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食料危機に差す、一筋の光。プラント大手・日揮が福島で挑む、「日本初」の陸上養殖
―臼井弘行氏インタビュー

2023年02月16日

臼井 弘行さん

かもめミライ水産株式会社 代表取締役 兼 日揮株式会社 未来戦略室所属

1977年、栃木県生まれ。2004年、テキサス大学オースティン校(機械工学専攻)修士課程修了。2005年日揮株式会社に入社し、プロセス設計部にて、OIL&GAS分野におけるプラントの基本設計に携わる。2015年より主に電力分野の事業投資等に従事し、2021年にかもめミライ水産株式会社を設立し、現職

日本を代表する総合エンジニアリング企業・日揮が、福島県で「陸上養殖」事業に挑んでいる。自然環境に依存しない水産業の構築を目指し、「完全閉鎖循環式」の陸上養殖で「生サバ」を生産・流通するという。なぜ、プラント大手の日揮が、福島で陸上養殖にチャレンジするのか。その背景と展望を、本プロジェクトを推進する日揮の子会社「かもめミライ水産」代表取締役の臼井弘行氏に伺った。

日揮が「陸上養殖」に挑む理由

―日揮が「陸上養殖」に取り組み、サバの生産に挑む――エンジニアリング業界におけるグローバルリーダーの一社である御社と、サバの「養殖」とが、あまり結びつかない人も多いと思います。どうして養殖に、しかも「陸上養殖」に取り組まれるのか、まずはその背景から教えてください。

臼井:
おっしゃる通り、「プラントエンジニアリング」と「魚の養殖」がもたらすイメージには、ギャップがあるかもしれません。でも実は、共通点といいますか、「陸上養殖」は、日揮のプラントエンジニアリングを存分に生かせる事業だと考えています。

一つには、陸上養殖は自然環境に依存せずに、魚介類を高品質・大量生産する施設を必要とする点が挙げられます。これはまさに私たちが得意とする、工場・生産設備(プラントエンジニアリング)の領域です。

そしてもう一つには、近年、日揮が農業分野の事業(野菜の養液栽培)で培ってきた「統合環境制御システム」の概念を陸上養殖へも応用できること。野菜を工場で生産する場合、光や二酸化炭素などの制御が欠かせませんが、魚を養殖する場合は「水槽環境」で実施するため、さらに水温、酸素濃度、pHなど、さまざまなパラメータを最適化する必要があります。

これらの技術を有機的に組み合わせることで、革新的な成果を得られるのではないか。具体的には、プラントエンジニアリングのノウハウを生かして、「陸上養殖イノベーションセンター」を福島県浪江町に建設します(2023年3月に着工予定)。水槽には、センサーやカメラを取り付けて水槽環境を見える化し、さらに収集したデータをAI解析するなどして、人間の経験や勘だけに頼らずとも計画的、かつ効率的に魚を生産するノウハウを構築していきます。

実は、日本にはまだ「完全閉鎖循環式」で陸上養殖事業に成功した企業がありません。未踏の領域にチャレンジできることにワクワクしています。

日揮/かもめミライ水産が、福島県浪江町に建設する「陸上養殖イノベーションセンター」の完成イメージ。「完全閉鎖循環式」の陸上養殖事業を営んでいく予定

―エンジニアリングの強みを生かせるからこその「陸上養殖」なのですね。そこで気になってくるのが、工場の立地です。陸上養殖を「完全閉鎖循環式」で実施するメリットの一つが、自然環境に依存しないことだと思います。工場立地の選択肢は無限にあったようにも思えますが、その中でなぜ「浪江町」をチャレンジの地に選ばれたのでしょうか。

臼井:
根底にあったのは、「日揮」として東日本大震災からの復興に役立ちたいとの想いです。私たちはこれまでも福島県でさまざまなプロジェクトを展開し、深い関わりを持ってきましたが、その福島が2011年に甚大な被害を受けました。一企業である私たちにできることは限られるかもしれませんが、復興に貢献できることを模索する中で、浜通り地域での事業推進をサポートする「福島イノベーション・コースト構想推進機構」(福島イノベ機構)が、浪江町との縁を結んでくれました。

「陸上養殖プラントを作りたい」との相談を持ちかけたところ、事業候補地をいくつかご紹介いただき、行政との接点を持つことができました。浪江町には、電力インフラや水道インフラ、物流面など好条件が揃っていたため、立地を決断するのにさほど時間を要さなかったと思います。

2021年6月、被災者の自立・帰還や産業復興のために活動する企業を支援する「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金」に採択され、同年8月、日揮の子会社として「かもめミライ水産株式会社」を設立したという経緯です。

―「かもめミライ水産」、非常にユニークな名称です。

臼井:
はい、皆さんにも愛着を持っていただけると嬉しいです。「かもめ」は、浪江町の「町の鳥」が「カモメ」であることに由来しており、「ミライ水産」には、「陸上養殖で未来の水産業をつくる、貢献する」という信念を込めています。


―地元とのつながりを象徴していますね。経営面でも「いわき魚類株式会社」(いわき市)がパートナーとして参画しています。

臼井:
いわき魚類との協業についても、幸運に恵まれました。偶然にも、当社のプロジェクトメンバーの一人が福島県の出身で、その縁からいわき魚類とのつながりを得られました。代表取締役社長の鈴木健寿さんは、福島県水産市場連合会 副会長で若手をまとめる立場におられ、「福島県の漁業を盛り上げたい」との熱意を強く持たれています。その鈴木社長から「ぜひ協力したい」とお声がけをいただき、共同で事業に取り組むことになりました。大卸としての強みを生かして、魚の加工・販売から流通まで、私たちにノウハウのない領域での活躍を期待しています。

なぜ、「生サバ」? 陸上養殖は、食料危機の解決の糸口に

―2024年に「生サバ」の出荷を目指すそうですね。生産する魚種に「サバ」を選んだのは、どのような理由からでしょうか。

臼井:
主に3つの理由があります。

一つには、サバは稚魚を安定的に入手できること。養殖に向く魚種はいろいろありますが、継続的な事業運営には、稚魚の安定的な確保が欠かせず、サバはそれをクリアしています。二つ目には、魚の成長速度です。養殖事業においては、経済性を考慮して最適な養殖期間での製品化(出荷)が欠かせませんが、その点でもサバは合致していました。陸上養殖の生産コストは、通常の養殖と比べてかなり高額になるため、経済合理性を十分に検討した上で魚種を選ぶ必要があります。

最後に、サバの「生食ニーズ」の高まりです。ご存じの通り、サバはいわゆる足の早い魚種です。アニサキス(幼虫)が寄生していることもあり、寿司や刺身で提供される場合は、シメサバに加工されるケースが多い。ただ、生のサバは、脂が乗っていて、本当においしいですよね。私たちが実施した水産業界への調査でも、「生サバを売りたいが寄生虫のリスクが高くて販売に踏み切れない」との声が、多数聞かれました。つまり、サバは市場性が非常に高い。しかも「完全閉鎖循環式」の陸上養殖ならば、寄生虫のリスクを限りなく低減できる上、繰り返しますが、「完全閉鎖循環式」の陸上養殖で生産されたサバは日本にはまだ存在していないため、希少性が大きな付加価値になると考えています。


―寄生虫のリスクが低く、安全に、安心しておいしい生サバを食べられる。施設名の「陸上養殖イノベーションセンター」が示す通り、「食のイノベーション」にもなるのですね。

臼井:
「完全閉鎖循環式陸上養殖システム」の特長は、高度な水処理技術の活用にあります。設置場所の制約が少なく、排水処理によって環境負荷を軽減しながら、安定的にサバなどの魚を生産できます。

いま、世界は大きな食料危機に直面しています。人口は今後も増加が予測され、アジア、アフリカを中心に水産物の需要も増加するとの見込みが高い。その一方で、海洋水産資源は、「生物学的に持続可能なレベルで漁獲されている資源の割合は、漸減傾向」※1にある状況です。需要は高まっているのに、資源は減っている……こうした状況を打破する打ち手として世界から期待を寄せられているのが、持続可能な食料生産方式としての「陸上養殖」です。

魚の生産環境を制御できる養殖技術の発達は、日本国内においても食料自給率を高め、食料不足が深刻な国への貢献にもつながります。私たちはこの「完全閉鎖循環式陸上養殖システム」を携えて、持続可能な食料生産に貢献していきたいと考えています。

世界の漁業と養殖業を合わせた生産量は増加し続けている。2020年の漁業・養殖業生産量は2億1,402万t。このうち、漁業の漁獲量は、1980年代後半以降横ばい傾向となっている。一方、養殖業の生産量は急激に伸びている(出典:「水産白書」令和3年度、水産庁)。

浜通り地域との連携を深め、6次産業化を推進

―浜通り地域には「福島県水産資源研究所」などの専門的な研究機関があります。そうした機関・組織との今後の連携について、教えてください。

臼井:
現在、福島県内の研究機関などとの連携に向けた検討を進めているところです。例えば、これまでに福島県水産資源研究所(相馬市)やアクアマリンふくしま(いわき市)への見学、打合せなどを実施し、我々の取り組みをご説明させていただきました。今後は専門的な知見を活用・融合して、より質の高い養殖業をこの地から発信していきたいと考えています。


―サバ以外の魚種の養殖にも拡がりが見えてきそうですね。

臼井:
はい、陸上養殖イノベーションセンターの将来像の一つとして、市場や地元でニーズの高い魚種の技術開発を担うことを考えています。複数の水槽でさまざまな魚種のデータを蓄積しながら、陸上養殖に関してのさまざまなノウハウを得ていきます。

とはいえ、いま重要なのは、サバの生産・出荷に向けた準備であり、これを成功させることです。地元の皆さんからの大きな期待にもお応えできるよう、「浪江町ブランドのサバ」の展開を成功させ、6次産業化を見据えてしっかりと運営していきます。


―御社の事業創造は、まさに福島イノベーション・コースト構想が掲げるコンセプト――浜通り地域から新たな産業を創造する――を体現している印象を持ちました。

臼井:
そうですね、実際、構想を推進する福島イノベ機構には、浪江町で新たに事業を始める上で多岐にわたるサポートをしていただいています。おかげさまで、現在までに資金調達も完了し、事業計画も固まってきました。

水産物への需要が世界的にも高まる中、水産資源の保護を前提とした持続可能な水産業を実現するためには、陸上養殖施設の建設数の増加に加えて、「施設の大型化」が予測されています。私たちは、先行者であることの利点を生かしたリスクテイクをいとわず、プラントの建設やオペレーション、蓄積した運用データという領域で優位に立てるような準備を重ねていきます。市場の成熟化に向けた動きを先導し、陸上養殖の普及を担っていければと思っています。

福島イノベ機構には、ぜひ今後もこうした活動に伴走していただけると嬉しいですね。事業候補地や補助金の情報のほかにも、技術を持った企業どうしのマッチングなど、機会を創出するプラットフォームとしての役割にも大いに期待しています。

日揮グループとして見据える未来は、陸上養殖プラントの建設・操業のノウハウを活用した事業の国内外での展開です。ここ福島で、かもめミライ水産の事業を成功させることが、福島の復興を支援すると同時に、日揮グループが目指す未来にもつながると信じて邁進していければと思っています。

※1:「水産白書」(令和3年度、水産庁)

日本初の「完全閉鎖循環式」の陸上養殖に挑む、かもめミライ水産のプロジェクトメンバー。写真左から、西山香織さん(システム開発担当)、臼井弘行さん(代表取締役)、田代沙絵さん(プロジェクト担当)

かもめミライ水産

かもめミライ水産は、将来の持続可能な水産業を担う存在として期待されている陸上養殖の生産技術を確立し、「マーケットイン」による新たな水産業の発展に貢献するため、2021年8月に設立された。陸上養殖の方式は、日揮グループのエンジニアリング技術力を生かした「完全閉鎖循環式」を採用し、高度な水処理を継続的に行い、水温や溶存酸素、pHなどを制御しながら、人工的な環境下での魚の飼育を目指している。