サステナビリティ
人も社会も環境も――。ソーシャルグッドな成長を目指す「挑戦者たち」の思考と実践
震災を機に、食の“革命”に取り組むアイリスオーヤマ。
農業の未来と、福島イノベ構想への期待を語る
―大山健太郎氏インタビュー
2023年03月09日
大山 健太郎さん
アイリスグループ会長、アイリスオーヤマ代表取締役会長、福島イノベーション・コースト構想推進機構参与
1945年生まれ。父親が大阪府で経営していた大山ブロー工業所(1991年にアイリスオーヤマに社名変更)を19歳で引き継ぎ、宮城県に拠点を移して大企業に育て上げた。2018年から会長に就任。復興推進委員会委員等を歴任。一般社団法人仙台経済同友会終身幹事、福島イノベーション・コースト構想推進機構参与を務める
福島県南相馬市に「株式会社アイリスプロダクト」の工場を建設し、約80名もの人材を新規採用したアイリスグループ。「産業創出」という具体的なカタチで、浜通り地域の活性化に取り組んでいる。事業を通じた「復興」への思いと、展開する「精米事業」、さらには農業の「産業化」に向けた展望をアイリスグループの会長・大山健太郎氏にうかがった。
約80名の新規雇用。始動した「アイリスプロダクト」
―2022年5月、「株式会社アイリスプロダクト」の南相馬工場が稼働を始めました。まずは「南相馬市」を事業地に選ばれた背景から、教えていただけますでしょうか。
大山:
それは何より、浜通り地域の復興に貢献したかったからです。そのためには、地域に根ざした産業を生み出し、世の中に製品やサービスなどの付加価値を届ける必要があります。もちろん、雇用を生み出し、さらにその雇用を維持することも重要です。だからこそ、産業の起点となる企業(アイリスプロダクト)を設立し、工場の竣工に至ったのです。
この決断の後押しをしてくれたのが、ほかでもない、工場に隣接する「福島ロボットテストフィールド」の存在です。福島ロボットテストフィールドは、災害対策などのテクノロジーに関する技術実証・研究の場として日本最大級のテストフィールドです。優れた技術を有する企業や研究機関の入居が続き、技術実証などを手厚くサポートすることで知名度も高まってきています。ただ、誤解を恐れずに申し上げれば、建物がそこにあるだけでは、もったいない。福島ロボットテストフィールドのポテンシャル、存在価値を最大限に引き出して地域に還元するには、「売上」や「マネタイズ」といった事業創出が必要不可欠――そのような考えを、以前から復興推進委員会(復興庁)などの場でも発言してきました。
幸いにも、福島ロボットテストフィールドに隣接する「南相馬復興工業団地」内の事業用地に空きがあることを知り、工場の建設を決めました。南相馬工場は、われわれアイリスグループが、浜通り地域をはじめ福島の地に根を張り、復興に全力で取り組み続けるという意思表示でもあります。
―工場では、人工芝から建材用平板、パックごはん用の容器まで、多種多様な製品を生産しています。
大山:
はい、実は南相馬工場の竣工プロセスも、異例とも言えるものでした。本来、工場を建設する場合は、最初に生産する製品を決めて目標とする生産量や調達・物流網の整備など、綿密な計画のもとで進められます。たとえば、「パックごはんの需要増に応えるために生産量を数倍にもっていきたい。そのために工場を新設する」といった事業計画を事前に立てるわけです。しかし南相馬工場は、そうではなかった。最大の目的は「復興に貢献する」こと。そのために、ここ南相馬に生産拠点を設け、売上をつくっていく工場を建設したのです。生産・製造するモノはアイリスグループ内であとから考えましょう、まずは地域に雇用を生み、基盤をつくることから始めましょう、と。
立ち上げ時には50名程度の新規採用を見込んでいましたが、それほど多くの人材が集まる確証は持てないでいました。ですが、蓋を開けてみると、予想をはるかに超える約80名もの人材が入社してくれた。なかには角田工場(宮城県)から異動した社員もいましたが、ほとんどが地元での採用です。首都圏からUターンした人材もいて、非常に心強く思っています。
工場にとってみれば、初めてつくるものばかりなので、慣れるまでは大変だったと思います。でも非常によくやってくれています。南相馬工場は、アイリスグループ全体の「生産工場」を目指していますから、これからもその時々に応じた役割を担ってくれることを期待しています。
―工場建設を決断するきっかけとなった、福島ロボットテストフィールドとの連携にも期待がふくらみます。
大山:
アイリスグループで開発した「ロボット」の実証実験のフィールドとして、ぜひ連携していきたいですね。ただ私たちのロボットは、家庭用や店舗用など一般用途のものがメインなので、できることは限られるかもしれません。ですので、福島ロボットテストフィールドだけではなく、地域の商店や施設など“地域全体”をテストフィールドにしていくような連携を模索していくことになるでしょう。
食文化を変えた、アイリスオーヤマの「パックごはん」
―大山会長は、折に触れて、「農業の産業化」について言及されています。発言を象徴するように、御社の「パックごはん」は日本市場をけん引し、さらに輸出強化に向けた生産体制の増強も表明されました。2013年に精米事業に参入してから、わずか10年ほどの期間で大きな成長を遂げています。
大山:
日本国内には、単身世帯や二人世帯が増えています。こうした消費者向けに低温精米されたおいしいお米――簡単に食べられる「パックごはん」――を市場に出せば、多くの需要を取り込めるものと考えていました。おかげさまで大きな支持をいただきまして、常に供給が追いつかない状態です。現在、国内での供給体制の強化を検討しており、2024年には鳥栖工場(佐賀県)で輸出用パックごはんの製造を開始する計画を進めています。
精米事業に取り組んだきっかけは、2011年3月に発災した東日本大震災です。当社も角田工場と大河原工場(宮城県)が大変な被害に遭ったこともあり、地元・東北を代表する企業として、具体的な行動を起こさなければならない。そう考えたことが、事業開始の根底にありました。復興に貢献する事業として「精米事業」に取り組んだのは、大きく2つの理由があります。
一つには、まずもって、東北の米がおいしいからです。それが震災によって甚大な被害を受けてしまった。絶対に、何とかしたい、しなければならない。もう一つには、アイリスオーヤマが農業の実態に精通していたことも大きかった。創業から間もない1970年ごろに、田植えに使うプラスチック製の育苗箱を開発し、大ヒットさせた歴史があったのです。余談ですが、物流網に優れた仙台の地に生産拠点を構えたのも、水産業・農業のメインターゲットである東日本エリアへの市場参入を踏まえてのことでした。
復興に必要となる「地域活性化」は、その地域の強みを生かしてこその取り組みでしょう。では、東北ならではの「強み」とは何か。真っ先に思い浮かべたのが「米」でした。豊富な雪解け水と寒暖差の大きい土地でつくられる米は、本当においしい。東北だけではなく、日本全国の、もっとたくさんの人に食べてもらいたい。
とはいえ、当時は地産地消の代表的な食品である米を全国に届ける手立てが揃っていませんでした。ですが商売をする立場から考えると、ビジネスを拡げる機会が目の前にあるわけです。どうにかして、全国に普及させたい。そこでわれわれが開発したコンセプトが、「かんたん・便利・おいしい」というものです。
―今につながる「生鮮米パック」ですね。
大山:
はい。2013年、震災で大きなダメージを受けた仙台の「株式会社舞台ファーム」と共同出資で「舞台アグリイノベーション株式会社」を設立し、精米事業に参入しました。翌年には、宮城県亘理町に、日本最大級となる精米工場を竣工。この工場では「低温製法」――玄米の保管から精米、包装までを15度以下の低温倉庫で管理する製法――を採用し、そのままでも十分においしい東北米を、鮮度を保つことでさらにおいしい状態で届けられるようになりました。
当時、販売されていた「生鮮米」は、5kgや10kg単位が一般的でした。ただしそれでは、消費者が購入時に運搬する際の負担が大きく、しかも長期保存による品質の劣化も避けられません。そこで、低温製法で精米した米を一食分の「パックごはん」として販売することができれば、かんたんで便利、しかもおいしく食べられる、と。結果、大手コンビニエンスストア3社すべてに納入したのをはじめ、北海道から沖縄まで津々浦々でアイリスオーヤマの「パックごはん」を購入できる体制が整いました。振り返ってみると、この“小さな”パックごはんは、日本の米流通や食文化、食事のスタイルに大きな“革命”を巻き起こしたと思っています。
圃場大規模化=「福島モデル」の実現を
―日本の農業がさらに「産業化」の歩みを進めるためには、何が必要でしょうか。
大山:
圃場の「大規模化」が不可欠だと思います。日本の農家・農業の最大の課題は、農業者の規模が小さいことでしょう。産業の世界に限ったことではないですが、「100よりも1,000」「1,000よりも10,000」生産するほうが効率は上がり、当然ながら、コストは下がります。これは農業にも当てはまります。日本とアメリカにおけるコメ農家の経営規模を比べると、およそ160倍の差があるとされています※1。アメリカほどの規模をすぐには望みませんが、30ha規模の圃場で稲作が実現できれば、売上高も上がって法人化でき、「農家」から「農業経営者」へと進化していけると考えています。
―ただ、既存の圃場を整理・統合するのは高いハードルがありそうです。
大山:
おっしゃる通りです。ただ私は、日本で唯一、それができる地域が「福島」だと考えています。除染が進み、福島でも農業に取り組める環境が整ってきました。一方で、発災から10年以上が経ち、高齢化などが原因で農業から離れる方も少なくありません。何もせずに荒廃農地にするのではなく、ぜひこうした休耕田を迅速に整理・統合し、大規模化モデルへと舵を切っていただきたい。その胎動はすでに見られ、2021年には浪江町に、収穫した米を乾燥、貯蔵するカントリーエレベーター(生産者が共同で利用する大型倉庫)が完成するなど、着実に環境は整ってきました。
アイリスグループとしても、2017年から「株式会社舞台ファーム」と「株式会社紅梅夢ファーム」の共同で、南相馬市小高区の農地所有者から休耕地などを借り受けて、「天のつぶ」を作付けし、収穫した米の全量を当社が購入する「営農再開支援事業」を実施しています。スタート時は11haでしたが、2022年には105haまで拡大。福島の地から、農業の大規模化を成功させるべく、われわれも邁進していきたいと思います。
―圃場の大規模化や生産性の向上には、テクノロジーの活用も欠かせません。
大山:
はい、われわれも、ドローンを使ったスマート農業を始めています。まだ規模が大きくないため、収益にそれほど影響するものではありませんが、間違いなく、省力化につながっています。ドローンの活用と言えば、福島ロボットテストフィールドが得意とする領域なので、ぜひドローンの「農業利活用」に向けた技術実証などで連携できるといいですね。
ほかにも、乾田直播栽培(畑状態の田に種をまき、出芽した後に水を入れる栽培方法)に取り組んでいます。乾田直播栽培では、水のないフラットな地面に種をまくので、作業の効率化を図れますし、ドローンによる種まきや施肥も可能です。従来の生産方式と食味も変わりません。
※1:「米をめぐる関係資料」(農林水産省、2017年)。各国の平均経営面積(ha)は以下の通り。日本(コメ農家・販売農家の平均)約1ha、アメリカ(カリフォルニア州のコメ農家の平均)約160ha、オーストラリア(ニュー・サウス・ウェールズ州の平均)約55ha、中国(黒龍江省のコメ農家〈国営農場所属〉の平均)10ha程度(300haを超える農家もある)。日本の農業経営規模に比べ、EUは約6倍、アメリカは約70倍、オーストラリアは約1,260倍。コメ農家については、アメリカ(カリフォルニア州)は約160倍。
F-REIに大きな期待。「構想」をドライブさせる、産学官連携を
―浜通り地域の復興、産業集積を担う「福島イノベーション・コースト構想」(福島イノベ構想)への期待を教えてください。
大山:
復興を進める上で何より大切なのが「人」です。ただ、震災の発災から10余年が経ち、県外に避難された方々もそれぞれの避難先で暮らしの基盤ができていることでしょう。そうした方々が福島に戻ってくることだけを期待するのではなく、福島に新しく人材が集まってくる、集まりたくなる、有形無形の「核」をつくっていく必要があると考えています。
その点で私が注目しているのが、2023年4月に浪江町に設立される「福島国際研究教育機構」(F-REI)です。常々、申し上げてきたことですが、浜通り地域には「教育・研究機関」が必要です。地域に、優秀な研究者や専門人材が集まり、施設を起点に産業集積が生まれていく。そうした地域社会・地域経済の活性化のためには、産学官の連携・循環が不可欠と考えてきました。F-REIは、「学」を担う貴重な存在ですし、福島イノベ構想の一つの「核」にもなり得るものと、大きな期待を寄せています。福島イノベ構想を、「構想」のまま終焉させないためにも、具体化・産業化を推し進める存在となってほしい。
加えて、福島イノベ構想を推進する「福島イノベ機構」(福島イノベーション・コースト構想推進機構)には、福島県の企業がリーダーシップを発揮する素地を整えていただきたいですね。技術力や研究・開発力、販売力などそれぞれに長けた企業間の交流を促し、「福島企業」という核をつくっていくことができれば、浜通り地域、福島県全体の産業が強く、太いものになっていくと思います。福島ロボットテストフィールドにも、若く優秀なエンジニア兼経営者がたくさん入所しています。二足のわらじを履くのは、それだけでも大きな困難が伴いますので、ネットワーキングを促進したり、マッチングを創出したりするなど多様な機会をつくっていくことも期待しています。
産業は、移動時間(物流)と距離が物をいう世界です。仙台と東京を結ぶ常磐自動車道が整備されつつあり、浜通りの人流・物流は大きく改善されました。首都圏からの利便性を考えると、実は浜通りはメリットのあるエリアです。さらに、気候にも恵まれた温暖な地域で、海岸線には平野も広がっています。産業集積を促すためにも、そうした地域の強みにもう一度スポットライトを当てて、産業界に発信することも重要になってくると思います。今後の福島イノベ構想の歩みに期待しています。
アイリスグループ
創業以来、生活者視点のものづくり=「ユーザーイン発想」を経営哲学に、「アイデア」がある商品をお届けしてきました。社会の変化と共に移り変わるニーズをくみ取り、家電、ヘルスケア、食品、法人向け事業など多様な分野に参入し、生活をより豊かに、そして社会課題の解決に寄与する事業展開を行っています。