サステナビリティ

人も社会も環境も――。ソーシャルグッドな成長を目指す「挑戦者たち」の思考と実践

「エンジン搭載車でカーボンニュートラルを目指す道筋を示したい」。
食糧と競合しない作物によるバイオエタノール燃料を、浜通りで研究
――次世代グリーンCO2燃料技術研究組合・中田浩一氏×工藤真哉氏インタビュー

2024年03月06日

中田 浩一さん

次世代グリーンCO2燃料技術研究組合 理事長

1990年京都大学工学部卒業、トヨタ自動車株式会社入社。燃焼、点火技術、燃料などの要素技術の研究開発、ハイブリッド車の熱効率向上などに従事し、プリウス用エンジンの先行開発、TNGAエンジンの先行開発などを担当。パワートレーン先行機能開発部部長、パワートレーン先行統括部部長を経て、CN開発センター CNエネルギー開発部長(現任)。公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)の科学技術諮問委員会委員も務める。

工藤 真哉さん

次世代グリーンCO2燃料技術研究組合 理事

1991年千葉大学工学部卒業、富士重工業株式会社(現株式会社SUBARU)入社。ガソリン燃焼などの要素・先行開発に従事し、SUBARU固有技術である水平対向エンジンの性能開発を担当。エンジン性能開発部部長を経て、技術本部 車両環境開発部 兼 材料研究部 担当部長(現任)。

日本の自動車産業を担う企業のエンジニアや研究者などが浜通りに集い、企業の垣根を越えて、食糧と競合しない原料作物を使った自動車燃料の開発とその関連技術・システムの構築に取り組んでいる。自動車産業がカーボンニュートラル(以下、CN)を目指す方法について、世界では、電気自動車(EV)を採用する前提で議論が進みつつあるが、「エンジン(内燃機関)を搭載したクルマでも、グリーンな燃料を使えばCN社会を実現する道筋があることを示したい」と考えた自動車メーカーと燃料製造に関わる企業などが、2022年7月に次世代グリーンCO2燃料技術研究組合を立ち上げた。目下、福島県大熊町に実証研究施設を建設中で、早ければ2024年中にも、浪江町で栽培した、食用ではない原料作物を使ったバイオエタノール燃料の製造を実証研究としてスタートさせる。トヨタ自動車株式会社から参画している中田浩一理事長と、株式会社SUBARUから参画している工藤真哉理事に、技術研究組合設立の背景や研究の具体的な内容をうかがった。

―貴技術研究組合の設立に至った背景をお教えください。

中田:
政府が2020年に「2050年までにカーボンニュートラル(CN)を目指す」との方針を表明し、関連政策が発表されたことで、自動車産業におけるCN実現についても社会の関心が従来以上に寄せられるようになりました。自動車産業でこの課題に取り組むとき、燃料の問題を避けて通ることはできません。地域やお客様の多様なニーズに対応するためには、再生可能エネルギー由来の電力をもとにした水素や合成燃料のほか、植物の光合成によりCO2を削減できるバイオ燃料などの選択肢を提供することが重要となります。

そのバイオ燃料の一つが、生物資源(バイオマス)からエタノールを作り、それを燃料として使用するバイオエタノール燃料です。ただ、既存のバイオマスは、トウモロコシやサトウキビなど、食用としても利用できる植物を原料としています。世界的な人口増加に伴う食糧問題などを考えると、食糧とのバッティングは避けるべきと考えます。

次世代グリーンCO2燃料技術研究組合の中田浩一理事長

―そこで、組合名にもある通り、「次世代」のバイオエタノール燃料を開発しようと行動を起こしたわけですね。

中田:
はい。既存のバイオエタノール燃料と異なり、食糧と競合しない植物を原料として活用した、「第2世代」のバイオエタノール燃料の開発を進める必要があると考えました。

トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)ではバイオ燃料を10年ほど前から研究してきました。ただ、燃料開発は、1社が自社のお客様のためだけに取り組むのではなく、メーカーの垣根を越えて協調し、お客様全体のために取り組むべき協調領域のテーマです。そこで、第2世代バイオエタノール燃料の開発に一緒に取り組む仲間を募ることとし、賛同いただいた5社(ENEOS株式会社、スズキ株式会社、株式会社SUBARU、ダイハツ工業株式会社、豊田通商株式会社=五十音順)とともに、2022年7月、民間6社での技術研究組合を設立しました。

工藤:
自動車業界の電動化の流れが加速する中で、当時、世界では、CNを目指す上では、電気自動車以外認めないといったムードが支配的でした。私が所属する株式会社SUBARU(以下、SUBARU)の社内では、電動化への動きに対応しつつも、将来の自動車産業とそのお客様などに対して、エンジン、つまり内燃機関を使った技術でCNに貢献できないかという議論がありました。

そのような課題認識を持っていたところに、トヨタさんから、食糧と競合しない原料を使ったバイオエタノール燃料を開発できれば、これまで蓄積してきた内燃機関の技術をCN実現にもっと生かすことができるのではないかとのご提案をいただきました。すぐに「一緒にやらせていただきたい」と回答をしました。

次世代グリーンCO2燃料技術研究組合の工藤真哉理事

電動化のうねりが拡大するなか、スピード重視で新たな選択肢を示す

―業界に共通する課題についての研究組織を立ち上げるのですから、業界団体に専門部会を発足させたり、政府のリーダーシップの下に民間各社が集まったりするといった方法もあり得たと思います。独立した組織として新規に組合を設立したのはなぜでしょうか。

中田:
「まず動かなければ」という危機感からです。時間をかけて、さまざまなステークホルダーの全体合意を待っているだけの猶予がありませんでした。先ほど工藤理事が申し上げたように、世界では電気自動車の普及に向けた流れが活発になり、あたかも「エンジンを載せたクルマの利用を前提とすると、CNが実現できない」といったムードが醸成されつつありました。「いえいえ、エンジンを使ったクルマでもCN実現への道筋はありますよ」という思いで、異なる選択肢の存在をいち早く社会に示し、理解していただく必要がありました。そこで、少しでも早く開発に取り組むために、いろいろな方に声をかけて、まず走り始めた―。こんな状況です。

技術研究組合のウェブサイトにも記載していますが、私どもの趣旨に賛同していただける方にはこの活動に参画していただき、活動の輪を広げたいと考えています。実際、技術研究組合が発足した後に加わっていただいた企業がいくつもあります
※組合発足後、組合員としてマツダ株式会社、特別賛助員として株式会社アイシンと株式会社デンソー、賛助会員として中部電力株式会社とマルヤス工業株式会社が加入している(2023年12月現在)

工藤:
第2世代のバイオエタノール燃料を使ったCN実現への道筋があることを、イメージで語るのではなく、きちんと実証していくことが大切です。この技術研究組合への加入前に、トヨタさんが「一番大事なのはスピード感だ」とお話しになっていました。全くその通りだと感じたのを覚えています。国内の自動車産業を持続可能な産業とするためにも、第2世代バイオエタノール燃料という選択肢を、スピード感をもって示したいと思います。

研究に必要な条件が整備され、「復興に貢献したい」との思いもあり、浜通りに進出

―研究開発の拠点となるバイオエタノールの生産研究設備(プラント)を、福島県大熊町の大熊西工業団地に決めた理由を教えてください。福島イノベ構想ではエネルギー・環境・リサイクルを重点6分野のうちの一つに定めており、貴技術研究組合が大熊町を拠点に活動なさることを心強く思っています。

中田:
国内で候補地を探しているときに、大熊西工業団地についてのご提案をいただきました。製造プラントだけであれば、立地はさほど選ばないのですが、当技術研究組合の活動には、プラントだけでなく、バイオエタノールの原料となる植物を実際に栽培する土地が必要です。その点、福島県では、地元の関連自治体が、同じ浜通りにある浪江町で原料作物の栽培にご協力いただくことで、研究を進める条件が整います。こうした条件面に加えて、私どもの活動が福島県の復興に貢献できるのではないかという思いもあり、プラントの立地を大熊町に決めました。

バイオエタノール生産研究設備の俯瞰イメージ(次世代グリーンCO2燃料技術研究組合提供)

2022年10月に大熊町と「企業立地に関する基本協定」を締結し、大熊町が2023年6月から一部供用を始めた大熊西工業団地にプラントを建設中です。竣工は2024年10月の予定です。このプラントでの実証研究は、経済産業省「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金(製造・サービス業等立地支援事業)」として採択されています。

大熊西工業団地に建設中のバイオエタノール生産研究設備(2023年10月撮影)

「栽培」「製造」「利活用」の全工程が研究対象

―実際にどのような研究をするのか、より具体的にお教えいただけますか。

中田:
「バイオマスの原料となる、食糧と競合しない作物を作る」「その作物を使ってバイオエタノール燃料を作る」、そして、「自動車で使う」。燃料製造に関連した、この一連の流れに必要な技術を研究します。

また、エタノール燃料を作る際は、日本酒などと同じく発酵工程があり、発酵の際にCO2が出ます。植物がせっかく生育中に蓄えていたCO2をこの段階で再び排出してしまうと環境面で好ましくありませんので、CO2の排出量を下げながら製造する技術を開発すると同時に、発生したCO2をキャプチャーして、合成燃料の製造に活用する技術も開発していきます。

工藤:
この技術研究組合には、組合員として加入している各社から約50人のメンバーが参画し、4つのワーキンググループ(WG)で研究開発を進めています。企業ごとに研究のバックボーンや得意な分野が異なりますので、各社の立ち位置を尊重し、希望するWGに入っていただいています。

SUBARUの場合、第2世代バイオエタノール燃料の利用法、つまり「どう上手に使っていくか」に、非常に興味があります。アルコールは親水性がありますので、一般的にアルコールを燃料に混ぜると水を吸いやすくなり、それによって自動車が腐食しやすくなります。また、バイオエタノール燃料はガソリンとは異なる燃え方をします。自動車メーカーとして、こうした特性を踏まえて、第2世代バイオエタノール燃料を社会実装するために必要な技術の向上に貢献していきたいと考えています。

―4つのWGで実施している研究の時間軸についてお教えください。

中田:
バイオエタノール燃料そのものは、海外では一部の国で普及が始まっています。日本でも早く導入していきたいという思いがありますが、CNについて政府や各社が考えている時間軸を意識しながら議論していきます。当技術研究組合はあくまで燃料の研究開発を行う組合ですので、社会実装に向けたグランドデザインを描く作業は政府や業界団体などの管轄になろうかと思います。

まずはプラントでの実証研究を通じて「第2世代のバイオエタノールがちゃんと作れる」ことを示し、多くの方々に「本当に使えるんだ」という認識をお持ちいただけるようにしたいです。その上で、第2世代バイオエタノールを効率的に生産し、製造コストを下げていく技術も開発していきたいと考えています。

―第2世代バイオエタノール燃料を社会実装していく上では、乗り越えるべき課題がいくつかあると思います。現時点で想定されている、高いハードルにはどのようなものがありますか。

中田:
まずは原料となる作物の調達ですね。実証研究レベルではなく、実際に社会で活用が始まると、原料となるバイオマスが大量に必要になります。その十分な量のバイオマスを、いかに低コストで調達できるかがカギです。そのためには、バイオマスを多く収穫できるように効率よく栽培するノウハウを蓄積する必要があります。

その上で、燃料としてのコストを下げるために効率よくバイオエタノールを製造する技術も求められます。どちらも当技術研究組合の研究でフォーカスしていく予定です。

―具体的に、食糧と競合しない原料としてどのような作物を栽培し、利用するのでしょうか。

中田:
イネ科の植物「ソルガム」です。生育が早く、限られた敷地で大量に収穫できる特性があります。種類にもよりますが、大きいものは背丈が6mぐらいまで伸びますので、バイオマスとしてのポテンシャルが高いです。

トヨタは2022年に福島県大熊町、双葉町、浪江町と、循環型農業の実現に向けた連携協定を締結し、農地の再生や産業振興をお手伝いする取組を進めています。この連携の一環として浪江町でソルガムを栽培しており、3mないし4mの背丈に育っています。この原料をプラントに供給する予定です。研究が進めば、他の植物での可能性も探っていくはずですが、まずはソルガムでどれだけ効率的に収量が高められるか突き詰めていきます。

浪江町で栽培中のソルガム(次世代グリーンCO2燃料技術研究組合提供)

「要望を伝える」側から、「一緒に考え、解を示す」仲間へ

―製造工程で必要な酵母菌も、トヨタが開発した酵母菌を提供するのですよね。

中田:
冒頭で申し上げたように、トヨタの社内でエタノール燃料に関連する研究を続けてきました。酵母菌の技術は技術研究組合で皆さんにシェアさせていただいています。研究をしていく中でもっといいものができれば、それをまたシェアしようと考えています。これまで自動車メーカーは、燃料については利用する側として、燃料についての要望を伝えることが多い立場にいました。今回は自動車メーカーだけでなく、燃料会社、流通に関わる企業などと一緒に社会課題の解決に貢献する自動車の燃料を考えていくわけで、その立ち位置が大きく変わっています。各社が企業や業種の殻を破って取り組む、新しい活動だと思います。

工藤:
トヨタさんが、各社に声をかけてくださっただけでなく、研究を進める際でカギとなる技術をお持ちだったことが、この技術研究組合設立の大きな推進力となっています。

企業間で自動車やエンジンなどを共同研究するケースはこれまでもありました。しかし今回は、自動車産業におけるエコシステム(それぞれの企業が持つ技術や知識などの強みを生かしながら共存共栄を図る仕組み)の将来を担う研究活動です。これまでとは違った意味を持っていると思います。

プラントの建設現場で工事責任者から説明を受ける中田浩一理事長

―最後に、浜通りで活動することについての思いをお聞かせください。

中田:
技術研究組合の事務所がある大熊インキュベーションセンターに通うたびに、浜通りが復興に向けて動いている姿を見せていただいています。そして毎回、現地に足を運ぶことの大切さを再認識すると同時に、「もう少し貢献させていただきたい」「何かできないか」と思っています。

工藤:
ここに来ないと見えない光景がありますよね。来るたびにその光景が徐々に変わっていき、「自分たちの活動を通じて、復興に貢献させていただくのだ」との思いを新たにします。末永く復興に協力させていただきたいと心から思っています。

技術研究組合事務所のある、大熊インキュベーションセンターの廊下にて

次世代グリーンCO2燃料技術研究組合

英語での組織名称はResearch Association of Biomass Innovation for Next Generation Automobile Fuelsで、略称はraBit(ラビット)。「バイオ資源の活用、グリーンCO2燃料を『つくる』技術のイノベーションで、持続可能なカーボンニュートラル社会の実現に貢献していく」を理念とし、「カーボンニュートラル技術の効率向上研究」を事業内容とする技術研究組合として2022年7月に設立。組合員は、ENEOS株式会社、スズキ株式会社、株式会社SUBARU、ダイハツ工業株式会社、トヨタ自動車株式会社、豊田通商株式会社、マツダ株式会社(五十音順、2023年12月現在)。本部所在地は福島県双葉郡大熊町下野上字清水230 大熊インキュベーションセンター内。