サステナビリティ

人も社会も環境も――。ソーシャルグッドな成長を目指す「挑戦者たち」の思考と実践

「廃炉で磨かれた技術を次世代の産業に」。
浜通りに拠点を構え、ダイヤモンド半導体の社会実装に挑む
――大熊ダイヤモンドデバイス・星川尚久氏、金子純一氏インタビュー

2023年11月17日

星川 尚久さん

大熊ダイヤモンドデバイス株式会社 代表取締役社長

1989年生まれ。北海道大学工学部を卒業後、同大学会計大学院1年生のときに、北大発ベンチャーとして福祉関連の会社を起業。北海道銀行初の学生融資枠となる。2016年に金子研究室の事業内容に共感してダイヤモンド半導体の開発に参画し、研究計画のマネージメントと事業化を担当。2022年3月に大熊ダイヤモンドデバイス株式会社を設立し、現職。北海道大学大学院工学研究院の学術研究員でもある。

金子 純一さん

大熊ダイヤモンドデバイス株式会社 取締役

1966年生まれ。博士(工学)、経営管理修士(専門職)。北海道大学総長補佐 兼 大学院工学研究院 量子理工学部門 准教授。国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構(JAEA)廃炉国際共同研究センター・客員研究員。福島第一原子力発電所廃炉事業では、国家事業の旗振り役としてダイヤモンド半導体に加え、α線ダストモニタ等への関連技術の適用を進めている。大学では工学系専門科目に加え財務会計や管理会計も教え、学内発スタートアップの経営指導も手がけている。

高温や放射線線量の高い、過酷な環境でも動作するダイヤモンド半導体デバイス(素子を組み合わせた電子回路)の開発が、北海道大学と国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)発のスタートアップ企業で進んでいる。福島第一原子力発電所の廃炉作業に必要な技術の確立に向け、国内の英知を結集して取り組んで来た研究成果をベースに、ダイヤモンド半導体デバイスの商用化・量産化を担う組織として2022年に会社を設立。2026年度の稼働を目指し、福島県大熊町に量産工場を建設する。福島第一原子力発電所の廃炉作業で最も困難な作業の一つとされる、燃料デブリ(溶融燃料)の安全な取り出しに貢献するダイヤモンド半導体デバイスを生産しながら、その技術を次世代産業に転用する構想を描く。創業メンバーの思いは、「廃炉で磨かれた技術を次世代の産業に」。研究拠点の北海道大学を訪ね、代表取締役の星川尚久さんと、技術開発を支える取締役の金子純一さんに話をうかがった。

―大熊ダイヤモンドデバイス株式会社は、「福島第一原子力発電所の廃炉事業により、組織の枠を超えて結集した技術をまとめ上げ社会実装する」ことを目的に設立された社員15名のスタートアップです。廃炉におけるキーテクノロジーの一つであるダイヤモンド半導体のデバイス開発と量産を主な業務しているとうかがっています。

星川:
当社の設立に至る源流を辿ると、金子純一取締役とその研究パートナーによる、ダイヤモンド半導体の関連研究が1995年に始まっています。ダイヤモンドがシリコンなど既存の半導体材料と比べて高温や放射線に格段に強いため、人工ダイヤモンドの結晶を基板に使ったダイヤモンド半導体のデバイスが原子力発電所の作業で使用する装置に役立つと考えてのことでした。

その後、福島第一原子力発電所事故に伴う廃炉作業に必要な技術の一つとしてダイヤモンド半導体へのニーズが急速に高まり、国家プロジェクト(国プロ)として国内の大学や公共の研究機関が英知を結集し、ダイヤモンド半導体の開発が進みました。こうした国プロの成果をベースに、独自のノウハウを加えてダイヤモンド半導体デバイスの量産化を担う企業となるべく、2022年3月に会社を設立したというのが、会社設立までの大まかな流れです。

星川 尚久 氏(大熊ダイヤモンドデバイス株式会社 代表取締役)

金子:
私は北海道大学大学院の研究室でダイヤモンド半導体の研究をしながら、福島第一原発の事故後はJAEAの客員研究員として廃炉にかかわってきました。ダイヤモンド半導体の技術が確立された際は、国プロの成果をベースに、商用化や量産を担う組織が必要になるとの課題認識を持っていた2016年に、起業家として会社を経営していた星川社長と知り合いました。彼が最高経営責任者(CEO)として経営を担い、私は関係省庁や自治体との調整といった会長のような立場で経営に参画しながら、廃炉に貢献する研究開発を続けるべきだと考えたのです。

また、ダイヤモンド半導体デバイスを工業製品として量産するためには、数え切れないほどの関連技術の蓄積が必要です。そこで、研究パートナーの一人で、ダイヤモンド半導体の製造技術に高い知見を持つ、産総研の梅沢仁博士(大熊ダイヤモンドデバイス株式会社取締役)にも、当社のコアメンバーとして参画してもらいました。

金子 純一 氏(大熊ダイヤモンドデバイス株式会社 取締役)

―御社が「北大発・産総研発のスタートアップ」と呼ばれる理由はそこにあったのですね。御社が製造を担うダイヤモンド半導体デバイスは、廃炉の現場に投入できるレベルまで研究開発が進んでいるのでしょうか。

金子:
装置の要素技術として対応できるレベルまでは来ています。福島第一原子力発電所の2号機や3号機には、圧力容器の中に燃料デブリが残っています。さまざまなアプローチで推定を行ってきた成果として、特に圧力容器の上部の燃料デブリは、放射線の照射装置と同じくらい高い線量を発していることなどが分かっています。

現在、圧力容器の内部につながっている管である貫通孔かんつうこうにロボットアームを挿入して燃料デブリの近くまでアクセスし、アームの先端に装着した検出器で中性子を計測する、「遮蔽不要な臨界近接監視モニタシステム(以下、臨界近接監視モニタシステム)」の開発が進んでいます。このシステムで、デブリの性状や分布についてのより詳細なデータを計測できれば、燃料デブリを安全に、かつ効率的に取り出すための作業計画が立てやすくなります。その検出器には、高放射線下でも長時間の測定に耐えられるよう、ダイヤモンド半導体を使った「ダイヤモンド中性子検出素子」が使われます。これは当社が製造し、納品することを想定して進めています。
臨界近接監視モニタシステムは、北海道大学だけでなく、KEK(大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構)、産総研、JAEA、名古屋大学、九州大学などと連携して、懸命に開発が続けられています。まずは2025年度に、プロトタイプの前段階に相当する最初の装置を福島第一原子力発電所の現場に入れて、テストを行うことを目標としています。

ダイヤモンド中性子検出素子が搭載される、「遮蔽不要な臨界近接監視モニタシステム」プロトタイプの説明図(大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 提供)

―テストを経て本格的な現場導入が決まると、検出素子としてのダイヤモンド半導体の量産が始まるということでしょうか。

金子:
実機稼働の段階になると、複数台の臨界近接監視モニタシステムが必要となります。そこで使われるダイヤモンド中性子検出素子は1,000枚を超えます。廃炉関係では、ダイヤモンド中性子検出素子の他にも、高温に強く、高い放射線量でも動作する電力増幅器(いわゆる「アンプ」)として使用するダイヤモンド半導体デバイスの納入要請もあり、こちらも量産化の準備を進めています。

当社は、これらのダイヤモンド半導体デバイスの量産に向けて、大熊町にファブ(半導体の製造工場)を建設します。2026年度中の稼働が目標です。用途ごとに回路設計などを変えたダイヤモンド半導体デバイスを作り、納品することになります。半導体と聞くと、パソコンのCPUやメモリのような演算や記憶のための半導体デバイスを想像する方が多いと思うのですが、当社が生産するのは、電源(電力)の制御・供給を行うパワー半導体です。

大熊ダイヤモンドデバイス株式会社で開発した、ダイヤモンド半導体デバイス

―量産への課題についてお教えください。また、ダイヤモンド半導体は国内外の多くの機関や企業で研究が続けられています。御社が開発競争で劣後するようなことはないのでしょうか。

星川:
ダイヤモンド半導体デバイスの製造歩留まりは、業界水準が5~10%ですが、当社はラボ(研究施設)の実績として90%を実現しています。これでも十分ではありませんので、歩留まりを量産レベルまで高める必要があります。

金子:
ダイヤモンド半導体デバイスに使用する人工ダイヤモンドは、1回の製造で16個分を取り出すことができますが、1回の製造に約2週間かかります。1,000枚分を作るのに、機械1台フル稼働させても1年以上かかる計算です。人工ダイヤモンドの製造機械は非常に高価で、ダイヤモンド半導体デバイスの製造コストも高いため、製造ノウハウをより高いレベルに引き上げつつ、例えば結晶の再利用を検討するなど、コストを下げる努力に継続して取り組んでいるところです。

星川:
当社は廃炉関係のプロジェクト参画を通じて、周辺部品の開発を含め、ダイヤモンド半導体の製造に必要な数十を超える工程の全てについて、一気通貫のノウハウを蓄積してきました。そのような組織は他になく、当社はダイヤモンド半導体の社会実装に最も近いポジションにいると自負しています。競合対策という意味では、基礎特許を押さえつつ、生産技術においても先行者としての優位なポジションを確立していきたいと考えています。

「限られた資金で何を実現するために、どこまでの投資をするのかについては、梅沢取締役を交え、議論を頻繁に行っています」と星川代表(写真左)

大熊町への工場建設は「千載一遇のチャンス」

―御社は研究開発の拠点を北海道大学に置き、大熊町のファブで量産を担うとのことですが、なぜ、ファブの立地に大熊町を選んだのでしょうか。

金子:
私は、JAEAの客員研究員として廃炉の仕事に携わり、福島の皆さまと対話を重ねてきました。その過程で、皆さまの関心や不安の対象が変化していると感じました。事故直後の放射線被ばくに関する不安から、時間の経過に伴って、地域の経済をどのようにして活性化していくかといった課題に強い関心が向けられるようになっていました。

研究成果を通じて廃炉に直接貢献するのは私の絶対的な使命です。ただ、もう一つ、その地域の課題に対して自分が何をやるべきかを考えたとき、「それならば、国プロの成果を引き継ぎ、量産化を担う会社を作って地域に雇用を生み、貢献しよう」と思ったわけです。

星川:
量産化の場所を大熊町に決めたのは、当社が量産を始めるまでの時間軸と、企業誘致に動き出した大熊町のスケジュール感がフィットしていたためです。工場建設に先立って、2023年秋には、大熊町の旧大野小学校にできた「大熊インキュベーションセンター(OIC)」に福島における研究開発の拠点も構えさせていただきました。

大熊町とのファーストコンタクトは2018年。福島県が実施した、企業誘致イベントの場でした。千載一遇のチャンスとはあのようなことを言うのでしょうね。以来、折を見て大熊町に足を運び、地域の皆さまと関係を持たせていただいています。

大熊町に建設を予定しているファブのイメージ。世界初の民間によるダイヤモンド半導体デバイスファブとなる(大熊ダイヤモンドデバイス株式会社 提供)

金子:
2020年1月には、星川社長が町の「里がえり餅つき大会」にお邪魔して、避難指示一部解除後に町で初めて収穫されたもち米でついた餅をいただいたんですよね。

星川:
「初めて収穫した米のお餅を食べました」と伝えたら、金子取締役が即座に「それはもう、さかずきと一緒だね」と。意味のある、重いものを頂戴した気がして、身の引き締まる思いがしたのを覚えています。大熊町に建設するファブの雇用人数は、流動的な部分が多いものの、2ケタの人数を雇用したいと考えています。

ダイヤモンド半導体の製造装置。北海道大学の研究室にて

「ダイヤモンド半導体でしか実現できない」産業に参入

―廃炉以外にも、ダイヤモンド半導体デバイスの実装を想定しておられるのですよね。

星川:
はい。廃炉の分野をビジネスの視点で捉えると、市場規模は限られますし、採算面で厳しいのが正直なところです。廃炉に貢献する一方で、規模の大きな次世代産業の市場に製品をタイムリーに投入し、企業としての成長を担保したいと考えています。

参入を想定している順に説明しますと、まずは、衛星通信やレーダーなどの市場。宇宙は、廃炉と同じく放射線が飛び交う、半導体にとっては過酷な空間です。こうした環境で使用する「耐環境デバイス」市場への参入を考えています。

また、EV(電気自動車)の普及が進むと、高速充電の市場も本格的に立ち上がってきます。これは廃炉や宇宙空間で利用するデバイスにも共通するダイヤモンドの利点なのですが、ダイヤモンドは熱伝導率が極めて高く、放熱性能にも優れています。多くの電力を扱う高出力の回路では、デバイスが発する熱を冷却する装置が必要ですが、ダイヤモンド半導体デバイスはエネルギーが熱として放出されないため、冷却装置が不要です。装置の小型化が可能になります。

半導体の素材としてのダイヤモンドの特性イメージ図。既存の半導体材料であるシリコンやSiC(炭化ケイ素)、GaN(窒化ガリウム)と比べ、多くの点で優れていることが分かります(大熊ダイヤモンドデバイス株式会社提供)

―EV関連は部品の軽量化や小型化が大きな課題ですから、それは大きな利点ですね。設備の小型化が可能な強みは、高速で大容量のデータ通信を可能とする次世代通信、つまりBeyond5Gの市場でもメリットがあると聞きました。

星川:
そうです。現段階での最終的なターゲット市場が、Beyond5Gの通信機器です。Beyond5G、あるいは6Gと呼ばれる次世代通信は、5Gよりも10倍程度高い電波の周波数帯を使い、5Gの10倍を超える大容量の通信などを実現する技術です。ただ、周波数が高いと電波の届く範囲が狭くなり、既存半導体デバイスでは国内だけでも10億局もの基地局が必要になると推定されています。ダイヤモンド半導体は高出力への対応と装置の小型化が両立できるため、次世代通信網の普及に向けた現実解となるはずです。

ここまで挙げた次世代産業は、いずれも市場規模が大きい上に、「ダイヤモンド半導体でしか実現できない世界」という言い方ができます。会社設立前の7年間は、ダイヤモンド半導体が必要とされる次世代の産業がいつ、どのような市場規模で生まれてくるかという分析や、その分析に合わせた当社の事業シナリオを描くために費やした期間でもありました。事業シナリオを合理的に説明できないと、企業としての信用を得られませんので。

大熊ダイヤモンドデバイス株式会社が参入を想定している市場

「地域の皆さんと協力し、大熊町と福島の活性化のお役に立ちたい」

―御社は民間のファンドからの資金調達に成功しているほか、Beyond5G市場への技術貢献が期待されて、2023年1月には国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)「Beyond 5G研究開発促進事業」の参画企業に、唯一のスタートアップとして選ばれました。

金子:
先ほどご説明したダイヤモンド検出素子の量産技術の確立などのために、福島県の「令和4年度 地域復興実用化開発等促進事業費補助金」に採択いただきました。「Fukushima Tech Createアクセラレーションプログラム」にも採択され、ダイヤモンド半導体デバイスの量産に重要となる技術の確立に向けたご支援をいただきました。多額の資金が必要な大熊町のファブ建設では、中小企業は5分の4が補助される、「地域経済効果立地支援事業」の活用にも期待をしています。

福島イノベーション・コースト構想推進機構には、役員をはじめ、多くの方々に力添えをいただいています。本当にお世話になっています。例えば、県に対して廃炉関連の補助金を申請する際、多くの分野からの申請があるなかで、審査担当の方々にその重要性や先進性を理解してもらうにはどのようなアプローチが必要か、誰に相談に行けばよいかといったアドバイスをいただいています。これが非常にありがたいです。

正直に申し上げますと、主な研究拠点が札幌であるために、私たちは福島への入り方がまだまだ足りていないと感じています。地域の皆さんと協力して、大熊町と福島の活性化のお役に立ちたいと思っています。これだけお世話になっているのですから、私たちは絶対に裏切りません。

ご自身が大切にしているものを貼っている、金子取締役のノートパソコン

星川:
私は東日本大震災の発災時は、北大工学部3年生でした。福島第一原子力発電所の事故を境に、原子力に関する全てが否定される空気へと一変する様子を肌で感じました。ただ、廃炉に必要な技術としてダイヤモンド半導体の研究に取り組んでいる金子取締役と知り合い、こう考えるようになりました。「原子力発電所の事故という悲しい歴史を受け止めつつ、廃炉によって磨かれ、次世代の産業の発展につながる技術があってもよいのではないか」と。

日本は失敗を乗り越えることさえも許されない社会ではないはずです。失敗を教訓とし、乗り越える技術で次の社会を豊かにするための会社を成功に導くことは、起業家としての大いなるやり甲斐であると同時に、重い責任が伴うミッションだと思っています。

大熊ダイヤモンドデバイス株式会社

ダイヤモンド半導体デバイスの研究開発・製造を手がける企業として、2022年3月に設立。福島第一原子力発電所の廃炉に必要な技術開発の国家プロジェクトの成果をベースに、ダイヤモンド半導体デバイスの社会実装を目指している。研究のメインとなる拠点は札幌市の北海道大学および茨城県つくば市の産総研で、生産を福島県大熊町で行う。2026年度に、世界初の民間によるダイヤモンド半導体のファブ(製造工場)を大熊町に建設予定。