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インフラに依存しないトイレ洗浄水循環システムで
災害時でも使える水洗トイレを実現
──e6s・高波正充氏、日本大学工学部・中野和典氏インタビュー

2024年12月20日

高波 正充さん

株式会社e6s 代表取締役

横浜市出身。大手材料メーカーの執行役員を経て、2021年より株式会社e6s代表取締役。東日本大震災を契機に日本大学工学部の中野教授が研究していた技術と出会い、共同開発を経て起業を決意。災害時にも対応可能な自立型トイレシステムの開発に従事し、環境配慮型の持続可能なトイレの実用化を推進。環境保護と公衆衛生の向上に寄与。2020年度日本トイレ協会グッドトイレ選奨、ふくしまベンチャーアワード2022優秀賞を受賞。

中野 和典さん

日本大学 工学部 教授 博士(農学)
土木工学科 環境生態工学研究室

1968年群馬県太田市生まれ。出身高校は神奈川県立鎌倉高校。1996年に筑波大学で博士号(農学)を取得後、ドイツ連邦共和国 ハンブルク・ハールブルク工科大学ポスドク研究員、筑波大学応用生物化学系助手、東北大学大学院工学研究科准教授、日本大学工学部准教授を経て、2015年より現職。専門は環境生態工学。

大規模災害の発生時に深刻化するトイレ問題。上下水道や電気などのインフラが停止した状況下でも、誰もが安心して使用できるトイレ環境の確保は、人命を守るための最優先対策といえる。この社会的課題に対し、洗浄水を再生・循環させる自立型トイレ「e6sシステム」を産学共同で開発するe6s代表取締役の高波正充氏と日本大学工学部教授の中野和典氏に、開発の現状と事業化への展望を聞いた。

―e6sの設立背景と、創業に至った経緯についてお聞かせください。

高波:
e6sを設立したのは2021年4月ですが、構想の原点は2018年頃の中野先生との出会いにさかのぼります。当時、私は大手メーカーに在籍し、有望な提携先となるベンチャー企業やスタートアップ企業を探していました。その過程で、ロハスの技術を活用したトイレの研究開発を行っていた中野先生の取り組みを知り、災害時のトイレ問題の重要性を改めて認識したのです。

実際、大規模災害の度に避難所では深刻なトイレ不足が発生し、多くの被災者がビニール袋での用足しを強いられるなど、過酷な状況に置かれています。その結果、健康被害の発生やし尿収集の遅延など、さまざまな問題が引き起こされています。

私たちは、トイレを「命を支える社会基盤」と位置づけています。トイレが使えない、あるいは不衛生な状態では、適切な食事も医療も成り立ちません。誰もが安心して使用できるトイレ環境の確保は、人命を守るための最優先課題なのです。こうした認識から、災害時でも水や電気がなくても機能する自立型の水洗トイレを産学共同で開発し、社会に提供することを決意しました。

株式会社e6s 代表取締役 高波 正充 氏

中野:
私自身、前任の東北大学時代に仙台で東日本大震災を経験し、災害時におけるトイレ問題の解決が急務だと痛感しました。2012年に着任した日本大学工学部(福島県郡山市)でロハス工学と出会い、自然界の浄化メカニズムを応用したロハスのトイレの研究開発を進めてきました。

ロハスのトイレでは、4段の花壇型のろ床によるトイレ洗浄水の再生と、手動ポンプによる省エネ型の水の汲み上げ、そして屋根からの雨水集水・浄化による手洗い用水の自給自足を特徴としています。これにより、排水ゼロの完全循環再利用を実現しています。さらに、トイレからの汚濁成分はろ床に発生する微生物で分解し、花壇の肥料として有効活用されますので、廃棄物ゼロの資源循環も実現しています。

日本大学 工学部 教授 中野 和典 氏

“コロンブスの卵”的発想で実現した、新発想の水循環システム

―研究が進められてきたロハスのトイレを、e6sではどのように発展させたのですか。

高波:
ロハスのトイレの発想は非常に優れたものでしたが、災害時対応型のトイレとして実用化するには、いくつかの技術的課題がありました。

そこでたどり着いたのが、従来の汲み取り式やバイオ式とは異なる、新しい仕組みの提案です。上下水道や電気などのインフラに頼らなくとも、水洗トイレの洗浄水をその場で即時浄化し、再生利用できる仕組みのトイレを考案しました。

中野:
ロハスのトイレの浄化システムは、1日数人程度の利用であれば十分に機能します。しかし、避難所のように数百人以上が利用する環境では、処理が追い付かず、システムの維持が困難になってしまいます。

どうすればこの課題を解決できるのか――。試行錯誤を繰り返す中から生まれた発想が、時間のかかるトイレの汚濁成分の分解処理をあえて省くという、水処理分野では常識外の“コロンブスの卵”的アプローチでした。e6sシステムを採用するトイレでは、汚濁物質の除去、すなわち水からの分離のみに徹しています。

―e6sシステムの具体的な仕組みを教えてください。

高波:
e6sシステムの特徴は、水洗で流された汚物を固形物と水に分離して処理する点にあります。分離された水は、色度30度以下まで清浄化され、アンモニアなどの臭気成分が除去され、大腸菌が検出されないレベルにまで処理されます。この水を水タンクに戻して再利用する仕組みです。

トイレ洗浄水循環システム「e6s」。
汚水は二段階のフィルタを通過し、色度30度以下まで浄化され、
アンモニアなどの臭気成分が除去され、大腸菌が検出されないレベルにまで処理される。
浄化水は水タンクに戻され、洗浄水として再利用される。

汚水の再生はフィルタによるろ過や吸着などによる非生物学的処理で行うため、微生物の維持のための加温や曝気が不要です。必要な動力は水の循環に使う最低限の電力だけで済みます。一方、分離された汚物は約12分の1まで減容化され、密閉式カセットで安全かつ衛生的に回収することができます。

第一フィルタは100回の使用で交換が必要。安全かつ衛生的に交換でき、廃棄物は約12分の1まで減容化され、一般ごみとして処理可能。

―そうしたトイレであれば、避難所以外でも幅広い用途が考えられそうですね。

高波:
その通りです。私たちは、非常時でも使用可能な水洗トイレを、あらゆる場所に提供したいと考えています。e6sシステムは、オフィスビル、駅、商業施設、公園、家庭などに設置されている一般的なトイレと接続できます。また、平常時は上下水道を使用し、災害などの非常時にはe6sシステムに切り替えるフェーズフリーな運用も可能です。

実証実験の成果を生かし事業化フェーズへ本格移行

―実用化に向けた開発は、どのように進められていますか。

高波:
福島イノベーション・コースト構想推進機構(以下、福島イノベ機構)の支援の下、実証実験を重ねてきました。いわき市のスパリゾートハワイアンズの屋外施設や、浪江町で開催された復興なみえ町十日市祭など、福島県内を中心に数多くの実地検証を進めています。

「復興なみえ町十日市祭」(福島県浪江町)で行われた実証実験の模様。

中野:
2023年10月には、日本大学工学部の学園祭(北桜祭)で2日間にわたる試験運用を実施しました。延べ85回の使用実績においては、一部トラブルは発生したものの、それにより動作シーケンスや汚物分離ローラーの間隙条件など、重要な技術的検証を行うことができました。

これらの検証を通じて、現行の試験機では「洗浄ユニットの交換なしで1071回の洗浄水再生が可能」「約1万回の連続運転に耐える」という性能を確認しています。

2023年10月の日本大学工学部学園祭(北桜祭)での試験運用。
2日間で延べ85回の使用実績を通じ、動作シーケンスやローラーの間隙条件を検証。

―事業化の見通しはいかがでしょうか。

中野:
試験販売の第1号として、郡山市の多目的ホール「ビッグパレットふくしま(福島県産業交流館)」への導入が実現しました。福島イノベ機構の仲介により実現したもので、施設内の多目的トイレの1つにe6sシステムを設置し、2024年12月2日から本格運用を開始しました。

2024年12月2日、郡山市のビッグパレットふくしまに全国初となるe6sシステムが導入された。
設置セレモニーには高波正充代表取締役、中野和典教授らが出席。

高波:
私たちとしても、第1号ユーザーはやはり福島県内の施設であってほしいと以前から望んでいただけに、これ以上ない実績ができました。これを足がかりに新たな受注にも弾みが付くと見込んでいます。すでに各自治体や、ゼネコンをはじめとする民間企業からも引き合いをいただいており、2024年度内に計7台のe6sシステムの納入が決定しています。

被災地・福島からトイレ問題の解決を発信

―実証実験場所の選定や第1号ユーザーの紹介など、福島イノベ機構によるさまざまな支援があったとのことですが、同機構とはどのような関係にあるのでしょうか。

中野:
もともと日本大学工学部は、福島イノベ機構が推進する「復興知」事業に参画し、産学官民連携による「ロハスコミュニティ」の構築・実装に取り組んでおり、私自身も「復興知」事業を通じて福島イノベ機構との接点がありました。

災害時のトイレ問題は深刻です。災害発生から12時間以内に90%の人がトイレを必要とする一方、3日以内の仮設トイレ設置率はわずか34%にとどまり、被災者は壮絶なトイレ環境を経験することになります。ところが、この問題は時間の経過とともに忘れられ、新たな災害の度に同じ苦難が繰り返されています。

だからこそ福島県をはじめとする被災地からトイレ問題を叫び続けることが重要だという共通認識が、福島イノベ機構との間に醸成されており、e6sとの産学共同開発においても、アクセラレーションプログラムに基づく手厚い伴走サポートをいただいています。

高波:
e6sシステムの開発・事業化において、大きな支えとなったのが資金面からの援助です。2022年度に福島イノベ機構の「Fukushima Tech Create(FTC)」地域未来実現プログラムの採択を皮切りに、2023~2024年度のアクセラレーションプログラムにも採択され、3年間にわたり補助金を受けることができました。

この支援がなければ、e6sシステムに必要な各種装置の開発・改良は実現できなかったと考えています。

―今後の事業展開についてお聞かせください。

高波:
私たちは、各家庭のトイレを持続可能にしたいと考えています。マンションは地震などの災害に強いとされていますが、たとえ建物は無事だったとしても上下水道や電気などのインフラが止まると水洗トイレが使用不能となり、避難所生活を余儀なくされます。そうした状況下でも、既存トイレにe6sシステムを組み合わせれば、断水時でも水洗トイレを使用できるようになり、大規模災害時の自宅避難が可能となります。

また、IoTを活用した複数のe6sシステムの遠隔管理機能も開発中で、ソフトウェア面からの機能・サービス拡充も進めています。

資料提供:e6s

中野:
SDGsの目標11「住み続けられるまちづくり」は、災害大国である日本の重要課題です。私たちは、e6sトイレを装備したコンテナを防災避難所、学校、駅などの公共施設、身近な店舗に設置することを、自治体やコンビニエンスストア各社に働きかけていきたいと考えています。平常時には上下水道や浄化槽に接続した従来型トイレとして運用し、非常時には上下水道に依存しない自立型トイレとして稼働させるのです。機動性が高いコンテナなら、災害を免れた地域から被災地域への移動も比較的容易であり、非常時にトイレを融通し合うといった地域間の互助による災害支援にも貢献できます。

―最後になりましたが、新たにe6sのメンバーに加わった高波佳祐さんからも、今後の構想をお聞かせいただけますか。

株式会社e6s 高波 佳祐 氏

高波(佳祐):
e6sシステムの普及に向けて、3つの重点施策を掲げています。第一に「価値観の転換」です。僻地や工事現場など、従来は汲み取り式トイレしかなかった場所に水洗トイレを普及させ、「水洗トイレはどこにでも置ける」という新しい価値観を広めていきます。

第二に「フェーズフリー」の実現です。これにより、災害時でも平常時と変わらない生活環境を維持できるレジリエンスを強化します。

第三が「グローバル展開」です。世界では23億人、実に3人に1人がトイレのない生活を強いられています。インフラ未整備地域への水洗トイレの導入は、生活品質の向上とウェルビーイングの実現につながります。

私は前職での経験を生かしながら、e6sシステムがもたらす価値を、より多くの企業や団体、そして生活者の方々に効果的に伝えていきたいと考えています。

株式会社e6s

2021年4月設立。日本大学発のベンチャー企業で、トイレ洗浄水循環システム「e6s」を開発・販売。同システムはトイレ洗浄水を再生し、廃棄物を減容して衛生的に安全に回収することを目的としており、特に、災害時にインフラが途切れた場合でもトイレを使用できるように設計されている。家庭や公共施設、インフラが整っていない場所でも利用可能。

福島イノベーション・コースト構想推進機構関連:
・令和4年度「Fukushima Tech Create」地域未来実現プログラム採択(事業名:インフラに依存しない自立型水洗トイレシステム(e6sシステム)の社会実装)
・令和5、6年度「Fukushima Tech Create」アクセラレーションプログラム採択(事業名:e6sシステムの社会実装)