴がある

野菜や花の種は乾燥していても、土にまき、水をあげれば発芽する。しかし、わさびの種は乾燥させると芽が出ないという特徴を持つ。保存するには冷水をかけ流し、温度を7度以下に保つ必要があり、管理が非常に難しい。

「種子をジベレリンを添加した希釈液に漬け、その後、ペプトンを添加した溶液に漬けることで乾燥したわさびの種でも芽が出るんですよ」と、大発見をさらりと説明する純浦さん。

「はい、世の中にないものを見つけてしまい、特許出願中です。もともと微生物を培養するために必要な物質を、半ば冗談半分で実験してみたら成功してしまったんです」

また、枯草菌(RB14)と酵母菌を組み合わせて開発した成長を促進する特殊肥料「メービラス」。化学合成農薬を使わずに、天敵昆虫を使った病害虫の駆除など、人と環境に優しいさまざまな取り組みを導入している。

純浦さんの前職はエンジニア。その知見を生かし、温室内の温度や日射量を適正に制御するアルゴリズムを開発。気温が上がったら温室の窓を開ける、日射量が強かったら遮光カーテンを出す、冬には暖房のオン・オフを自動で切り替えるといったことが可能だ。インターネットを通じ遠隔操作もできるので、何かあるたびに出勤し対応する必要もない。「うちの農業は週休2日なんですよ」と笑う。

純浦誠さん(アグリ・コア株式会社 代表取締役)。母方の実家が相馬市から近い丸森町。小さな頃は農業を手伝っていたそう

14年間、研究を重ねた独自技術で
葉わさびの出荷期間を3分の1に短縮

独自の高い技術を使い、わさびを栽培する理由を尋ねると、「相馬市からも近い霊山や伊達、飯舘が、葉わさびの産地だったから」と即答する純浦さん。

わさびは日当たりの悪い山の中でも栽培できると、40年ほど前から始まり、ピーク時には、240戸で14ヘクタールの葉わさびを生産していた。しかし、東日本大震災によって放射性セシウムが検出されたため出荷停止となり、多くの生産者が栽培を断念したという。

一般的に葉わさびは、出荷まで2年から3年を必要とするが、同社の技術を使うことで、定植から2.5ヵ月に短縮できる。また、根茎を育て本わさびとして出荷できるのは、沢で育てるわさびだけだが、こちらも同社の栽培方法を採用したことで、土の上で育てたわさびでも根茎を太くすることに成功した。

写真中央に、太くなった茎根が見える

何か危険なことをしているのですか?という素朴な質問に、純浦さんが笑いながら答える。

「早く育てることを『促成栽培』と言い、弊社の技術はそれよりも早い『超促成栽培』なんです。超促成栽培を起こす方法は2つしかありません。1つは、遺伝子組み換え。これはまだ安全か不明なので、弊社では採用していません。もう1つが、植物の体内にあるRNA分子を活性化させ、細胞分裂を促進させる方法です」

RNA分子を活性化させる方法は3つあり、1つめは環境。最適な温度や湿度に人口光で日射量を増やすことで成長を促進させる。2つめはストレス。コントロールした軽度なストレスを与えることで植物の成長ホルモンを増加させる。3つめは、まだ詳しく分かっていないが、PEARタンパク質を制御することで植物ホルモンや低分子量RNAを介して細胞間の情報のやり取りをさせる方法だ。

工場の生産ラインでも使用されるPLC(プログラムロジックコントローラー)を使い、温室内を制御。外気温や風速、風向き、温室内の温湿度をリアルタイムに把握

オリジナルの微生物培養土とメービラス(※1)を使った超促成栽培に成功した同社。定植からわずか2.5カ月で収穫できるまでに技術は進化している。

※1 アグリ・コアが開発した、枯草菌(RB14)と酵母菌を組み合わせて植物の成長を促進する特殊肥料

手のひらサイズに生長すると、毎日1株から50g収穫できる。一般的な葉わさびは7〜8本で50gなのに対し、同社は3本で50〜60gと大きい

土地に縛られない、自由な栽培方法
微生物は再生可能エネルギーにも貢献

高温多湿で、30度を超える相馬市の夏は、わさびにとって山のような快適な環境とはいえない。そこで耐暑性を向上させる手法を開発し、平地でも栽培できるようにした。コンピューター制御された温室では通年栽培が可能となり、量産化によって生産も安定した。現在は、JA福島みらいや大手スーパー、レストラン、加工食品メーカーなどに卸している。

同社の探究心はこれだけにとどまらず、40フィート(約12m)のコンテナの中に植物工場を作ってしまった。LEDを照らし、わさびの温室と同じように、センシング技術を使い環境をコントロール。ブレンドした有機系肥料も自動で施肥される。

コンテナを使ったわさび菜園の中。外観を遮熱塗料で塗り、夏の暑さを防ぐ。発育ステージにあわせて独自に調合した肥料を施す

「これが実用化できれば、農地でなくても、コンテナを持っていけば、東京のど真ん中でも栽培できますから、いろいろと可能性が広がります」と純浦さん。今も開発が進んでいる。

葉わさびの生産量を拡大するために、生産者(新規参入企業)への栽培技術をライセンスする計画がある。クラウド型の栽培管理システムの提供、相馬での研修や補助金申請のサポート、JGAP取得のための指導員の派遣、さらに経営的支援まで行うなど、充実した内容。「2022年までに15の生産者と契約を結び、2ヘクタール規模の栽培面積を確保したい」と意気込む。

同社のバイオテクノロジー技術は、バイオガス発電にも応用されている。再生可能エネルギーの1つで、食べものの残り、牛糞、鶏糞などの原料を発酵槽に入れ、メタン菌からメタンガスを発生させ発電する。分解工程から出る消化液(廃液)は高栄養なため河川に捨てられず、処理コストが大きな課題だった。

そこで同社は微生物の培養技術を応用することで、排出される消化液の酢酸化に成功。発酵槽に戻し再利用できるので、処理コストの大幅な削減を実現した。このプロセスは2018年に特許を取得し、現在は青森県と群馬県のバイオガス発電所で採用されている。

酢酸化された消化液1㎥あたりのガス量は、野菜くずを原料とした場合と同等、鶏糞では約2倍のガス量となる

食味をアップさせる独自技術で
わさび成分の6次産業化を計画中

アグリ・コアで育てた野菜は、食味がよいと評価が高い。トマトなら、糖度8と甘い。さらに、抗酸化作用を持つリコピンは他社産より20%も高く、「機能性野菜」として位置づけられるレベル。わさびを分析したところ、他のものよりもからみ成分が高く、その他の成分もまんべんなく高水準だった。

「食べるだけでなく、わさびが持つ有用成分を活用した6次産業への展開を考えています。例えば、からみ成分である『アリルイソチオシアネート』は、抗菌や消臭効果があります。他にも、『6-MSITC』にはダイエットや美肌、抗酸化作用、「イソサポナリン」には育毛にも利用できたりと、さまざまなビジネスチャンスがあり、現在、市場調査を行っています」

本社には研究室が併設され、すぐに研究に取り組める環境が整っている

特に注目している分野はあるのだろうか。

「殺菌、抗菌の材料としてわさびの成分であるアリルイソチオシアネーを高濃度抽出し、殺菌・抗菌を活用した工業製品への応用が期待できると考えています。特に、新型コロナの影響もあり、殺菌・抗菌の市場は、国内でも1兆円を超える市場に拡大してきており、わさびの活用領域を拡大できるのではないかと考えています」

「技術の実用化は進んでいますが、まだまだ理解できていないこともあり、もっと分析や研究をしたいのが本音。研究機関ではないので突き詰めすぎると商売にならないし、もっと営業もしなくちゃいけないんですけど、根っからの研究体質なんでしょうね」と笑う。

日本のわさび生産量はダウントレンド。生産量も10年前と比べると4割ほど減少した。近年の自然災害でわさび沢が壊れ、高齢を理由に廃業するケースもある。一方で需要は変わらないため、生産量が追いつかず海外から仕入れている状況だ。

アグリ・コアが発明したわさびの新しい栽培方法が全国に広がり、日本のわさび産業を活性化してくれるに違いない。

スタッフのみなさんと一緒に

アグリ・コア株式会社

2007年、横浜にて会社を設立し、東京工業大学 生物資源研究所と枯草菌(RB14)の共同開発をスタート。後に、商用培養技術を確立する。微生物とITを積極的に活用したプラント・オートメーションの実現に成功。2018年、研究開発を担う本社を相馬市に移転。枯草菌・酵母菌などの微生物の農業への応用技術を探求。また、栽培管理データベース、環境制御システムの構築、栽培技術のライセンス販売、バイオガス発電プラント消化液循環システムなど、事業は多岐にわたる。