未来テクノロジー
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“AI販売員”が商品を販売する無人店舗を開発
過疎地域に生活インフラを整備していく
――株式会社AIBOD・松尾久人氏インタビュー
2024年12月09日
松尾 久人さん
株式会社AIBOD 代表取締役/CEO
1998年九州大学大学院博士後期課程中退。同年日本アイ・ビー・エム株式会社にて開発部門に所属、サーバーの基板設計からストレージ製品の大規模半導体チップの設計までのハードウェア開発や、仮想化サーバー群の技術コンサルタントに従事し、2014年退職。同年文部科学省COI九州大学拠点にてリサーチフェロー、事業化推進グループ・リーダーとして都市OSのビジョンとアーキテクチャーの設計に従事、2018年退職。2016年現株式会社AIBODを設立、新しい技術を使える技術へ、幅広くAIを活用する社会へ、活動を開始。2018年ブランド品判別と真贋判定サービスを目指した株式会社メキキ共同創業、2019年量子コンピュータのQ-LEAPフラッグシップである理化学研究所の客員主幹。近年、AIBODにてエッジAI、組み込みAI向けにコンパクトAI搭載製品を展開しており、ルネサスのAIチップRZ/Vのエコパートナーとして「半導体+AI」を推進している。
購入したい商品をカメラが設置された台に置くと、AIが商品を認識、購入者はタッチパネルにスマホをかざして決済する――。大熊町インキュベーションセンター(OIC)に設置されている無人販売システム「BAITEN STAND」は、コンビニなどで導入されているセルフレジのような大きな設備投資が不要で、手軽に無人販売を始められるシステムだ。開発したのは福岡県に本社を置くAIBOD。「Fukushima Tech Create(FTC)」に参加したことをきっかけに福島県への進出を決めたという松尾久人代表取締役/CEOに、大熊町や南相馬市で無人店舗を展開するようになった経緯とこれからの展望を聞いた。
―株式会社AIBODはAIシステムやサービスの開発から提供までを主な事業としています。まずは設立の経緯を教えてください。
松尾:
私は福岡県の出身で、大学卒業後は日本アイ・ビー・エムに入社し、エンジニアやコンサルタントとして東京で16年間働いていました。その後、地元に戻って九州大学の次世代スマートシティプロジェクトに参画して技術コーディネーターとなり、2016年に当時の村上和彰教授と共に現株式会社AIBODを設立しました。当時はディープラーニングが盛り上がり始めた頃で、大学はAI等先端技術の研究はできるものの、社会実装はできませんでした。そこで、当時AIをビジネスに活用したい企業からの相談が多かったため、AIを活用したシステムを企業向けに開発し、社会システムとして構築することを目的に起業することにしたのです。
当社では、製造業向けに検査工程や歩留まり解析などのAIシステム開発をしています。データを分析して高性能、低コスト運用のAIシステムを設計しています。特に画像処理AIや言語処理AIは強みを持つ分野です。
自動車や半導体などの製造業やエネルギー分野などに向けたデータ分析プラットフォームの構築も行っています。
―無人店舗システムを開発するようになったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。
松尾:
直接のきっかけは、あるシステム会社の依頼を受けて、福岡県内の大学生協で導入する無人店舗システムを開発したことでした。カメラで商品を認識して精算するというもので、学生証の顔認証技術とも組み合わせました。
このシステムを導入したのは新型コロナウイルス流行前の2019年のことで、大学にも好評で現在でも使われています。しかし、当初の依頼主であるシステム会社が無人店舗システムの事業化を断念することになってしまいました。
私たちにとっては新しい技術の実証になり、ビジネス面での展開も期待できたので、さらに伸ばしていこうと思っていた矢先のことでした。ならば自社でやろうということになり、大学生協向けに開発したものに改良を加えて、自社オリジナルといえるものに再開発したのが、今回の「BAITEN STAND」の原型です。究極のコスト低減を開発コンセプトとし、安価なミニPCで動作するコンパクトシステムに仕上げました。
FTCでの出会いから、OICに入居
―そこからどのようにして福島県での「BAITEN STAND」につながったのでしょうか。
松尾:
福岡県の本社で無人店舗のシステムの開発を始めたのは、新型コロナウイルスが流行し始めた2020年です。ちょうどその頃から、社会の中で無人店舗を必要とする声が聞かれるようになりました。
私たちにはすでに確立した技術があったのでチャンスだと考えていました。しかし、長年製造業の取引先の案件しか実績がなく、小売業のネットワークを持っていないことが課題でした。そんなときに、たまたま復興庁の方と知り合うことができて、福島イノベーション・コースト構想推進機構(福島イノベ機構)の「Fukushima Tech Create(FTC)」を紹介されました。
2021年にFTCに応募したところ採択され、事業に取り組んでいく上で、福島県とのつながりができたのです。
福島イノベ機構には、南相馬市や大熊町とつなげてもらったので、そこを糸口に無人店舗システムを広げていく方法を検討していきました。その頃には大熊町の避難指示は解除されていたものの、役場近くにデイリーヤマザキが1軒あるだけでスーパーもありません。そんなことすら知らなかったので、土地の状況を知ってとても驚きました。
そんな中、2022年7月にオープンする大熊インキュベーションセンター(OIC)への入居が決まり、大熊町と連携協定を結んで、OICに無人店舗を開店することになりました。私たちは商品を持っていませんから、OICに開店した「BAITEN STAND」は、デイリーヤマザキの出先店舗という位置付けとなります。
BAITEN STANDをオープンした年には、相双地域発の持続型地域小売モデルとして福島県の「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」に採択されました。この補助金のお陰で2年間の活動のベースができて、より積極的に動けるようになりました。2023年には、大熊町役場、福島ロボットテストフィールド(RTF)と、立て続けにBAITEN STANDをオープンしています。
AI販売員による無人店舗「BAITEN STAND」をオープン
―BAITEN STANDは「視覚を持ち24時間働けるAI販売員」とのことですが、どのようなシステムなのですか。
松尾:
商品を読み取る画像認識技術と決済システムをコンパクトに収めたことが一番の特徴です。目的に応じて最適なAIを組み合わせる弊社独自の設計コンセプト「AIフュージョン」を用いた精度の高い画像認識技術に二次元コード決済を組み込み、先駆けとなるキャッシュレス決済端末を実現しました。
商品認識については、台の上に取り付けたカメラで撮影したイメージからAIが商品を判別しています。商品は事前に登録しておく必要がありますが、商品写真を1枚撮影して登録するだけで認識できるようにしました。一般的なディープラーニングでは大量の画像を学習させる必要がありますが、できるだけ人の手間を軽くしたかったので、入荷時に1枚だけ撮影してもらえば認識できるようにすることが特に工夫したところですね。
―無人レジの多くはバーコードや二次元コードを使って商品を認識しますが、このシステムは画像のみで認識しているのですね。商品がどんどん増えても対応はできるのでしょうか。
松尾:
可能です。ただし、商品によっては判別が難しいものもあります。例えば、パッケージに明確に種類や味などが書かれておらず、色の違いだけで違いを表現しているような商品です。また、商品の置き方やパッケージへの光の当たり方で色の見え方が変わってしまうものも間違いやすいです。そのような商品については、登録する写真の数を増やすなどして認識精度を高めています。
ただ、四角形のパッケージだと6面あり、全ての面を登録するのは手間です。過度な学習が必要になるので運営的にも効率的ではありません。そこは買い物をするお客さまには、商品の表面が見えるように置いてもらうことで認識の補助をしてもらっています。
技術面で特に苦労したのは、台に載せた商品の撮影環境ですね。周囲を囲って画像認識がしやすいようにライティングすることで、影による画像の認識ミスを防ぐこともできます。しかし、そこまでするにはコストがかかりますし、お客さまも買い物がしにくいだろうということで、囲いがないオープンな状態で認識できることを優先しました。
イチからビジネスをスタートできる福島の可能性
―BAITEN STANDのスタートから2年が経ちますが、利用者の評判はどうですか。
松尾:
OICの皆さんの利用は多く、同じ入居者でもある私を見かけると、「いつも使っています」と声をかけてくれます。ここではもうインフラとして普及しています。
RTFでは、昨年からお弁当販売を始めたところ、一気に利用者が増えました。お弁当はBAITEN STANDのタッチパネルをそのまま使用し、画面上のメニューから選んで買うと、パートナーの弁当業者からBAITEN STANDにお弁当が届くという仕組みです。それぞれの場所での在庫や売上の管理は全てクラウド上で行われます。これによって、パートナーは、弁当配送のついでに商品を補充でき、配送の人手を削減することが可能になります。配送コストは小売りの中でも大きいので、この効率化は小売業者の大きな効率化となります。
―今は福岡県と福島県を往復しながら仕事をしているそうですが、福島県で新しいビジネスを展開することのメリットを感じることはありますか。
松尾:
これから街づくりをしていこうという意識を、地元の方々からも強く感じています。そのため、我々のような企業にとっても準備段階から全部自分たちで仕込める機会があることが、多くのベンチャー企業にとって大きな魅力になっていると思います。OICのような場まで用意されているので、今ではこの地での起業を志して多くの若い人たちが集まってきます。
OICはさまざまな業種の人たちと自然に話せる環境で、そこから予想外の化学反応が起こる可能性を感じています。例えば、配送を自動でやりたいという企業もあれば、ドローンで飛ばしたいという企業もあり、自分たちで作ったものをこの土地の特産物にしたいという人もいます。そういう人たちが小売という点でつながることも大いにあると思っています。
福島イノベ機構の方々も常に気をかけてくれていて、新しいアイデアについて相談すると関連する技術を持っている人や、顧客候補を紹介してくれます。出会いがあったからといってすぐに実現することではありませんが、そういう声がけをもらえるだけで心強いです。
大熊町に集うスタートアップ企業をつなぐプラットフォームに
―BAITEN STANDの技術を、無人販売以外の目的に発展させるとしたらどのようなことが考えられますか。
松尾:
AI販売員の目を使って、さまざまな施設や道具の点検ができるのではないかと考えています。例えば、電力会社では、火力発電所の中で点検作業をするときに持ち込んだ工具をきちんと持ち帰ったかどうか、厳密に管理することが義務づけられています。現在は台帳ベースで行っているこの確認作業を、システム化できないかという相談を受けたこともあります。同じように人の目と手で点検していることはたくさんあるはずなので、少子高齢化により人手が不足している職場の効率化・省力化に貢献できるかもしれません。
その点、当社は機械学習をはじめとしたAIの技術的基盤があるので、ニーズをよく見極めて、活用方法まで見据えたシステム開発をしていきたいと考えています。流行の生成AIも要素の一つとして使えますが、生成AIにはできないことも多いので、あくまでも必要に応じて使っていきます。
―福島イノベ機構やOICによってできたネットワークを活かして、今後取り組んでみたいことはありますか。
松尾:
福島県のさまざまな支援事業を通じて地元企業の方と知り合う機会が増え、地元の産業復興に役立つ仕組みが作れないかと考えるようになりました。私が知り合った南相馬市の板金屋さんは、南相馬市が注力しているロボット産業や宇宙産業のベンチャー企業から試作品の製造を受注しているそうですが、単発の試作品製造ばかりで、継続的な仕事につながらないのが悩みだと話していました。
OICにも多彩なアイデアや技術、情熱を持ったスタートアップ企業が集まっています。しかし、それらをつなぐものがないので、バリューチェーンの枠組みとして何かできることはないかと模索しているところです。ここではみんな未来に目を向けています。それが福島県浜通りの良さですから、この場所で我々にできることを探して実現に向けて邁進したいと考えています。
株式会社AIBOD
株式会社AIBODは、九州大学発の人工知能(AI)スタートアップ企業。顧客の課題や目的に応じて最新のテクノロジーを最適に活用してワンランク上の業務効率化を実現する。製造業の製造自動化や製造品質監視システム、電力事業者の電力予測分析システムなどに取り組み、中小企業の底上げを支援するプラットフォーム構築を目指す。
福島イノベーション・コースト構想推進機構関連:
・令和3年度 「Fukushima Tech Create」ビジネスアイデア事業化プログラム採択(視覚を持ったAI販売員による地域社会インフラとしての小売ネットワーク構築)
・令和4、5年度 「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」採択