リーダーシップ
福島発のイノベーションを先導し、次なる時代を創るリーダーたちの想いに迫ります
斎藤 由多加さん
株式会社シーマン人工知能研究所 所長
1962年生まれ。東京都出身。早稲田大学理工学部卒業後、リクルートに入社。在職中に制作したビル経営シミュレーションゲーム「ザ・タワー」が世界中でヒット。退職後に起業し、1999年に育成シミュレーションゲーム「シーマン~禁断のペット~」をゲーム大手・セガ・エンタープライゼス(当時)の家庭用ゲーム機「ドリームキャスト」向けに発売し、社会現象となる大ヒットを記録した。日経BP社ベンチャー・オブ・ザ・イヤー最優秀若手経営者部門賞、文化庁メディア芸術祭デジタルアート(インタラクティブ)部門優秀賞など受賞多数。現在は産業創出に挑むベンチャー企業の社長であるとともに、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科・後期博士課程で学ぶ一人の学生でもある。
シーマン人工知能研究所がこのほど福島イノベーション・コースト構想に参画し、単身高齢者向けの「AI生活会話見守りスピーカー」の開発に乗り出した。同社は、一大ブームを巻き起こしたゲームソフト「シーマン」を開発した著名クリエーター・斎藤由多加氏が立ち上げたベンチャー企業。いわき市に開発拠点を設け、2025年度に川俣町で実証実験を開始する計画だ。日本語に適した「会話エンジン」の開発を目指す斎藤氏に、福島イノベーション・コースト構想への参画の経緯、「会話エンジン」と「AI生活会話見守りスピーカー」の特徴、今後の展望を聞いた。
地場メーカーが取り持つ縁。川俣町と二人三脚で「福島イノベ構想」に参画
―御社は、福島県の「地域復興実用化開発等促進事業費補助金」(イノベ実用化補助金)に採択され、福島イノベーション・コースト構想(福島イノベ構想)に参画、「AI生活会話見守りスピーカー」の開発を進めています。どのような経緯でイノベ実用化補助金にエントリーし、福島イノベ構想への参画に至ったのでしょうか。
斎藤:
偶然のご縁がきっかけでした。開発を共にしていた「アサヒ通信株式会社」(福島市に本社を構え、川俣町に工場を持つエレクトロニクスメーカー)からイノベ実用化補助金の存在を教えていただいたことが、直接のきっかけです。
福島イノベ構想に参画する以前から当社は、日本語で自然な言葉のやりとりができる「会話エンジン」を搭載したAIスピーカーの開発を目指していました。ただ当初からユーザーを「単身高齢者」と明確に決めていたわけではありません。年齢、性別、職業といった属性ではなく、“自宅で孤独な思いをしている人”向けに、悩み相談や他愛のないおしゃべりなどができる製品をイメージしていました。得意とする“エンタテインメント”の領域と、多くの方が悩まれる“メンタルケア”を兼ね備えたソリューションといったところですね。
このアイデアを実現しようと、アサヒ通信に相談したところ、「メンタルケアはグッドアイデアだから、社会課題の解決という方向性をより明確にして、福島イノベ構想にエントリーしたらいいのではないか」とのご提案をいただきました。詳しく調べたり行政にお話を伺ったりしたところ、浜通りの多くの市町村が人口流出や単身高齢者の増加という課題に直面しているとのこと。僕も日ごろ周囲から、「遠方で暮らす老親が心配だ」との声を聞いていましたから、人ごとで済ますことのできる問題ではありませんでした。そこで、一人暮らしや在宅の高齢者向けの「AI生活会話見守りスピーカー」というコンセプトが固まりました。
―開発計画では、川俣町での試験運用が盛り込まれています。なぜ「川俣町」なのでしょうか。
斎藤:
川俣町とのご縁をつないでいただいたのも、アサヒ通信です。課題認識に合致する自治体の一つ、ということでご紹介いただきました。開発の協力をお願いしたところ快諾いただき、共に福島イノベ構想に参画することになりました。
「シーマン」の知見をベースに、日本語で自然な会話ができるAIスピーカー
―「AI生活会話見守りスピーカー」に搭載される「会話エンジン」について、開発を目指すことになったきっかけと特徴を教えてください。
斎藤:
5、6年前だったでしょうか、「一般社団法人人工知能学会」から取材を受ける機会があり、その際に、最先端のAIを研究するアカデミアが日本語の「会話」に苦戦していることを知りました。というのも、「日本語での会話について、20年ほど前に完成したゲームソフト『シーマン』が相当なレベルに達していたのに、現在のAIのアプローチではうまくいかないのはなぜか」というテーマの取材だったからです。
実は当時の僕も、AIの会話のレベルが高くないことを実感していました。「会話ができる」との触れ込みの人型ロボットが次々と登場し、店頭などで見かける機会が増えていましたが、会話機能に限ってみると、残念ながらいずれも「シーマン」からの大きな進歩は見られなかったのです。
「最先端のAIに取り組む研究者や企業でさえ、日本語の会話エンジンの開発に突破口を見出せていない。一方で、ロボットが活躍するシーンはますます増え、『頭脳』としての会話エンジンの重要性はさらに高まるに違いない」――このようなビジョンの下、既存のアプローチとは異なる、エンタメ畑ならではの発想で「日本語の口語による会話が可能なエンジンの開発」を目指そうと思い立ち、シーマン人工知能研究所を立ち上げました。
当社が目指す会話エンジンの特徴は、従来のAIスピーカーや人型ロボットに搭載された機能では実装できていない「より自然な会話」の実現です。省略したり、語順が変化したりといった複雑な日本語の特徴を補完解釈し、単純な一問一答ではなく、前後の会話の文脈(記憶)を持ち、相づち・ため息・笑いといった「非言語表現」の認識にまで対応することで、これの実現を目指しています。
―「シーマン」の知見も生かされているのでしょうか。
斎藤:
もちろんです。シーマンで培ったさまざまな会話のテクニックが駆使されています。
たとえば、シンプルに「調子はどう?」と尋ねられても、普通は質問の意図が分からずに、受け手は明確に答えようがありません。しかし、「食べてる?」「寝てる?」といった、様子を探るような質問であれば、その意図は格段に伝わりやすくなります。
また、「今日はお薬を飲みましたか ?」ではなく、「今日は飲んだの ?」のように言葉をカジュアルに表現すれば、ユーザーは「このAIは自分のことが分かっている」と親密に感じることができるでしょう。その他にも、「今日の天気は?」「晴れです」といったやりとりを何度もしていると、しまいには「晴れだって言ってんだろ!」と“突っ込み”のようにユーザーに対して返答するのもテクニックの一つです。こうした自由な発想は、エンタメ畑の我々だからこそできるものだと思います。
―その「会話エンジン」を搭載した「AI生活会話見守りスピーカー」では、具体的にどういった課題の解決に挑んでいるのでしょうか。
斎藤:
「AI生活会話見守りスピーカー」では、一人暮らしや在宅の高齢者との会話を通じて、日々の服薬状況や体温、血圧などの情報を取得し、遠方で暮らす家族にメールで通知するなどの「見守りサービス」を可能とするものです。当社独自の「会話エンジン」により、ユーザーからの予期しない回答にも柔軟に対応し、毎日の「会話」を通じて孤独感の緩和やQOL(生活の質)の低下予防につなげたいと思っています。
得られたのは、ファイナンス以上の「人」という財産
―人の感情など「非言語表現」を認識する「会話エンジン」の開発を目指す中で福島イノベ構想や川俣町と出会い、そこから開発コンセプトを「見守り」に定めていったのですね。福島イノベ構想との出合いは、御社にとって、大きなターニングポイントだと理解しました。
斎藤:
まさしくそのとおりで、大きく2つの面でブレークスルーがあったと考えています。一つは、「ファイナンス」です。社会課題に役立つ優れたアイデアがあったとしても、実現するには先立つものが欠かせません。当社のようなベンチャー企業が安心して新技術の開発にまい進できるのは、イノベ実用化補助金によって資金的なバックアップを得られたからこそです。ありがたいことに、福島イノベ構想を推進する「福島イノベーション・コースト構想推進機構」(福島イノベ機構)には、地元の金融機関や特許事務所などをご紹介いただき、知財など法務面でもサポートいただいています。
もう一つは、「人」です。これはある意味、ファイナンス面でのご支援よりも遥かに重要です。川俣町や福島イノベ機構には、さまざまな形で現地の人々とのミーティングの機会をセッティングいただいています。ここでいただく生の声は、よりユーザーフレンドリーな「AI生活会話見守りスピーカー」の開発に大いに役立っています。
たとえば、「AI生活会話見守りスピーカー」の開発では、福島弁への対応の強化にも取り組んでいますが、こうした取り組みのきっかけとなったのは、現地の医療関係の方々とのミーティングでいただいた「福島弁にどこまで対応するのか?」といったご意見でした。
―標準語とは異なる特徴を持つ「東北弁」は、理解するのがとても難しいと言われていますよね。
斎藤:
おっしゃるとおりで、福島弁も例外ではありません。しかも福島県は、浜通り・中通り・会津地方と3つの地域に分かれており、地域によっても微妙に話す言葉が異なります。会話エンジンでの対応が一筋縄ではいかないことは、すぐに想像できるかと思いますが、実は「平仮名」の記述で違いが判別できる言葉であれば、ある程度は会話エンジンが対応できるのです。しかし、「音声」の違いでしか区別できない言葉への対応については、会話エンジンではなく「音声認識」という別の技術分野の範疇となります。私たちは、音声認識に外部の技術を取り入れているため、現在も日夜、調整を進めているところです。
また、大きな転機となったのは、介護従事者の方々とのミーティングです。非常にたくさんの有益なアイデアをいただきました。たとえば、単身高齢者の家族が最も知りたいのは「食事をしたかどうか」「トイレに行っているかどうか」といった行為であって、「その食事がおいしかったかどうか」は二の次だということ。加えて、「スピーカーに液晶画面を付けると、ご高齢の方は話しやすくなるのではないか」とのご意見もいただきました。確かに、液晶画面にお孫さんの顔などを映すことができれば親しみやすさはだいぶ違うでしょう。いずれのアイデアも、自分たちだけではなかなか出てこない、地に足の着いた視点や発想だと思います。
開発人材の採用においても、サポートをいただいています。当社はいわき市に新たに開発拠点(「いわきベース」)を開設するなど、現地でさまざまな形でエンジニアを募集していますが、福島イノベ機構から教育機関や地域住民にプレゼンする機会をいただくなど、積極的な発信にも伴走していただいています。
―「AI生活会話見守りスピーカー」の試験運用(実証実験)が、2025年度に川俣町でスタートする予定です。
斎藤:
試験運用に向けて、目下、力を注いでいるのは、地元の方々とのコミュニケーションです。事業計画の狙いや、それによって実現する地域のベネフィットをご理解いただけなければ、実証実験にも前向きにご参加いただけません。高齢者のサロンに足を運んで仲間にしていただき、定期的にヒアリングをしたりしていますが、今では皆さんとの積極的な交流を私自身のほうが楽しんでいるように思います。
福島イノベ構想への参画が決まってから僕の生活は激変し、生活拠点の半分は東京、もう半分は福島になりました。福島に帰ってきた際は、夜は必ず居酒屋で食事をするようにしていて、ずいぶん地元の方々との親交を深めることができました。事業を成功させ、地域に喜んでいただくためには、「人とのつながり」が何よりも大切なことだと考えています。
―事業成功のためには、川俣町をはじめ、現地のコミットがとても重要になりますね。
斎藤:
はい、川俣町の担当の方も非常にフットワーク軽く動いてくれますし、藤原一二町長も事業に対していつも前向きな姿勢を示してくださいます。熱意を持ってサポートしていただけるのは、それだけ単身高齢者のケアの問題が切実なのだと受け止めています。
川俣町の試験運用では、実際に地元の高齢者に「AI生活会話見守りスピーカー」を使っていただくことで、他にはない貴重なデータの採取を期待できます。適切に開発にフィードバックすることで、製品の完成度とソリューションの質がどんどん高まります。皆さんの熱い思いに、しっかりと結果で応えなければならないと気を引き締めています。
「バトンをつなぎたい」。次世代を後押しする福島イノベ構想に期待
―川俣町での試験運用も踏まえた、「AI生活会話見守りスピーカー」の出口戦略について教えてください。どのような将来展望をお持ちでしょうか。
斎藤:
「AI生活会話見守りスピーカー」の核心的な部分は、ハードではなく「会話エンジン」というソフトです。これをモジュール化して国内外にライセンスアウトすることができれば、十分にマネタイズできると見込んでいます。事業拡大に伴って、必然的に大規模なメンテナンスセンターやコールセンターが必要となってくるでしょう。このように「会話エンジン」を起点にした産業を福島に育て上げることが、当社の使命だと考えています。ただ、僕自身は60代ですし、語弊があるかもしれませんが、やるべきことはやり尽くした感があります。
―いわゆる「ゼロイチ(0→1)」に取り組んできたが、「1」以降については後進に委ねるということでしょうか。
斎藤:
「シーマン」を含め、これまで僕が得意としてきたのは、まだ世の中に存在しない製品やサービス、価値を作り出すということ。事業を軌道に乗せる、さらには事業を拡大し、産業にまで発展させる、つまり「1」を「10」にも「100」にもしていくのは、それこそ福島に生きる若い世代に担っていただきたいと考えています。僕の役目は未来にバトンを渡すことですね。
―最後に、福島イノベ構想に期待することを教えてください。
斎藤:
福島イノベ構想は、廃炉、ロボット・ドローン、エネルギー・環境・リサイクル、農林水産業、医療関連、航空宇宙などの分野におけるプロジェクトの具体化を進めています。これらのテーマはすべて、詰まるところは「人口減少や高齢化への対処」につながっているのではないでしょうか。
僕のように60歳の“おじいちゃん”がベンチャー企業の社長をしている。これこそ高齢社会の日本の現実です。日本社会は人口減少と高齢化で閉塞感が漂いますが、いつの時代も、行き詰まった世の中に風穴を開けるのは、「ロック」な精神を体現する若い世代です。創造や変革への熱い思いと揺るがぬ意志を持つ若人の取り組みを長い目でサポートし、世界へと飛躍させる。福島イノベ構想には、そんな若い世代やベンチャー企業、スタートアップの揺籃の場としての機能に期待したいですね。
シーマン人工知能研究所
シーマン人工知能研究所は、かつて開発した会話ゲーム「シーマン」での知見を生かし、人間とコンピュータが、日本語口語でコミュニケーションするためのツールを開発している会社です。近年では、会話中の「音」がもたらす文法的規則性に着目した「日本語会話エンジン」の開発に取り組んでいます。