未来テクノロジー

テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ

浪江町生まれの再生バッテリー すべての人が幸せになれる世界を目指して

2021年01月28日

牧野 英治さん

フォーアールエナジー株式会社 代表取締役社長

福井県出身。1983年、エンジニアとして日産自動車株式会社に就職。開発部門で技術渉外、技術企画などを担当する他、アメリカに9年半駐在し、日産の開発会社で電気自動車などの先進車両の開発に携わる。2008年にゼロエミッション企画本部の部長、本部長として、電気自動車のビジネス構築を担当。2014年4月、フォーアールエナジー株式会社 代表取締役社長に就任。

これまでの「大量生産、大量消費、大量廃棄の経済」から、「循環経済(サーキュラー・エコノミー)」への移行が求められる時代。その最先端を走っているのが、電気自動車のバッテリーを再生し、利活用するフォーアールエナジー株式会社だ。2018年3月、浪江町に工場が完成し、バッテリーの二次利用ビジネスに取り組んでいる。事業の具体的な内容や、同社が描くこれからの社会について、代表取締役社長の牧野英治さんにうかがった。

限りある資源を有効活用し
電気自動車の新たな価値を創造する

石油や天然ガスの確認埋蔵量(可採年数)は50年ほど。石炭はおよそ130年。いずれも現時点での数字なので、今後の技術開発や、新たな油田などが発見されれば年数は延びることもある。しかし、化石燃料が有限であることは変わらない。新興国の急速な経済成長を背景に、世界的に資源の需要が増加。将来的には資源価格の高騰や、安定的な確保が難しくなるのではと危惧されている。

一方で、不要になった自分の持ちものを売るフリマアプリや、車や家具などのシェアリングサービスが若い世代の支持を集めるなど、使い捨てではない、長く、繰り返し使うビジネスモデルも一般的になってきた。

日産の子会社であるフォーアールエナジーは、「再利用(Reuse)」、「再製品化(Refabricate)」、「再販売(Resale)」、「リサイクル(Recycle)」の4つのRを行う会社だ。具体的には、日産の電気自動車「リーフ」の使い終わったリチウムイオンバッテリーを再生し、リーズナブルな価格で提供する。電気自動車だけでなく、再生可能エネルギーを有効入用活用する蓄電デバイスも普及させることで、CO2の削減、低炭素社会の実現を目指している。

「10年ほど前、日産自動車の経営メンバーに呼ばれ、電気自動車を普及させるビジネスモデルを構築してほしいと話がありました」と振り返る牧野さん。「CO2などの排出ガスを出さない、環境に優しい車だから高くても買ってくださいというのではなく、費用もガソリン車並みにしようと考えたのですが、どうしても難しくて……」

そこで考えたのが、電気自動車のバッテリーを再生、利活用することで、車の価値を高めるというアイデアだった。

「一般的に、10年たって廃車にすると車の価値は0円。しかし、もしバッテリーを50万円で買い取りますよとなれば、その分が価値になる。購入価格は高いかもしれないけれど、トータルでお客さまの費用負担が変わらないようにする。これを実現するために生まれたのが、フォーアールエナジーなんです。ただ、現時点では、価値向上分はまだ限定的で、ビジネスを拡大することで、価値向上の拡大を進めていきたいと考えています」

牧野 英治さん(フォーアールエナジー株式会社 代表取締役社長)。長年、電気自動車開発やビジネスに携わってきたスペシャリスト

バッテリーのリサイクル技術で世界をリード日本だけにとどまらないグローバルな開発拠点

浪江工場に持ち込まれたバッテリーは、手作業で掃除をしてから分解。1つのバッテリーには48個のモジュールが内蔵され、性能にばらつきがある。そこで、1つずつ点検し、性能ランクごとにグルーピング。改めて、1つのバッテリーに組み立てた後は、工場内に保管され、オーダーが入るのを待つ。

電気自動車に使われていたバッテリーだから、耐久性、信頼性、安全性は申し分なし。とは言え、10年近く使用し、人によっては20万kmも走ったバッテリーが、あと何年使えるのか、どのように判断しているのだろうか。

「バッテリー・電気自動車開発時のデータ、新たにフォーアールエナジーで取得したデータ、そして、電気自動車に組み込まれた専用のIT装置から、走行中のさまざまなデータを取得。これら3つのデータを駆使し、独自開発した測定技術で、現時点でのバッテリーの性能、これから先の性能を分析しています」

「電気自動車のバッテリーの再生、利活用は、技術を確立するのがとても難しいんです。かつては、1モジュールを分析するのに8時間必要だったので、1台分(48個)のモジュールすべてを調べるために16日間かかっていました。しかし、今は、1台4時間まで短縮することに成功しました」

再生、利活用の技術は一朝一夕で完成するものではない。10年という時間をかけ、世界で初めて電気自動車の再生バッテリーを実現させたフォーアールエナジー。「浪江工場は、バッテリーの再生品を製造するだけでなく、バッテリー再生。利活用技術のグローバルな開発拠点でもあるんです」。牧野さんの言葉が力強く響く。

バッテリーのふたを開けると、中には48個のモジュールが整然と並んでいる。ブラシなどを使い、丁寧に掃除していく。

4時間ほどかけてさまざまな検査を行い、モジュールの性能を評価する。良質なモジュールはリーフのバッテリーとして再利用。整備された再生バッテリーがズラリと並ぶ様子は壮観。

すべての車が電気自動車になる未来に向け
リサイクルバッテリービジネスを構築

現在、バッテリーの処理台数は、年間1,000台ほど。「日産の電気自動車は優秀なので、なかなかバッテリーを回収できない」と笑う牧野社長だが、同時にジレンマも感じている。2010年12月に発売されたリーフは、2011年に1万台を販売した。その1万台が10年を迎え、廃車として大量に戻ってくることもあり、2021年以降は、毎年、倍々と処理数量を増やしたいと意気込む。

良質なバッテリーはリーフに再利用され、それ以外のものは、一例をあげると、工場の無人搬送機(AGV)のバッテリーや、工場などのバックアップ用電源、再生エネルギー普及に貢献する大型蓄電池として再利用する計画だという。他には、どのようなビジネスが見込めるのだろうか。

「今は、対企業向けのビジネスを開拓しています。一例を挙げれば、ある大手の会社様は停電時のバックアップとして鉛のバッテリーを設置しています。これをわれわれのバッテリーで代替しようと提案しています」

「メリットは2つ。1つは年間のコストが4割削減になる。もう1つは、鉛のバッテリーは人が現地に赴き、定期的なチェックとメンテナンスが必要です。しかし、弊社のバッテリーなら、自己診断装置を備えているので、異常があったり、バッテリーの寿命が近づいたりしたら、自動で信号を送ることができる。人手不足に悩む相手の会社様からは、非常にありがたいという言葉をいただいています」

去る2020年12月、政府が進める「2050年カーボンニュートラル」の一環として、2030年代前半に、ガソリン車の販売を禁止するニュースが流れ、自動車産業界に衝撃が走った。

「これが実現すると、およそ500万台もの車がすべてバッテリーを積んだ車に置き換わる。さらに10年後、何百万台という車のバッテリーが処理の対象になるわけです。バッテリーの再生、利活用ビジネスは、これからが本番です」

日産リーフは、世界で初めて量産化された電気自動車。誕生から10年がたち、グローバル累計販売台数は50万台を達成

環境保護だけにとどまらない
浪江町から始める人に優しい社会

フォーアールエナジーが浪江町に工場を建てたのは、馬場町長(当時)がきっかけだった。

「2016年8月、馬場町長が横浜本社に来られ、浪江町の一部地域の避難指示が解除されるのを機に、新しいまちづくりを行いたい。電気自動車を走らせ、そのバッテリーを再生させ、再生可能エネルギーを普及させことで、災害に強い町にしたいから、協力してほしいというお話でした。弊社のビジョンと重なること、何より馬場町長の熱意におされ、浪江に行くことを決めました」

この思いは、経済産業省と国土交通省が行う「スマートモビリティチャレンジ」の取り組みとして、実現化が進んでいる。隣接する南相馬市や双葉町とも連携し、浪江町内の拠点間を自動運転車両で移動するという日産自動車が主導するプロジェクトにフォーアールエナジーも参画する。2021年には、一部区間での無人走行の実証実験が予定されている。

「無人運転のサービスは、利用者が多くないと成立しないビジネスだと言われ、高齢化、過疎化が進む浪江町では難しいと指摘する方もいます。しかし、これからの日本の多くの地域で、高齢化や過疎化が進んでいくのは避けられません。浪江町で使えるサービスを構築することは、日本の未来のつながっているんです」

工場内で使われる電動フォークリフトにも同社の再生バッテリーが使われている

CO2削減のためにさまざまな取り組みが行われるなか、今、注目を集めているのが「ライフサイクルアセスメント」だ。これは、製品やサービスの開発から廃棄までの一連の過程で、どれくらいの環境負荷があるか評価するもの。

バッテリーを製造する過程でもCO2は発生し、1kWh(キロワットアワー。1時間あたりの電力量)あたり、100kgのCO2が発生している。リーフは最大62kgのバッテリーを積んでいるので、6.2トンのCO2になる。これは、日本人3人が1年間に排出する量に相当する。

「バッテリーを再利用すること、言いかえれば、新しくバッテリーを作らないことで大量のCO2を削減できます」。さらに、その効果は自然環境の保護だけにとどまらないと続ける。

「リチウムイオンバッテリーには、希少金属であるニッケルやリチウムの他、大量のコバルトが使われています。特にコバルトの供給量の50〜60%が、コンゴ民主共和国で採掘されているのですが、小さな子どもたちが学校にも行けず、劣悪な環境で不当に労働させられているという報告もあります。バッテリーの再利用には、児童労働などの人権問題を解決するパワーも秘められているんです」と話す牧野さん。

バッテリーのリサイクル技術が世界を変える日は、もうそこまで来ている。

フォーアールエナジー株式会社

日産の電気自動車リーフの発売に先立つ、2010年9月に設立。再利用、再販売、再製品化、リサイクルの4つのRを軸に、耐久性と信頼性の高い、低コストなリチウムイオンバッテリーシステムの開発、製造、販売を手がける。2018年3月、浪江町に事業所を開設。浪江町で進められている自動運転システムの実証実験にも協力し、電気自動車、再生可能エネルギーの普及にも貢献。