リーダーシップ

福島発のイノベーションを先導し、次なる時代を創るリーダーたちの想いに迫ります

[航空宇宙・スペシャル対談]
室屋義秀氏(エアレース・パイロット) × 中島紳一郎氏(ロボットクリエイター)
空と宇宙、2人のスペシャリストが見据える、浜通りの航空宇宙産業

2023年03月22日

室屋 義秀さん

エアレース・パイロット、株式会社パスファインダー代表取締役

1991年、18歳でグライダー飛行訓練を開始。2009年、3次元モータースポーツシリーズ、レッドブル・エアレースワールドチャンピオンシップに初のアジア人パイロットとして参戦し、2016年、千葉大会で初優勝。翌2017年、ワールドシリーズ全8戦中4大会を制し、アジア人初の年間総合優勝を果たす。国内では航空スポーツ振興のために、地上と大空を結ぶ架け橋となるべく全国で活動中。地元福島の復興支援活動や子どもプロジェクトにも積極的に参画している。福島県県民栄誉賞、ふくしまスポーツアンバサダー、福島市民栄誉賞など多数受賞。ふくしま次世代航空戦略推進協議会(FAS)アドバイザーも務める

中島 紳一郎さん

ロボットクリエイター、株式会社ダイモン代表取締役

発明家でロボットクリエイター。明治大学卒業後、Boschなどで自動車の駆動開発に20年従事。Audi、TOYOTAなどで標準採用されている4WD駆動機構を発明。2011年の東日本大震災の発災を機に退職。翌2012年、株式会社ダイモンを創業、代表取締役就任。創業以来、月面探査車「YAOKI」の開発を推進。米航空宇宙局(NASA)の月輸送ミッションに参加し、民間企業主体の月面探査に挑んでいる

異色の対談が実現した。一人は、アジア人初のエアレース年間総合王者にして、「ふくしまスカイパーク」を拠点に活動する室屋義秀氏(株式会社パスファインダー代表取締役)。一人は、米航空宇宙局(NASA)の月輸送ミッションに参加し、民間企業として世界初の月面探査に挑む中島紳一郎氏(株式会社ダイモン代表取締役)。浜通りを起点にイノベーションを続けるスペシャリストの、軌跡と挑戦に迫る。

浜通りが、航空宇宙産業の“最適地”へ

―お二人は、今回の対談が初対面だと伺っています。空と宇宙、似て非なる領域で活躍するスペシャリストが福島で出会い、ここからどんな化学反応が起きていくのか、とても楽しみにしてきました。

室屋:
ありがとうございます。私たちが、“空の総合カンパニー”として「株式会社パスファインダー」を2000年に創業してから、20年以上が経ちました。福島市を拠点に航空機の運航や機体の整備のほか、さまざまな航空プロジェクトや航空イベントのプロデュース、航空マーケティングのノウハウを活用して、企業のブランディングや地方創生、次世代航空宇宙産業の活性化に向けたコンサルティング、マインドづくりなどの教育分野まで、幅広く活動をしています。浜通り地域への産業集積を担う「福島イノベーション・コースト構想」(福島イノベ構想)において重点分野の一つに掲げられる「航空宇宙」ですが、我々もその一翼を担う者として活動しています。

「福島×航空宇宙」を“初体験”する方にとっては意外かもしれませんが、実は浜通り地域は、航空宇宙産業にとってうってつけの環境が整っています。

何より、素晴らしい気候条件に恵まれています。年間を通じて安定した気候で、標高も低く、航空機が飛行するうえで障害となる雲の影響を受けにくい。また、飛行機の練習空域に設定されているため、既存のエアラインの航路として活用されていません。このように、航空機が飛行するための条件が整っているので、航空先進技術の研究・開発を担う地域としては、とても有利な環境にあると考えています。

加えて2020年には、福島ロボットテストフィールドが全面的に開所し、「先端テクノロジーの技術実証」の場として、内外への発信を続けています。福島ロボットテストフィールドは、陸海空のフィールドロボットを研究・開発する拠点であり、無人航空機用の滑走路も整備。南相馬市と、隣接する浪江町との両拠点間(約13km)の区域を飛行できることも、特筆すべき点だと思います。

さらにここ(空)から、中島さんが取り組まれている「宇宙」まで高度をグッと上げてみると、浜通りのポテンシャルはどう見えるのでしょうか。

エアレース・パイロットの室屋義秀氏(株式会社パスファインダー代表取締役)

中島:
宇宙産業の観点から見ても、浜通りは高い優位性を持つ地域ですし、私も大きな期待を寄せています。「宇宙」と聞いて皆さんが最初に思い浮かべるものの一つに、ロケットがあると思います。そしてロケット開発の拠点として知られる地域に大樹町(北海道)がありますが、この大樹町と浜通り地域に共通するのが、ロケットの打ち上げに適した地理・気候条件という点です。ロケットの打ち上げ方向である東側に太平洋が広がり、大きく開かれていること、かつアクセス性に優れた平地が広がっている点は、宇宙を目指す拠点として非常に有利です。

また南相馬市には、ロケットの部品開発を手掛ける企業が複数あるなど、地域を挙げて航空宇宙産業への投資が続いています。行政のバックアップを期待できる点も、私たちのような技術を有する民間企業にとっては、本当に頼もしい限りです。

ただし、私たちダイモンが開発を進めているのは「月面探査車」です。すなわち、月に“到着”してからの技術開発がメインです。福島に限らず、地球上のどの場所でも開発を進められると意気込んできた中で、宇宙開発を志向する福島イノベーション・コースト構想推進機構(福島イノベ機構)との縁に恵まれたのは、非常に幸運なことだと思っています。

ロボットクリエイターの中島紳一郎氏(株式会社ダイモン代表取締役)

「チャレンジは怖い。それでも、可能性に蓋をしないために、挑んでほしい」

―室屋さんは以前から「福島を航空産業の集積地にしたい」といった発言をなさっています。現状はいかがでしょうか。

室屋:
福島ロボットテストフィールドが全面開所して以降、基盤が整ってきたと考えています。ただ、できることはまだたくさんあることも自覚しています。具体的には、福島に関わる皆さんの意識に、もっと「航空」を深く根付かせたい。福島が持つ航空宇宙産業のポテンシャルに気が付くことができれば、この地域は、もっと良くなるはずです。次世代が「この道に進みたい」とポジティブな夢を語ることのできる環境をつくり、応援していくのが私たちの務めですし、そのためには、より広範な広報活動や継続的な教育活動が欠かせません。

中島:
私は今日、室屋さんの飛行機を間近で目にして、すごくワクワクしました。子どもたちも実際に飛行機を体感する機会が増えると、空や航空への関心を持つようになると思います。「ふくしまスカイパーク」では、どのくらいの頻度で飛行機が飛んでいるのでしょうか。

室屋:
私に限れば、晴天の日によくトレーニングで飛んでいます。あとは、春から秋にかけて全国でイベントが続くので、週末にここから飛ぶことが多いですね。SNSでもイベントの開催をアナウンスしていますので、ぜひ見てみてください。

次世代への教育や未来創造という観点で考えると、リアルで「体験」してもらうのは、本当に大切なことだと思います。パスファインダーが事務局を務める「ユースパイロットプログラム」(YPP)に参加した高校生3名は、訓練を始めてから約1年間で自家用操縦士(動力滑空機)の技能証明(ライセンス)を取得しました。彼らののみ込みの速さには、目を見張るものがあります。

中島:
私たちも展示会に出展する際には、必ず「YAOKI」を展示するようにしています。もちろん、プロトタイプではなく、実機を展示し、実際に自由に触れることができます。子どもさんによっては、遠慮なしにガンガン叩いたり、落下させたりする(笑)。それでも、「してはいけない」という制約を設けずに、自由に触ってもらいたい。YAOKIの“最長”操縦記録は小学生が保持していて、約2時間、ずっと操縦していました。その子どもにとっての2時間は、きっと大きな学びの機会になったはずです。次世代のために、こうした体験ができる「場」を提供することこそが、大人の役割だと思います。

ダイモンが開発する「YAOKI」。サイズは、縦15cm・横15cm・高さ10cm。重さは498g。手のひらサイズで、開発には3Dプリンタを活用。米航空宇宙局(NASA)の月輸送ミッションに参加し、民間企業主体の月面探査を実施する予定

室屋:
「空ラボ」(小中学生を対象にした、“ホンモノ”の体験を通じて未来の自分を見つける教室)でも、子どもたちの心が求めている「楽しい」や「ワクワク」を見つけ、心の内に秘められた知的好奇心を引き出していきます。そしてみんなで意見を出し合って目標を設定し、最終回の成果発表に向けて取り組むことで、目標達成に向けたプロセスを学んでいきます。講師は目標達成のサポートをするのみで、指示は一切しません。航空宇宙分野もそうですが、イノベーションを起こしていくためには、そうした「ワクワク」が大事になってくるのかもしれません。

中島:
おっしゃる通りで、私も「無理。できない」というのは想像力の欠如だと自覚し、「可能性に蓋をしないで突破する」ことが重要だと考えてきました。それでも、何かにチャレンジすることは、とても怖いことです。しかも失敗する姿は、成功する姿よりも鮮明にイメージしやすい。ただ実際は、失敗しないために立ち向かって、前進を試みるわけです。すると意外にも、それまでの「できない」を簡単に乗り越えられる瞬間が訪れます。しかも「成功」の方向性は、自身が考えているよりもずっとバラエティに富んでいる。きっと想像以上の未来――思い描いていた10倍、100倍以上の解決策――が広がっていることでしょう。私もYAOKIの開発で、思った通りに進んだことは一度もありませんよ(笑)。

室屋:
可能性に蓋をしない――いいですね。私個人の経験に照らすと、「脳のトレーニング」がそれに当たるように思いました。エアレースの世界選手権に参戦していると、「どうしても勝てない」というレベルに直面するときがあります。コンマ何秒の世界ですが、それが絶対的な“差”になってくる。エアレースでの0.2秒は、直進で20m程度の差になります。いかにこの差を乗り越えて、自身の能力を拡張していくのか。そのために、脳を活用するトレーニングに取り組んでいます。

実は、今この場で対話していても、私の脳は、ほとんど“活用”されていません。であればこそ、これまで“使っていない”脳の一部を働かせることができれば、できなかったことができるようになり、新しい発想を生み出したりする可能性が高まります。私自身、脳のトレーニングを経て、1/100秒単位で手を動かして機体をコントロールできるようになりました。神経回路を考えると、脳が指令を出してから手が動作するまでには約0.2秒かかるといわれています。つまり、1/100秒単位で手を動かすことは、理論上は不可能。にもかかわらず、できた。行動を制御する脳にある「不可能という枷」を外すことで、できなかったことが、できるようになったのだと思います。

福島・浜通りを舞台にした、それぞれの連携のかたち

―中島さん(株式会社ダイモン)は2022年9月に、いわき市に本社を構える「株式会社東日本計算センター」と連携し、福島イノベ構想に新たに参画すると発表しました。どのような活動を計画していますか。

中島:
東日本計算センターとの共創は始まったばかりですが、廃炉点検ロボットや被災地の救助用ロボットなどの研究・開発を計画中です。YAOKIは月面探査を目的に開発してきましたが、小型・軽量で、悪路など過酷な宇宙環境下でも走行可能という特性を備えています。この特性を地上で生かすとなると、たとえば廃炉点検や、より大きな括りでは、地上のインフラ点検で活躍できるものと考えています。

もう一つ、「群探査」の研究も進めています。これは地上だけでなく、宇宙でも活用できる研究です。小型・軽量のYAOKIは、単機で有用な場面もありますが、それ以上に多数機が連携して駆動・管理するほうが効率的でしょう。月面探査なら、なおのこと多数機が連携するかたちが理想的で、これを可能にする技術が「群探査」です。100機あれば、単機の100倍はおろか、組み合わせ方によっては1,000倍、1万倍の探査ができると見込んでいます。

室屋:
フェイルセーフを原則とする飛行機の開発では、「複数機を飛ばしてみて、何機かは墜落してもOK」は許されません。一方で、複数のYAOKIが連携するとなると、1機が故障して動かなくなっても、その影響を最小限に抑えられるでしょう。「せっかく月面に到着したのに、YAOKIを1機しか送れない」となると、実にもったいない。開発者、経営者としても相当に怖い状況ですよね。

中島:
まさにその通りでして、1機だと故障した瞬間に探査は終了、ジ・エンドです。でもそれが2機となると、「仮に1機に不具合が生じても……」という余裕が生まれるとともに、探査活動そのものを継続できるわけです。もちろんロボットとしてのYAOKIは、フェイルセーフの思想で設計・開発しています。あくまで活用法を広げる目論見で群探査に挑んでいます。仮に1機が故障した場合でも、全体のパフォーマンス低下を最小限に抑えつつ、全体としての機能不全は起こさない――という発想は有用ではないでしょうか。たとえば「廃炉点検ロボット」でも、「絶対に失敗しないロボット」を目指すのではなく、10機投入してそのうち2、3機が故障しても残りの7、8機がセーフティに戻ってくればいいという発想です。

室屋:
そうした取り組みは、失敗を許容する風土づくりにもつながってきますよね。私にしてみても、生まれたアイデアの80%以上が日の目を見ることはないですし、飛行機の部品開発も同程度の失敗がつきものです。


―ありがとうございます。アジャイルで、失敗を繰り返しながらも見据える未来に向けて模索する姿勢が大事になってくるわけですね。では最後に、福島から航空宇宙産業をもっと盛り上げていくために大事なこと、あるいは、これらの産業集積を担う「福島イノベ構想」への期待についてお伺いします。

室屋:
私自身は、「ふくしま次世代航空戦略推進協議会」(FAS)のアドバイザーを務めるなどの活動を通じて、福島イノベ構想と連携しています。FASは、2021年9月20日に南相馬市や福島ロボットテストフィールドを拠点に研究・開発に取り組む民間企業4社(スペースエンターテインメントラボラトリー、イームズロボティクス、Sky Drive、テラ・ラボ)が立ち上げた組織です。

一方、こちらは福島県との連携になりますが、2020年3月23日に「産業人材育成に係る連携協定」を締結し、まさに今、活動の第1弾である「REAL SKY プロジェクト」を進めているところです。「空ラボ」のメソッドを用いて、福島ロボットテストフィールドの近くに立地する「福島県立テクノアカデミー浜」の学生と飛行機部品を開発したり、軽量飛行機(LSA)を製作したりするプロジェクトです。2024年には、学生たちが組み立てた飛行機が実際に福島の空を飛ぶ姿をご覧いただけるでしょう。

今後の期待としては、福島イノベ機構が中心となって、小中学生向けの「修学旅行」の企画・実施を実現したいところです。航空宇宙だけでなく、さまざまな分野の「本物」を体験する機会を提供したい。福島ロボットテストフィールドやFH2R(浪江町)などを開放して、毎日300人ほどの小中学生に来ていただければ、1年間で約10万人の若者が福島の“最先端”を体感できます。たとえば、そのうちの1%が興味を持ってくれれば1,000人の子どもたちが、福島イノベ構想に自発的に参画してくれることでしょう。10年、20年先を見越した投資として、ぜひ実現したいですね。

中島:
いいですね、修学旅行。私も、次世代や次の事業開発を創発する環境整備が重要だと考えています。具体的には二つあって、一つには、繰り返しますが、次世代に本物を体験できる「場」を提供すること。もう一つは――あえての直言が許されるならば――テクノロジー企業は、自らが保有する技術を「さらけ出す」覚悟を持つことが重要だと考えています。起業する以前の私自身もそうですが、多くのエンジニアや企業は、オリジナル技術を開示することを躊躇します。端的に言って、流出が怖いのです。ただし、何もすべての技術を開示してほしい、と言っているわけではありません。特許はその精神に照らせば、次の発明・産業の発展に貢献することが、本来の目的のはずです。そう考えると、特許申請した技術要素については積極的に公開して、次代の発明に生かすほうが自然ではないでしょうか。私たちはそうした信念のもと、展示会などでもYAOKIの実機を展示し、特許を取得した技術要素を公開しています。企業間の連携を深めたイノベーションの創発を絵空事に終わらせないためにも、ぜひチャレンジしていただきたいところです。

室屋:
実現のためにも、連携をスムーズに進める「旗振り役」を福島イノベ機構に担っていただけるといいですね。先ほど紹介した「REAL SKY プロジェクト」では、「製作した飛行機で2025年・大阪万博の会場まで飛行する」といった旗を立てています。同様に、浜通りの航空宇宙分野でも、たとえば、「福島県のマークが入った、福島県産ロケットを宇宙に届ける」という旗を立ててみると、途端にワクワクしてくるし、挑戦したくなる。福島イノベ機構には、そうした強烈なリーダーシップの発揮を期待しています。

パスファインダー

イベント企画、制作、運営、PR等を一手に行う総合イベント会社。特に航空イベントにおいては、世界各国でのエアレース運営や参戦経験をもとに、世界最高レベルの業務提供を可能としている。また、ふくしまスカイパークにある自社施設(HANGAR 1)を拠点に、行政と連携しながら人材育成事業にも力を注いでいる。

ダイモン

主要事業は、設計コンサルティング、月面探査ロボット事業、ロボット等の設計。ダイモンは、宇宙レベルの視点、技術と品質によって、宇宙産業の成長をリードし、地上での工場などの遠隔メンテナンス利用、災害支援や原発廃炉などの産業利用、宇宙をテーマにした教育プログラム開発など、事業を通じて地球の持続可能性への貢献を目指している。