サステナビリティ

人も社会も環境も――。ソーシャルグッドな成長を目指す「挑戦者たち」の思考と実践

水素エネルギー活用の現在地とは?
第一人者・NEDO大平英二氏が見据える「2050年」の姿
――「福島水素エネルギー研究フィールド」(FH2R)を構える「福島」への期待

2023年01月27日

大平 英二さん

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) ストラテジーアーキテクト(燃料電池・水素分野担当)

1968年、秋田県生まれ。1992年東京理科大学理学部卒、同年NEDO入構。主にエネルギー・環境関連の技術開発プロジェクトに携わり、NEDO蓄電技術開発室長などを経て、2021年4月より現職。水素エネルギーの普及展開に向け、多くの企業、大学が参画する技術開発プロジェクトのマネージャーとして、次世代の燃料電池や、水素を活用する新しいエネルギーシステム構築のための研究開発を推進。地方自治体における水素エネルギー普及計画策定のための委員会への参画や、国内外での数多くの講演をこなしつつ、TVなどメディアを通じた水素エネルギーのわかりやすい情報発信に尽力するなど、多方面で活躍。共著に『NEDO水素エネルギー白書』『図解 燃料電池技術』(ともに日刊工業新聞社)がある。

水素エネルギー社会の実現に向けて、世界がその動きを加速させている。福島県も「水素社会実現に向けたモデル構築」の場として浪江町を選定し、「水素」を一つの軸にして復興を推進。2020年には、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が世界最大級の水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド」(FH2R)を開所するなど、注目を集めている。各国が研究・技術開発を進めるなか、日本の、そして浪江町の動向は、水素研究の第一人者の目にはどう映るのか。NEDOの大平英二氏に、最新の水素動向とFH2Rが目指す未来、さらには、「福島イノベーション・コースト構想」への期待を聞いた。

「1%」のインパクト。水素利用が現実的なオプションに

―水素エネルギーに大きな期待が寄せられています。水素社会の実現に向けて、今の日本はどのようなステージに立っているのでしょうか。

大平:
ようやく入口に立てた、というのが正直なところです。水素で走る燃料電池自動車(FCV=Fuel Cell Vehicleの略)※1の保有台数は2022年半ばで約7,000台※2と多くはありませんが、「水素を大量利用しよう」という方向性は定まりつつあります。これまで社会実装に向けた研究・技術開発、世界に先駆けた「水素基本戦略」の策定など着実に歩みを進めてきましたが、2020年10月の「カーボンニュートラル宣言」、さらに2021年10月に策定された「第6次エネルギー基本計画」は大きな追い風だと思います。

特に第6次エネルギー基本計画では、「2030年の発電(電源構成)のうち、1%を水素・アンモニアによるものとする」という方針を国が明示。水素の電力利用について、初めて具体的な数値が規定されたのです。現実味のあるオプションとして水素利用が認識されたこと自体を、画期的と感じています。こうした背景を踏まえ、水素が社会実装する本当の入口は「2030年」になると見ています。これから2030年までの約10年間が、非常に重要になってきます。

エネルギー利用において、最も大切なことは、安定性と信頼性です。研究室で新しい技術を実現できたからといって、明日からすぐに社会実装可能というわけではありません。商業規模で利用できることを検証して、きちんとワークする確証を得られてから、初めて技術を実装し、さらに安定的に供給し続けることで、信頼へとつながる。一足飛びに、実現できるわけではありません。

―水素には、具体的にどのような役割が期待されていますか。

大平:
日本でもかなり以前から、水素は「将来の技術」として期待されてきましたが、世界的に見ると、2015年12月に、フランス・パリで開催された第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)での「パリ協定」の採択が大きなインパクトです。これは、2050年までに温室効果ガス(GHG=Greenhouse Gasの略)の排出を先進国で80%削減することを目指すというもので、今では日本も含めた多くの国がさらに進んだ「カーボンニュートラル」を目標として掲げるに至っています。

「カーボンニュートラル」と耳にして思いつくのが、再生可能エネルギーの利用でしょう。例えば、「太陽光発電や風力発電を利用しよう」というのが一般的ですよね。ですが、発電部門だけ「低炭素化」を進めても、カーボンニュートラルを達成することはできません。

というのも、例えば日本におけるCO2排出量を産業別で見ると、エネルギー転換部門(主に発電)が最大とはいえ、約40%だからです(下図参照)。発電などのエネルギー転換部門以外の産業や運輸、家庭などの各部門からも多くのCO2が排出されています。つまり、発電などで生じるCO2排出量だけをゼロにしても、カーボンニュートラルは達成できないのです。

では、どうすればいいのか。当然ながら、非電力部門へのアプローチが必要になってきており、その観点から水素への期待が世界的にも高まってきています。

日本におけるCO2総排出量(出典:環境省「2017年度(平成29年度)の温室効果ガス排出量(速報値)について」をもとに作成)

―大平さんの論文に、「エネルギーシステムに柔軟性を与えるのが水素」という言葉がありました。詳しく説明していただけますか。

大平:
将来のエネルギーシステムは、再生可能エネルギーが加わることで、より複雑になっていきます。これは間違いありません。現在の日本のエネルギーシステムは、大きなエネルギー源を海外から輸入して大型施設で発電して供給するという「セントラル方式」が基本形です。ここに多様な再生可能エネルギーを使うことで、エネルギー供給元が多様化していきます。地域に応じたエネルギー供給のあり方も問われてきますし、分散型エネルギーシステムと従来型の大規模なエネルギーシステムとがより複雑に絡み合ってくるのです。

エネルギーシステム自体が複雑になっても、需給バランスは適切に調整されなければなりません。そこで、過剰に堅牢なシステムではなく、ある程度の冗長性・柔軟性を伴うシステム構成が必要になってきます。オペレーションをスムーズに回すためにも、自動車のハンドルのように「遊び」がほしい。遊びがあるから、運転者は意図した通りに自動車を走らせることができるわけですから。水素に期待される「柔軟性」とは、まさにこの「遊び」の部分です。例えば、電気を使って水を分解(電気分解)していったん水素に変えることも、一つの遊びを持たせることにつながります。

カーボンニュートラル達成に向けた、NEDOの挑戦

―その一方で、水素利用に対して懐疑的な立場の人も見受けられます。

大平:
「化石燃料と比べて、水素はコストが高い」という見解があるのは、もちろん承知しています。たしかに、今はそうでしょう。ですが、30年後の未来はどうでしょうか。現在と同様に化石燃料を使えないことは、誰もが納得するところだと思います。そう考えると、今から必要なのは、相応の「準備」です。30年後、50年後に向けて、何もしないという選択はありえません。相当に長いスパンのかかるエネルギーのトランジションに向けて、われわれは備えなければなりませんし、オプションの一つとして水素エネルギーの研究・技術開発は意義のあることだと考えます。

とはいえ、水素だけでは、カーボンニュートラルは達成できません。化石燃料をそのまま使わない社会への転換ですから、革新が必要です。また、そもそも30年後のエネルギーを今の時点で一つに選ぶことには無理があるでしょう。現代に生きる私たちがすべきなのは、将来のための現実的な選択肢を複数つくり、次世代にバトンをつなぐことだと思います。


―水素の研究も、長い歴史を積み重ねてきたと伺っています。

大平:
はい、ここに至るまでに長い道のりがありました。日本の水素研究の歴史は、NEDO設立以前まで遡ります。ある程度かたちになったのが1970年代の前半。1973年に水素エネルギー研究会(現在の一般社団法人水素エネルギー協会)が設立され、翌74年には当時の通商産業省工業技術院が、日本の新エネルギー技術研究開発についての長期プロジェクト「サンシャイン計画」※3を開始しました。

NEDOが設立されたのもこの流れですね。前身となる「新エネルギー総合開発機構」の設立が1980年10月。翌81年から省エネ目的の大型燃料電池の技術開発を始めています。93年には、水素をキャリア(輸送可能な媒体)にして世界規模のエネルギーネットワーク構築を目指す「WE-NET水素プロジェクト」※4をスタート。世界各地で再生可能エネルギーを利用して水電気分解で水素を製造し、それをエネルギー消費地に輸送・利用するという計画です。

ちょうど30年も前に、「水素の国際間輸送」というビッグピクチャーを描いたわけですから、振り返ってみると、少し早すぎたのかもしれませんが、当時の「未来図」に描かれている――水素を動力とした航空機やロケットが飛び交い、自動車や電車が走行する――世界の実現を、今まさに具体化しようとしているわけですから、そのコンセプトは真に将来を見据えたものだったと言えるのではないでしょうか。そしてここ浪江町でも、福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)を中心に、その世界の実現を目指す取り組みを進めています。

NEDOは、1993年に「WE-NET水素プロジェクト」をスタート。海外で製造した水素を日本に輸送・利用する計画を推進した

福島県浪江町に開所した「福島水素エネルギー研究フィールド」(FH2R)

―ここで、NEDOが福島県浪江町に開所した「福島水素エネルギー研究フィールド」(FH2R)についてお伺いします。FH2Rは、どのような施設なのでしょうか。

大平:
世界が期待する「再生可能エネルギー由来の水素」という低炭素水素のあり方を象徴的に示す施設だと考えています。18万m2もの広大な敷地内に設置したメガソーラー(20MW)から出力した電力を中心に活用し、水素を製造します。最大の水電解の消費電力は10MW、毎時最大2,000Nm3※5の水素を製造し、1日の水素製造量で約150世帯の1カ月分の電力供給、または560台の燃料電池自動車(FCV)に水素を充塡できます。

水素の製造・貯蔵・輸送のほかにも、水電解を中心に将来のエネルギーシステムに役立つ技術、例えば電力系統の需給バランス調整機能を実現する技術の開発を進めています。また最近では、水素ステーションのほかにも、浪江町の「道の駅なみえ」や楢葉町の「Jヴィレッジ」、福島市にある「あづま総合運動公園」など、水素を活用する実証の場が福島県内に立ち上がりつつあります。FH2Rは、そこで利用する水素の供給ハブとしての役割も期待されています。


―福島県は2016年に「福島新エネ社会構想」を掲げました。そのなかで「水素社会実現に向けたモデル構築」の場に選定され、水素事業に取り組む行政の活動をどのように評価していますか。

大平:
新しい産業や技術に取り組む際に重要なのは、活動のコアとなる人材がどれだけ揃っているか、そしてどれだけ継続的にリソースを配分できるか、という点です。水素研究で先行する福岡県や山梨県と比較すれば、浪江町だけでは必ずしも人的リソースが豊富であるとは言えません。2022年11月末現在、浪江町に暮らす人は1,934人。町役場に勤務する人となると、さらに限られます。水素事業だけが行政の主たる事業ではない環境にあってなお、浪江町が水素事業にコミットし続ける姿勢を率直にリスペクトしています。しっかりと顔が見えるかたちで事業を運営・推進しているのが、この町の特徴だと思います。

とはいえ、浪江町が水素事業に取り組んでから実質6年程度だと思います。その点で見れば、今はまだ水素に触れ合う機会を創出する段階であり、産学との連携や人的リソースを考えると、まだまだ発展途上にあるのは間違いありません。今後、ほかの自治体を含め、多彩な識者の知見を得ながら仲間を増やし、さらに推進していくことを期待しています。


―「学」に関しては、浪江町には2023年の春に、「福島国際研究教育機構」(F-REI)の設置が予定されています。

大平:
特に期待しているのは、人材の交流ですね。人材交流のハブとなって、国内外から多くの人が集う場になることを期待しています。人の動きが活発化することで、地域が大きく盛り上がっていくと良いですね。

福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)の全景。FH2Rで製造した水素は、主に圧縮水素トレーラーやカードルを使って輸送し、福島県や東京都などの需要先へ供給する予定

FH2Rのこれからと、「福島イノベーション・コースト構想」への期待

―今後、FH2Rが目指す未来はどのような姿でしょうか。

大平:
水電解による水素製造の世界的なトレンドは、設備の大型化です。われわれも当然ながらそこを目指します。FH2Rで培った技術を商用利用するためには、10倍~100倍程度のスケールアップが必要です。

ただし、FH2Rで取り組んでいる水電解の規模を拡大するわけではありません。短期的にはここに導入されている10MWの水電解スタックを一つのユニットとして捉え、複数のユニットを並べてスケールアップする方向性が妥当だと考えています。FH2Rでは最小ユニットの技術を検証し、信頼性を高めていく。FH2Rは、マザー工場のような立ち位置になるかもしれませんね。


―最後に、水素をはじめとするグリーンエネルギーの実証研究や産業基盤の構築を後押しする福島イノベーション・コースト構想への期待をお聞かせください。

大平:
福島イノベーション・コースト構想は、FH2Rを構える浪江町や浜通り地域に、水素に限らず先端技術を集積させて、新たな産業を興す支援をしておられます。この資源を有効に活用して、もっと声を大にして「未来を創る技術が、この浜通りエリアにある」と発信できるのではないでしょうか。

例えば、新しい産業の創出には、新たな担い手の創生が必要です。われわれの知的好奇心をいちばんくすぐるのは、「本物」を「体験する」ことだと思います。その点で見れば、FH2Rや研究開発拠点である「福島ロボットテストフィールド」は、まぎれもなく本物です。有形無形の最先端の「知」が結集しているわけですから。どうか、小学生や中学生など、若い世代が本物を体験できる機会を多くつくってほしい。せっかくなら、水素だけでなく、ロボットやドローンなど、福島イノベーション・コースト構想が重点とするすべてのテクノロジーに触れて、体験できる場を期待しています。

福島の浜通りに、日本の未来がある――そうしたメッセージを内外に発信するエバンジェリスト(伝道者)のような人材の養成も必要ではないでしょうか。できるだけ平易な言葉で、テクノロジーの魅力やFH2R、福島ロボットテストフィールドの体験価値、ひいては日本の科学技術を次世代に伝える人材育成にもぜひ挑戦していただきたいですね。

研究に関わる人と、その魅力を発信する人がいる。その先に、自身の将来を重ねたり、夢を描いたりする人材が生まれていく。彼らをいかに育て、関係人口を増やすか。その際に――FH2Rや福島ロボットテストフィールドのような――具体的な施設、モノがあることは、強力な武器になります。福島イノベーション・コースト構想が中心となって、さらに活性化していくことを期待しています。

※1:燃料電池を利用した自動車。燃料電池には、水素のほかメタノール、エタノールなどを燃料に使うことが可能なものもあるが、現在市販されているFCVやこれから市販が予定されているFCVのほとんどが水素を燃料にする。FCVは、燃料電池がつくる電気を利用して走るため、エンジンの代わりにモーターが搭載されている。この点は、リチウムイオン電池やニッケル水素電池を利用する電気自動車(EV)と同じ仕組み

※2:出典「一般社団法人 次世代自動車振興センター」のホームページ「EV等保有台数統計」

※3:当時の通商産業省が1973年の第1次石油危機後に進めていた新エネルギー技術研究開発。主要研究開発には、①太陽エネルギー、②地熱エネルギー、③石炭エネルギー、④水素エネルギーの4つが重要項目として設定され、風力発電などは事業化の可能性を探る総合研究の一つという位置付けだった。1993年度からは「ニューサンシャイン計画」に統合、2030年には日本のエネルギー消費量を当時の3分の1、二酸化炭素排出量を2分の1に削減することを目指した。1974年から2000年までの長期にわたる施策を取りまとめた異例の大規模国家プロジェクトで、予算総額は約5,000億円に上った。サンシャイン計画の推進機関となる新エネルギー総合開発機構(現在の新エネルギー・産業技術総合開発機構:NEDO)を1980年に設立。これまで実用化に乏しかった新エネルギーを、 産学官の連携で実用化に結びつける体制を整備した

※4:WE-NET(World Energy Network)水素利用国際クリーンエネルギーシステム技術研究開発プロジェクト

※5:Nm3(ノルマル立方メートル)。0℃、1気圧における乾燥状態の気体の体積を表す単位

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)

NEDOは「エネルギー・地球環境問題の解決」と「産業技術力の強化」をミッションに、持続可能な社会の実現に必要な技術開発の推進を通じて、イノベーションを創出する、国立研究開発法人です。リスクが高い革新的な技術の開発や実証を行い、成果の社会実装を促進する「イノベーション・アクセラレーター」として、社会課題の解決を目指します。