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放射線測定技術から獣害対策まで
現場の課題を敏感にキャッチしてニーズを捉える
――日本遮蔽技研・平山貴浩氏インタビュー

2024年11月28日

平山 貴浩さん

株式会社日本遮蔽技研 代表取締役副社長

福島県会津若松市出身、元アセットマネージャー。2011年日本遮蔽技研を創業し帰郷。東京都立大学大学院放射線学科入学。2017年度福島ベンチャーアワード優秀賞、2020年度福島県発明協会会長賞、2022年度こおりやま産業博アワードグランプリ受賞、2023年度郡山市チャレンジ新製品認定事業に「あいわな®クラウド」が認定されるなど、技術開発に積極的に取り組む。

東京で起業したばかりの頃に原発事故が発生。それをきっかけに故郷の福島県に戻り、日本遮蔽技研を創業した。放射線対策関連事業をスタートして、現在はロボット技術やAI技術も活かして、獣害対策や森林再生など今の社会が抱えるさまざまな課題に挑み続けている。常に現場の声をアイデアの源泉として、驚異的な行動力で社会実装につなげてきた平山貴浩副社長(創業者)に、これまでの歩みと今後目指す方向性などを聞いた。

―もともとは東京で今とは別の事業を起こしていたとのことですが、福島県で新たに創業するに至った経緯を改めて教えてください。

平山:
2010年に東京で設立したのは金融や不動産関連の会社で、放射能や放射線といったものに携わったことはまったくありませんでした。その翌年の原発事故により故郷の福島県が大きな被害を受け、自分が役立つことは何か模索する中で放射能汚染対策の問題が見えてきました。そのような流れで株式会社日本遮蔽技研の創業にともない帰郷しました。

放射能汚染対策の課題としてあったのは各工程の作業が個別に進んでいたことでした。放射線・放射能濃度の測定、除染、除染後の検査測定、放射性廃棄物の運搬・保管という4つの流れで作業していきますが、それぞれがバラバラに進められていたのです。このプロセスに共通して必要になるのが、放射線の防護と測定精度のための“遮へい”です。遮へいを中心に、4つの作業を一気通貫で行えるようにする技術集積が必要だと考え、創業以来、放射線測定関連事業を展開してきました。

株式会社日本遮蔽技研 代表取締役副社長 平山 貴浩 氏

―放射能についての知識や経験がない中で、どのようにして独自技術やサービスを開発していったのでしょうか。

平山:
放射能や放射線については本当に門外漢だったので、創業の翌年に東京都立大学大学院に入学して、物理学や放射線計測学について学びながら進めてきました。大学院の研究室でさまざまな模擬環境をつくり最初に製品化したのは、放射能汚染された環境で正確な放射線測定をするための治具「コリメータEARTHSHIELD®」でした。従来の放射線測定は、周辺に放射性物質がない中で測定します。一方、福島県で求められているのは放射線汚染環境下での測定なので、周辺の放射能を遮って除染箇所だけをピンポイントで測定するコリメータを開発しました。これが当社にとって最初の特許となります。

さらに現場のニーズを探っていくと、放射線測定機器における計量法上の精度確保の問題が明らかになりました。2012年当時、測定機器の計測精度の正しさを調整するための校正には数カ月もかかり、作業効率が悪く、更にひとたび故障すると修理にかかるコストや時間も膨大だったのです。

放射能汚染された環境で正確な放射線測定をするための治具「コリメータEARTHSHIELD®」。
現在では、除染前後の測定に利用が進んでいる

そこで放射線測定機器の校正サービスの拠点として、福島県郡山市に校正センターを立ち上げました。現在は、同県内の本宮市に福島校正センターを置き、国内外の測定器の校正・修理、測定器の自社開発まで行っています。また、現場からの強い要望を受けて、中古の放射線測定器を扱うために必要な許認可を得てレンタル業務を始め、2018年にはISO/IEC17025(試験所・校正機関に対する国際認定)の認定を受けました。

福島校正センターにある第1照射室(左)と第2照射室(右)。
放射線測定器が目盛どおり正しく指示するかを基準となる放射線を用いてチェックを行う

AI画像認識技術を駆使した獣害対策

―放射線関連の事業は、その後さまざまな社会課題に展開されたようですね。具体的にお聞かせください。

平山:
創業したときは放射能汚染対策が中心でしたが、その後は、福島県が抱える「放射線モニタリング」「廃炉」「人口減少社会への対応」「再生可能エネルギーの利用促進」という4つの課題の解決を事業ドメインとしています。

放射線測定機器の校正センターの遠隔操作技術や、原発偵察や災害対応のためのロボット技術は、放射線関連以外の事業にも応用が可能です。2017年からは福島県ロボット関連産業基盤強化事業に採択していただき、AI画像認識システムの開発に取り組んできました。

当社では、もともと人口減少社会への対応が必要だと考えていました。その中で、震災で人がいなくなった地域に、その後さまざまな野生動物が進出してくるようになったという実態を知りました。旧避難地域をはじめとした県内の地域で「イノシシなどの害獣対策に困っている」という切実な声を聞くようになったのです。そうした声が、現地に人の代わりに目となるカメラを設置して、リアルタイムで認識する画像認識AIを搭載した「あいわなシリーズ」の開発につながりました。

―獣害対策用画像認識AIの「あいわなシリーズ」もそうした震災後の現実のニーズから生まれたのですね。

平山:
「あいわな」は、監視カメラが動くものを検知して撮影して、サーバーに画像を送り、サーバー上のAI画像認識システムが獣種を特定するという仕組みです。AIが成獣のイノシシだと認識すると罠の扉が落ちて捕獲し、その情報を担当者にメールで知らせます。ウリ坊やほかの動物が近づいても罠にはかかりません。

ただし、罠の装置を稼働させるにはバッテリーなどの設備が必要となり、そのためのコストとメンテナンスの手間が発生します。その部分を省いて、単三乾電池だけで半年稼働する監視カメラにクラウド通信機能を搭載したのが「あいわなクラウド」です。監視カメラで撮影して、サーバーに送り、AI画像認識システムで獣種を特定してメールするのは「あいわな」と同じですが、連動した罠設備がありません。

害獣出没早期警戒システム「あいわなクラウド」。2023年度郡山市チャレンジ新製品認定事業にもなった

リーズナブルな「あいわなクラウド」を多数設置しておき、時間を決めて罠周辺を撮影してメールすれば、猟友会の人が日に何度か罠を見回って餌の有無を確認する作業も必要なくなります。猟友会の高齢化や人手不足も獣害対策をする上での大きな課題ですから、「あいわなクラウド」で効率化や省力化に貢献したいと考えています。

人口減少社会のセキュリティーを実現する技術

―「あいわなクラウド」の仕組みを応用した無人警戒システム「VIGILA(ヴィジラ)」も開発されましたね。

平山:
「あいわなクラウド」では、動物と人間を判別して、人間や車の画像データは廃棄するように設定していました。その仕組みを逆にして、人間や車を感知するよう拡張したのが「VIGILA(ヴィジラ)」です。このシステムも人口減少社会という課題解決の一助になると考えています。

震災後、福島県内の旧避難地域では、耕作されなくなった土地がメガソーラーと呼ばれる太陽光発電施設として活用されています。これらの施設で盗難が相次いでいるとのことで、「VIGILA」を開発しました。

「VIGILA」は、監視用カメラに加えて、警報装置を設置しておき、リアルタイムで警告できるようになっています。完全に被害をゼロにできるとは限りませんが、侵入者に対して光や音、音声で警告することで被害を最小にとどめ、証拠を押さえて通報することにも役立ちます。

無人警戒システム「VIGILA(ヴィジラ)」。
あいわなクラウドのシステムを機能拡張して、多発する盗難、不法投棄などの監視を行う

こちらは一般社団法人日本太陽光発電検査技術協会と連携を進めて、特に被害の大きいメガソーラー発電施設の盗難対策を強化していきます。また、不法投棄や神社などでの盗難への対策として自治体からも問い合わせをいただいています。

―「あいわなクラウド」「VIGILA」ともに実用に向けて工夫していることはありますか。

平山:
「VIGILA」はカメラ監視が2024年6月から、威嚇警報システムが10月から、メガソーラー発電施設でサーバータイプの運用が始まっています。さらに、サーバーを介さずに電池やソーラー電源だけで動く装置を目指して、会津大学との共同研究が進行中です。これまでに小さな警報装置とソーラーパネル、ライトなどを備えたシステムの実証試験を行ってきました。

威嚇警報機は獣害でも検討しています。牛舎や豚舎でクマやイノシシが家畜の感染症の原因になるなどの被害対策を相談されています。また、カラスが牛をつついて、その傷口から病原菌が入り込んで牛が死んでしまうという被害もあるそうで、威嚇警報器と自動追尾型の監視カメラを組み合わせたものを開発中です。カラス対策では、自動追尾型の暗視カメラに、カラスを追い払うレーザーを取り付けたものを検討しています。

福島県の森林を再エネや排出権ビジネスに活用

―福島県で事業を始めて、故郷との関わり方や考え方に変化はありましたか。

平山:
東京にいたときは、東京でつくったものを日本全国に展開するという考え方でしたが、福島県を起点に事業展開してみると、地方だからこそできることが多数あると気づきました。

原発事故によって住む人がいなくなった福島県の旧避難地域は、言うなれば、強制的に少子高齢化や人手不足がつくられた地域です。この状況はいずれ日本各地で起こりうることであり、将来の日本のモデルケースとして考えることができるはずです。

今福島県で起きていることをモデルケースとして、ここで暮らす人たちが安心して暮らせるようなサービスや技術を開発できれば、いずれ日本各地で役立つと考えています。

―地方の特性を活かした事業として、新たに取り組んでいることはありますか。

平山:
当社の事業ドメインとして掲げている4つの社会課題の1つである、再生可能エネルギー分野に注力し始めたところです。

その第一歩として、一般社団法人農林水産振興機構(AFFA)を立ち上げました。目指しているのは、「森林再生で純国産エネルギーの創造」「循環の見直しと再定義」「生産者と市場と消費者 切れ目のない信頼の構築」という3つです。

将来は、福島県の森林を活用して、東京などの都市部と排出権を売買するマーケットを構築したいと考えています。すでに福島県内に広大な敷地を所有する企業や林業業者がパートナーとなって、森林再生やJ-クレジット発行に向けた話し合いを重ねています。

山林全体を除染することはできませんから、福島県の森林を活かした事業をするとなると、どうしても放射能の問題がついて回ります。除染や放射線量のモニタリングについては当社の技術で対応が可能ですし、二酸化炭素を吸収してクレジットの源泉になる森林だと捉えればとても魅力的な場所です。

―前向きに捉えてビジネスチャンスにしていこうということですね。

平山:
福島の山林ではどこでも生えている草木を、都市部に向けて販売するというアイデアもあります。例えば、東京ではお月見シーズンになると、生花店などでススキが店頭に並びます。福島県に住む人たちには、どこにでも生えているススキを買うという感覚はないかもしれませんが、場所を変えればそれを売ればお金になる可能性を秘めています。

季節ごとにニーズが高まる草木商品の中には、関東地方では絶滅危惧種になっているものもあります。そういった植物を林業業者が山林で育て、材木よりもはるかに短い期間で収益化できるビジネススキームも考えています。

草木商品の買い手はこちらで見つけ出し、旧避難地域の放棄山林などを活用します。放射線に対する不安に対しては、当社で全件測定ができますし、未だ根強い風評被害の払拭という意味でも、福島県産のものが売れていく状況を作りたいと思っています。

福島県内での数々の出会いが次の事業展開につながる

―改めて、福島県で創業したメリットは何だと思いますか。

平山:
福島イノベーション・コースト構想をはじめとした支援制度が充実していることはとても大きいです。2022年度、2023年度には、福島イノベーション・コースト構想推進機構(以下「福島イノベ機構」)の「Fukushima Tech Create(FTC)」に採択され、レーザー除染(ブラスト)システムを開発することができました。レーザー光線による除染は、砂や薬剤が不要で環境負荷の低減になるほか、作業者への負担が少ないことから担い手不足の解消にもつながります。

原子力施設や福島県内の廃棄物処理で使用実績のあるレーザー除染システムをデモ実演する平山氏

放射性物質のレーザー除去、分離、回収までをワンパックで行えるこのシステムは、環境省での実証試験を経て、2022年には大熊町の廃棄物処理施設に導入され、世界初の「常設レーザー除染場」が開設されました。

―福島イノベ機構の支援が役立ったことはありますか。

平山:
大きく分けて3つのメリットがあります。1つ目は、やはり資金面での支援です。ベンチャー企業では、どんなに素晴らしいアイデアがあっても、開発コストの目処が立たなければ進めることができませんから、補助金はとてもありがたいです。

2つ目は、アドバイスや意見をくれるメンター的存在である専門家とのパイプをつくっていただけることです。これは個人的に最も重要だと感じています。地方のベンチャー企業ではなかなか出会う機会のないコンサルタントとのつながりができて、事業の方向性を決める上で重要な道を示してもらったり、人脈を活かしたサポートをしてもらっています。

「現場のニーズを細かく聞いて、できるかぎり早期に社会実装したい」と語る平山氏

3つ目は、採択された会社同士で交流できることです。志や夢を持ってがんばっている人たちが一堂に会して、話ができるだけで面白いですし、新たなビジネスにつながる出会いも少なくありません。

―放射線測定関連事業からスタートして、人口減少社会への対応、再生可能エネルギーの利用促進と発展させてきましたが、これらは社会課題や技術の面でつながりがあるものでした。今後さらに進めていく上で、大切にしていることはありますか。

平山:
私たちが提供してきた製品やサービスは、どれも現場からの「今困っているから、今すぐほしい」という声に基づいて開発してきたものばかりです。ですから、できるだけ早く社会実装することが自分に課せられたミッションだと思っています。

私自身は技術者ではないので、現場のニーズを聞いて、そのために必要な技術やその技術を持っている人や資金を用意して、ものづくりを実現しています。中小・零細企業一社でできることなどたかがしれていますから、福島県を中心に仲間を増やし、社会実装に向けた仕組みづくりをさらに進めていきます。

本社の第2照射室で社員と共に

株式会社日本遮蔽技研

2010年3月設立。環境中のセシウム等の測定、生活環境の線量率の測定などの分野において、測定の信頼度の向上、測定現場での取り扱い性能の向上などを図るための測定装置の開発を社内外の専門家の協力を得て進めている。放射線遮蔽関連事業、放射線測定機器関連事業、環境関連事業、ロボット関連事業、測定・分析関連事業などの分野に業務展開している。

福島イノベーション・コースト構想推進機構関連:
・令和3、4、5年度 FTC「ビジネスアイデア事業化プログラム」採択
・令和6年度 FTC「アクセラレーションプログラム」(事業名:人口減少社会に対応した犯罪・獣害用AI搭載威嚇警報機の開発と実証試験)採択