未来テクノロジー
テクノロジーが拓く、豊かな未来。挑戦し続ける人と企業をクローズアップ
遠藤 洋道さん
タグル株式会社 代表取締役
2003年早稲田大学社会科学部卒。アクセンチュア株式会社、株式会社リクルートを経て、独立。個人でアプリ作成事業を開始し、およそ半年で月間アクティブユーザー数30万人を達成。大企業の看板なしで、企業とのコラボなどにも成功。新たな挑戦を求め、当時別会社を経営していた菊田修弘氏(現・取締役)と出会い、2016年8月にタグル株式会社を設立。
フィジオセラピスト(理学療法士。身体の動きや機能の改善・回復を支援する専門家)やトレーナーは、選手一人ひとりの筋肉の疲労度や微妙な状態変化をしっかり感じ取り、日頃のケアに努めている。そうした触診の高度な技をシステム化し、プロスポーツの現場に役立てたい──。その思いから南相馬市で事業化を進めているタグルが開発したのが「ロボット触診」だ。同社の代表取締役を務める遠藤洋道氏に、いわきFCを舞台に行っている実証実験への意気込みや、今後の事業化に向けた構想を聞いた。
─「ロボット触診」という技術を開発し、サッカーJ2リーグのいわきFCで実証実験を進められていると伺いました。まず、この技術についてご説明いただけますか。
遠藤:
ロボット触診は、ケガを予防するためのシステムです。このシステムは、大阪大学大学院との共同研究で開発された独自のロボット技術をベースとしています。特殊なセンサーを用いて、プロスポーツ選手の特定部位の筋肉疲労度を数値化することができます。
プロスポーツのチームでは、フィジオセラピストやトレーナーが触診によって選手の疲労度を判断しています。人間の手は驚異的な性能を持つセンサーであり、選手一人ひとりの筋肉の微妙な状態変化をしっかりと感じ取ることができます。
しかし、そうした優れた“感度”を持つフィジオセラピストやトレーナーの数は限られているのが現実です。そこで私たちは、もしその熟練した技をロボットに置き換えることができれば、誰もがより簡単かつ短時間で筋肉の状態を把握できるようになり、結果としてケガをする選手を減らせるのではないかと考えました。
─具体的には、どういう仕組みで人間の触覚を数値化・データ化するのですか。
遠藤:
フィジオセラピストやトレーナーが触診を行う際、例えばサッカー選手の場合、主に脚部の筋肉に指を当てて押し込む動作を行います。ロボット触診は、この人間の動作を模倣し、指を押し込む周期(周波数)に応じて得られる弾性(押した力に対する反力)や、せん断性(押した向きに対するずれ具合)といった数値を、力学センサーで読み取るのが基本的な仕組みです。
この技術の特徴は、非侵襲的な方法で筋肉の疲労度を計測できる点です。非侵襲的とは、生体を傷つけず、身体に負担を与えないことを意味します。従来の医学的検査方法のように、被験者から血液を採取したり、身体に電流を流したりする必要がありません。このため、選手の身体への負担が少なく、小まめに測定を行うことが可能です。
プロスポーツ革新へ、最高のパフォーマンスを追求
─これまでの開発の経緯について教えていただけますか。
遠藤:
この技術の発端は大阪大学大学院との共同研究です。ロボット工学を専門とする教授から「筋肉のコンディションを定量化する技術がある」というお話を伺い、研究に参加させていただきました。
この革新的な技術に強く惹かれたのは、弊社が常に今までにない新しい挑戦を求めていたからです。この技術の社会実装が世の中をより面白くすると確信し、次のステップを模索しました。そこで、弊社取締役の菊田修弘がスポンサードする京都の地域リーグ所属の社会人サッカークラブ「おこしやす京都AC」との実証実験を検討し始めたのです。
その後、おこしやす京都ACの協力を得て、同クラブを実証実験のフィールドとして活用させていただきました。この過程で、触診に用いるデバイスの改良も進めることができました。
─ロボット触診システムにはさまざまな応用分野が考えられますが、プロスポーツ選手のケガ予防やコンディション管理に注目された理由は何でしょうか。
遠藤:
主な理由は2つあります。まず、スポーツの持つ力への強い信念です。弊社は「スポーツには人々を元気づけ、勇気づけ、希望を抱かせる力があり、ヒトの人生を変える力がある」と強く信じています。特に、プロスポーツ選手が最高のパフォーマンスを発揮する試合は、単なる試合の勝ち負けを超えて、観客の人生に大きな影響を与えます。そのため、選手が最高の力を発揮できる環境を創ることが重要だと考えています。
次に、ビジネスチャンスとしての可能性です。選手のケガ予防とコンディション管理は世界的に見ても未解決の課題で、経済的にも莫大な損失が発生しています。しかし、これを効果的に解決できるサービスはまだ存在していません。ここに私たちは大きなビジネスチャンスがあると考えました。このフロンティアに挑戦することで、スポーツ界に貢献しつつ、事業としての成功も目指せると確信しています。
特許取得済みの独自システムが切り拓く未来
─スポーツ分野で先行したタグルは、どんな強みを持っていますか。
遠藤:
2019年からおこしやす京都AC、2024年からいわきFCを舞台に実証実験を行い、その過程でロボット触診と連携する2つのシステムを開発し、特許を取得しました。
1つ目は「アスレチック情報処理システム(特許 第7037196号)」です。このシステムは、実証実験を通して得られた重要な知見に基づいています。さまざまな選手やフィジオセラピストのヒアリングから、「選手が絶好調だと感じているときほど、実は身体の疲労がピークに達していることが多い」という興味深い事実を発見し、それを基に「選手自身の主観と客観的な判断にズレが生じたときに、ケガのリスクが高まる」という仮説を立てました。本システムは、この仮説に基づいて開発しました。具体的には、選手が認識している身体感覚と、ロボット触診で計測した客観的数値を比較します。両者に一定以上の乖離が見られた際にアラートを発することで、ケガの防止を図ります。
もう1つは、「スポーツ選手の身体情報管理支援システム(特許 第6945887号)」です。こちらのシステムは、ケガをした選手のサポートにあたるフィジオセラピストやトレーナーのスキルを可視化し、最適なマッチングを支援することを目的としています。例えば、太ももの筋断裂を負った選手がいる場合、その特定のケガに関する専門知識とスキルを持つフィジオセラピストとマッチングすることで、より早期の回復を図れる可能性が高まります。
さらに、これらのシステムには副次的な効果もあります。高度なスキルを可視化することで、優れたフィジオセラピスト、トレーナーがよりリスペクトされる存在となり、彼らの社会的な地位向上にもつながると考えています。
─いわきFCのトップチームフィジオセラピスト岩楯大輝さんにもぜひお話を伺いたいと思います。実際にロボット触診を利用されて、どのような感想をお持ちですか。
岩楯:
ロボット触診システムの最大の利点は、選手がセルフで筋肉の疲労度を計測できるようになったことです。選手たちは常に自身のフィジカルコンディションを気にかけていますが、このシステムのおかげでクラブハウスにていつでも気軽に測定できるようになりました。
この効果は非常に大きいです。例えば、先ほど話題に上がった「主観と客観のズレ」についても、選手自身がその差異のレベルを認識できるようになりました。これにより、よりバランスのとれたコンディション維持に役立てることができます。
ただし、測定結果の解釈には専門的な知識が必要です。選手の疲労度が軽度なのか、それともケガの一歩手前の危険な状態なのか、簡単に判断できないケースも多いのです。そのため、私たちフィジオセラピストやトレーナーも積極的に関与し、選手の訴えにも耳を傾けながら総合的に判断しています。例えば、練習参加の可否を監督やコーチに伝えたり、必要に応じて医師の診断を勧めたりしています。
このような判断を行う際、ロボット触診から得られた客観的な数値が非常に有用です。それをベースにすることで、選手、コーチングスタッフ、医療スタッフ間のコミュニケーションがよりスムーズになりました。私自身、この点でとても助かっています。
FTCがつなぐ高い志、広がる仲間の輪
─ロボット触診を基盤としたスポーツアナリティクス事業を推進していく上で、福島イノベーション・コースト構想(以下「福島イノベ構想」)への参加はどんな影響を与えていますか。
遠藤:
福島イノベ構想への参加は、事業化を大きく前進させる転機となりました。スタートアップ企業である弊社は、ヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源が乏しく、2023年度の「Fukushima Tech Create(FTC)」ビジネスアイデア事業化プログラムに採択されるまで、事業化は遅々として進んでいませんでした。
FTCでは、事業計画を着実に進められるよう、福島イノベーション・コースト構想推進機構(以下「福島イノベ機構」)の皆様やメンターから親身な伴走サポートをいただきました。「どんどんわがままを言ってほしい」という励ましのお言葉に後押しされ、弊社も積極的に支援を求めるようになりました。その結果、長年温めていた構想が次々と実現に向けて動き出したのです。
いわきFCとの出会いはその最たるもので、福島イノベ機構を通していわきFCの社長をご紹介いただいたことが、今回の実証実験のきっかけとなりました。
また、FTCの成果発表会までに具体的な成果を出さなければならないというプレッシャーも、良い意味で作用しました。この結果、事業計画により現実味を感じられるようになり、目標達成に向けた取り組みが加速しました。
─FTCを通じて、他企業との交流も広がっていますか。
遠藤:
はい、FTCを通じて素晴らしい人脈を築くことができました。特にFTCの同期を中心に、高い志を持った仲間たちと出会えたことは大きな収穫です。
皆それぞれ異なるビジネスを手がけており、事業化のフェーズもさまざまです。そのため、すぐに具体的な協業に至るわけではありませんが、互いに学び合える環境がありました。例えば、お互いの経験や知識を共有し合うFTCでの活動は、非常に刺激的で新鮮でした。このような交流は、弊社の事業の将来を考える上でも貴重な示唆を与えてくれています。
FTC終了後も、参加者同士のつながりは続いています。今年度のFTC交流会での再会や、さまざまな受賞報告などを通じて、FTCの仲間たちの活躍を知ることができ、それが今も私たちに大きな刺激を与え続けています。今後、何か困難に直面した際には互いに相談し合え、支援し合える関係性を築くことができました。このような強い絆を結べたことこそが、FTCへの参加によって得られた最大の財産だと考えています。
世界市場へ挑戦、日本発スポーツテックの飛躍
─FTCの交流会というお話も出ましたが、福島イノベ機構とのつながりは現在も継続しているのでしょうか。
遠藤:
もちろんです。福島イノベ機構の素晴らしさは、継続的な支援体制が整っていることです。FTCは企業のステージに合わせた伴走支援プログラムがあり、アイデアベースから伴走してくれるビジネスアイデア事業化プログラム、その次の段階は、アクセラレーションプログラム、先導技術事業化アクセラレーションプログラム、地域復興実用化開発等促進事業費補助金などがあり、さらにその先には工場建設のための補助金まで用意されています。このように、アイデアの具現化から事業拡大まで、一貫して後押ししてくれるインフラが整っているのです。
弊社もこの恩恵を受けており、他のスタートアップコンテストへの参加機会が生まれ、複数の賞を得て、弊社の事業化をサポートしてくださる方々に恵まれたほか、福島県の地域復興実用化開発等促進事業費補助金に採択していただくことができました。この継続的な支援は、私たちのような新興企業にとって大きな励みとなっています。
─福島イノベ機構の支援も受けながら、今後に向けてどんな夢を描いていますか。
遠藤:
スポーツアナリティクス事業に関しては、最大の市場は欧米を中心とした海外にあります。弊社としても、ロボット触診を核としたさまざまなシステムを通じて、積極的にグローバルに打って出たいと考えています。
─これから福島イノベ構想に参加し、FTCにチャレンジしてみたいと考えている企業に向けて、ぜひメッセージをいただけますか。
遠藤:
実は父の実家がいわき市にあり、私自身も少なからず福島とのつながりを持っていたのですが、まったく縁もゆかりもない方であっても、福島イノベ機構が主催する浜通り地域視察ツアーに参加することで、福島の実情を肌身で感じられることが多々あると思います。東日本大震災からすでに13年以上がたちましたが、正直に申し上げるといまだに復興できていないエリアも数多く残っています。
だからこそ福島の復興を、自分たちの事業で成し遂げていくという大義を掲げて臨むことができるのも、他の事業支援プログラムにはないFTCならではの特徴です。また、南相馬市にある福島ロボットテストフィールドや福島国際研究教育機構(F-REI)は、世界に冠たるテクノロジーの発信拠点となっており、自らの可能性を福島から広げていくための最初のチャンスをFTCでつかむことができます。
福島には、イノベーションを生み出すための豊富なリソースと、それを支援する強力な体制があります。しかし、それ以上に重要なのは、ここにある「挑戦する精神」です。震災からの復興という大きな課題に直面しながらも、新しい技術や事業を生み出そうとする地域全体のエネルギーは、他では味わえない独特の経験となるでしょう。
FTCへの参加を考えている皆さんには、ぜひこの福島の地で、自らの技術やアイデアを磨き上げ、世界に向けて飛躍するチャンスをつかんでいただきたいと思います。私たちタグルも、ロボット触診技術を通じて福島から世界に貢献できる企業となることを目指し、日々挑戦を続けていきます。共に福島の未来を、そして日本の未来を創っていきましょう。
タグル株式会社
2016年8月設立。ロボット工学を応用した触診技術により、プロスポーツ選手の筋肉疲労を数値化。ケガ予防とコンディション管理の実現を目指す。大阪大学との共同研究をベースに、いわきFCで実証実験を展開。測定機器販売とデータ解析サービスを通じ、スポーツ界の革新に取り組む。
福島イノベーション・コースト構想推進機構関連:
・令和5年度「Fukushima Tech Create」ビジネスアイデア事業化プログラム採択
・令和6年度「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」採択