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リーダーシップ

福島発のイノベーションを先導し、次なる時代を創るリーダーたちの想いに迫ります

伝承館スタッフとして復興の意味を考える。「地域の人を巻き込んだ情報発信をしたい」

2021年03月22日

加井 佑佳さん

東日本大震災・原子力災害伝承館

福島県双葉郡大熊町出身。町立大熊中学2年生のとき震災に遭い、いわき市へ避難。その後、国立福島工業高等専門学校コミュニケーション情報学科へ入学。本科卒業後、専攻科へ進学。在学時は、相双地域の情報発信をする任意団体「双葉郡未来会議」の活動に参加。2020年4月、東日本大震災・原子力災害伝承館に就職。企画事業部に所属し、物販やグッズ制作、イベントの仕事に従事。趣味はホットヨガとカフェ巡り。

家や学校という限られた世界に生きる学生にとって、「自分がどう働くか」を考えることは難しいのかもしれない。偶然出会った大人たちが、自分の価値観を変えることもある。震災と原発事故によっていわき市に避難し、いわき市の高等専門学校に進学した加井佑佳さんもそんなひとり。地元で働くことを決意し、現在は東日本大震災・原子力災害伝承館(以下、伝承館)で働いている。オープンしたばかりの伝承館でさまざまなことに挑戦する加井さんに話をうかがった。

人と触れあえる伝承館の仕事に
やりがいを感じる

2020年9月にオープンした「伝承館」を訪ねると、観光客に交じり、大勢の高校生が整列し、入館を待っている。「コロナ禍の影響で修学旅行や遠足などが取りやめになり、代わりとして伝承館に来て、震災のことを学んでいるんですよ」と、加井さんが教えてくれた。

この4月から伝承館のスタッフとして働く加井さんは、企画事業部に所属しオリジナルグッズの制作やイベントを担当している。スタッフがユニフォームとして着る秋冬用ブルゾンと、夏用のカラーシャツの制作も加井さんが担当した。

「いわき市にあるアパレルメーカー『ハニーズ』さんにデザインを依頼しました。未来・希望・豊かな自然というキーワードから、緑色をベースに。イラストの双葉ダルマや魚、花などは、双葉郡の特産品なんですよ。ブルゾンは濃淡2色の緑を使い、春の自然の移り変わりを表現。ファスナーは海をイメージした青色を選びました。できたばかりの施設なので、ユニフォームが完成したことで職員の一体感が生まれたと思います。物販コーナーでも販売していて、お客さんからも好評です。これを買うためにわざわざ来館する人もいるんですよ」と声を弾ませる。

オープン当初の限定品だったオリジナルシャツも再販。シャツ3,800円(税込み)、ブルゾン4,800円(税込み)。双葉8町村のキャラクターが描かれたクリアファイル300円(税込み)も人気

地元で就職したいと考えていた加井さん。いろいろと就職先を探しているときに、新しくオープンする伝承館の職員募集を見つけた。新しい施設ならいろいろと関われることも多く、チャレンジできる環境なのではと考え、応募。無事に採用され、もうすぐ1年が経とうとする。

「自分のしたい企画がなかなか通らないこともあり大変ですが、毎日学ぶことが多いです。特にイベントは、来館者の方たちの反応が直接分かるのがいいですね。『ここが良かった』、『ここは直した方がいい』といった意見もいただき、とても勉強になり、やりがいのある仕事だと感じています」

スタッフは20人ほど。年齢はバラバラだが全員同期入社。それぞれの経験を生かし、みんなで伝承館をつくりあげていく

楽しんで活動する大人たちと出会い、
地元で働く意味に気づく

加井さんはいわき市にある福島工業高等専門学校に入学。コミュニケーションやビジネスのことなどを5年間学んだ後、大学卒業資格を得るため、同校の専攻科に進学。福島高専入学当時、就職のことはあまりイメージできず、深く考えたことはなかったそう。しかし、同級生の半分は東京をはじめとした県外に就職したのに対し、なぜ加井さんは地元で働くという道を選んだのだろうか。

「在学中に、地元で楽しく活動する大人たちと出会い、自分も生まれ育った町で働くのもいいかなと思って」と、少し照れるように話し始める。

加井さんが出会った大人たちというのは、「双葉郡未来会議」という民間団体のこと。「はなれていても おとなりさん」を合い言葉に、震災以降、バラバラになった双葉8町村の住民同士がつながり、情報や問題を共有し、今後に役立てることを目的に活動をしている。20代の若者だけでなく、40代や50代の大人もいた。

学校での加井さんの研究テーマは、「原発被災地におけるボランタリーネットワークの取り組み」。双葉郡未来会議を題材に選び、積極的に活動に参加した。

「代表の平山勉さんが富岡町出身で、震災から7年が経って避難指示が解除されると、『ふたばいんふぉ』という双葉郡の情報発信スペースを開設されたんです。そこでは、双葉8町村の状況やアーカイブなどがパネル展示され、さらに、住民目線で震災や原発事故をとらえ、住民が考え、住民自らが発信もしていました。平山さんたちは、本当に楽しそうに仕事をしていて(笑)。それまで、働いている大人との接点なんてほとんどなかったから、とっても新鮮で、私も平山さんたちみたいに、楽しく仕事をしたいなと思うようになったんです」

活動を通じたさまざまな人との出会いが、加井さんの原点

「復興」という言葉はあまり好きではない
過去ではなく、前を向いて進むだけ

伝承館の好きな場所といって案内してくれたのは、屋上にある「海のテラス」。復興祈念公園の向こうには太平洋が広がり、津波によって破壊されたままになっている双葉町営の海の家「マリーンハウスふたば」や、震災遺構の請戸(うけど)小学校跡地が見える。すぐ隣には双葉町産業交流センターが完成し、振り返れば、中間貯蔵施設がある。

「いつかはこの景色も変わってしまうのかもしれませんが、まだ震災当時の状況が残っている場所もあれば、復興が少しずつ進んでいる場所もある。その両方を見られるから」と理由を教えてくれた。

震災から10年が経ち、大熊町の一部は避難指示が解除されたが、まだ8割は帰宅困難地域に指定されたままだ。家や田畑が中間貯蔵施設として借り上げられた人もいるそう。加井さんの家も放射線量が高い場所にあり、両親は避難先のいわき市に家を購入した。「前の家にはまだ帰れないかな」加井さんがぽつりとつぶやいた。

避難生活をしながら進学や就職などに悩み、多感な時期を過ごした10年を尋ねてみた。

「振り返ったら10年たっていた、という感覚ですかね(笑)。私、『復興』って言葉が好きではないんですよね。なんだか言葉ばかりが先行していて、どうなれば『復興した』のか曖昧な気がしませんか。そこばかり気にしていても何も進まないと思うし。一方で、地元の星でも紹介されている『Kokage Kitchen』代表の大島さんのように、未来に向けて活動する方たちもいらっしゃいます。次の10年は、そんな方たちに目を向けたいし、より多くの人に知ってもらえたらうれしいかな」

「10年間のすべてが悲しかったわけじゃないですし、楽しいこともたくさんありましたよ。 なんて言うんですかね、双葉の人たちは意外とたくましいですよ。もう進むしかないですから」。ゆっくりと力強く話す加井さんは、まるで自分に言い聞かせるようだった。

人の流れが、町を変えていく
地元の声を「伝える人」になりたい

2020年3月、双葉町の避難指示準備区域と帰宅困難地域の一部の避難指示が初めて解除され、さらにJR常磐線が全線再開通し、新しくなったJR双葉駅がお披露目された。しかし、住民の帰還はもう少し時間がかかる。それでも、伝承館と双葉町産業交流センターができたことによって、双葉町に人の動きができたことがうれしいと加井さんは話す。「これから公営住宅の整備が進み、少しずつ人の動きが増えていくのが楽しみです」

仕事をする上で大切にしていることを尋ねると、「仁義」という答え。

「人と人とのつながりでしている仕事だと思っています。また、震災をテーマにしているので、相手を不快な思いにさせないかは気をつけています」と続ける。確かに「仁(思いやり)」、「義(人としての正しさ)」が求められる仕事なのかもしれない。

館内には、加井さんの故郷、大熊町の図書館も展示されている

「被災地でがんばっている人って、美談としてとらえられることが多いんですけど、学生のときに地元の人と関わって感じたのは、楽しんでしている人がとても多いということ。その視点って大切で、変な先入観を入れず、フラットに発信していくのはとても大切なことだと思います」

今後は、双葉郡未来会議をはじめ、在学時にお世話になった方たちを巻き込み、地元の人の声を拾って伝えるイベントを企画したいと語る。

「この地域は日本だけでなく、世界からも注目されています。しかし、今だけではなく、この先もずっと続いていく場所だから、地元の人が自ら発信し、この地域のことをどうしていきたいかって話しをすることが必要だと思うんです。そこに私も関わっていきたいですね。最近、進学や就職などで地元を離れた同世代が双葉郡に帰ってきて、いろいろと活動を始めているみたい。そんな話を聞くと、私もがんばらなくちゃって気持ちになるんです」

地元の人たちが心から楽しみ、笑う。それに触発され、また誰かが楽しさをつくり出す。「楽しさの循環」。それが加井さんの考える復興なのかもしれない。

東日本大震災・原子力災害伝承館

2020年に開館した福島県が経験した未曽有の複合災害の記録と記憶を教訓として将来に引き継ぐ施設。原子力災害を中心とした展示や語り部講話、研修などを通じて、防災・減災について考えることができる。

〒979-1401 福島県双葉郡双葉町大字中野字高田39
TEL: 0240-23-4402
開館時間:午前9時から午後5時(午後4時30分最終入館)
休館日:毎週火曜(火曜日が祝日または振替休日の場合は開館し、その日後でその日に最も近い休日でない日を休館日とする)。12月29日~1月3日
展示入館料:大人600円、小中高300円 団体割引あり