リーダーシップ

福島発のイノベーションを先導し、次なる時代を創るリーダーたちの想いに迫ります

「浜通りを、もっとワクワクする場所に」。信念を持って、イノベーションを加速させていく
――斎藤保インタビュー(福島イノベーション・コースト構想推進機構 理事長)

2023年03月31日

斎藤

福島イノベーション・コースト構想推進機構 理事長

東京大学工学部卒業後、1975年4月石川島播磨重工業(現IHI)入社。2006年6月執行役員航空宇宙事業本部副本部長、2012年4月代表取締役社長、2016年4月代表取締役会長、2020年6月相談役(現)、2023年4月国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)理事長。2018年10月から、福島イノベーション・コースト構想推進機構理事長

福島復興の切り札として、浜通り地域などの新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」。これを推進する中核的な機関「福島イノベーション・コースト構想推進機構」(福島イノベ機構)は2017年7月の設立以来、積極的な活動を続けてきた。浜通りへの企業立地件数はすでに400件を超え、教育・人材育成、交流人口の拡大などにまい進。機構を率いる斎藤保理事長に、福島イノベ機構の今後の動きと、リーダーとしての心構えを語ってもらった。

理事長就任から4年。貫く、「三現主義」の実践

―2018年10月に「福島イノベーション・コースト構想推進機構」の理事長に就任されてから4年が経ちました。理事長就任を決断された「決め手」を教えてください。

斎藤:
とにもかくにも「福島の役に立ちたい」という思いがありました。私が福島・浜通り地域と初めて関わりを持ったのは、1998年に私が勤務する株式会社IHI(当時・石川島播磨重工業株式会社)が相馬市に工場を立ち上げることになったのがきっかけです。

個人としてもIHIとしても、相馬市とのご縁は初めてのことでしたので、はたして地域の方々に心から受け入れていただけるのか、少なからず心配もしていました。ところが蓋を開けてみると、そんな不安はすぐに消え去ってしまいました。ありがたいことに本当に温かく迎え入れていただき、工場建設はもちろんのこと、弁当・給食の手配業者の紹介などに至るまで、あらゆるご協力をいただいたのです。そこから東京本社の航空宇宙事業部に帰任するまでの約1年間、濃密な時間を過ごすことができ、今につながる関係を結べたものと感謝しています。以来、相馬市や浜通り地域、そして福島県に深い愛着を持っています。

だからこそ、2011年3月11日、あの東日本大震災が起きたときには、すぐにでも相馬に駆けつけたいとの思いが巡りました。ただ当時の私は、資材の調達やコストダウンなど生産環境を管掌する取締役だったので、眼前の職務を投げ出すわけにはいきませんでした。現地の方々が頑張っておられる姿に、私自身は後方から福島復興を全力でサポートしようと静かに決意を固めていました。

福島イノベ機構の「理事長」にとお声がけいただいたのは、そうした折でした。正直に申し上げると、一度はお断りしたことも事実です。ただ、国や機構の設立に奔走するスタッフの方々の熱意に触れるにつけ、理事長という重職を引き受けようとの意を決しました。

―さまざまな公職・要職に就かれていますが、なかでも「福島イノベ機構の理事長」として日ごろ意識されていることや心がけていることを教えてください。

斎藤:
IHIで長く経営をリードしてきた期間を含めて、常に「三現主義」を提唱してきました。福島イノベ機構の職員にも、それは変わらずに伝えています。三現とは「現場・現実・現物」のことですが、現場には改善や発明に向けた非常に多くのヒントが隠されています。そこに気がつけるかどうか、そして積極的にアクションできるかどうか、組織を巻き込んだ動きにつなげられるかどうか。現状に満足せずに、自ら考えながら動く姿勢がとても大切です。職員に対してもそうした意義を発信し続けるとともに、自らもできるだけ現場に出向き、体験を積み重ねて深く思考しながら、適切なアウトプットにつなげることを心がけています。

現場の体験で今も強く脳裏に刻まれているのが、帰還困難区域に足を踏み入れた際の衝撃です。それまでにもテレビなどを通じて、東日本大震災の凄惨な映像を目にしていましたが、現実は想像以上に過酷な状況でした。誰も住んでいない街には、倒壊したまま放置された建物がそこにあり、周囲には草が茂るに任せた光景が広がっている。荒れ果てた姿を目の当たりにして、えも言われぬ感情がこみ上げてきたことを今も鮮明に思い出します。

一方で「絶対に風化させてはいけない」という思いを新たにした瞬間でもありました。福島には、世界で唯一、原子力発電所事故を伴った自然災害、いわゆる複合災害の経験が蓄積されています。東日本大震災がどのような出来事だったのか、そこにどのような営みがあったのか。我々は、震災から今に続く記録と記憶を忘れずに、とどめておかなければなりません。後世に伝え、語り継いでいくことも重要な責務です。その役割を担う「東日本大震災・原子力災害伝承館」(双葉町)の運営を福島イノベ機構が担っているのも、とても意義深いことです。伝承館には常勤の研究員もいますので、彼らの今後の活躍にも大いに期待しています。

また「体験価値」という点で強く印象に残っているのが、2021年に「福島ロボットテストフィールド」で催された「World Robot Summit 2020 福島大会」です。もともとは2020年に開催予定のイベントでしたが、猛威を振るった新型コロナウイルス感染症のために開催を1年延期し、2021年10月にようやく開催することができました。日本だけではなく、世界中から競技出場チームが来場し、県内外から多くの方々が福島ロボットテストフィールドに来てくださいました。なかでも、たくさんの子どもたちが目を輝かせる姿はとてもすがすがしく、こうした体験の機会を充実させる意義を改めて体感することができました。

多彩な人材が集い、イノベーションに伴走支援

―現在までの「福島イノベ構想」の進捗について、手応えはいかがでしょうか。

斎藤:
いわゆる「イノベ地域」と呼ばれる、浜通り地域15市町村への産業集積を着実に進められていると考えています。2022年10月時点で、企業立地件数は410件を数え、雇用創出人数が4,740人を数えるのは、一定の成果ではないでしょうか。また、福島イノベ機構が運営を担う福島ロボットテストフィールドにも研究室を構える動きが続き、17の企業・団体に入所いただいています(2023年3月時点)。福島ロボットテストフィールドは、陸・海・空のフィールドロボットの一大開発実証拠点であり、無人航空機や災害対応ロボット、水中探査ロボットといった技術開発・実証する「世界に類を見ない施設」として、認知が高まってきたと考えています。

引き続き、開発や実証などに取り組む企業の新たな誘致や、実証プロジェクトへの参加促進、地元企業との連携、創業を目指す新しい事業者への支援、さらには地域産業に貢献する人材の育成などを通じて、福島・浜通り地域の産業集積に厚みを持たせる取り組みを展開していきます。

―“空飛ぶクルマ”に象徴されるように、災害対応ロボットや防災DXなどの分野で、浜通りを起点に続々とイノベーションが誕生しています。そして、これらのイノベーションに伴走し、福島イノベ構想の具体化を進める役割を福島イノベ機構が担っています。どのあたりを、福島イノベ機構の強みだと考えていますか。

斎藤:
福島イノベ機構の強みは、バラエティに富んだ人材そのものだと理解しています。職員数は現在140名超ですが、彼ら一人ひとりのバックグラウンドが実に多彩で、国や県、地元の市町村、国立研究開発法人や独立行政法人、中小機構などの公的機関、グローバルに活躍する県内外の有力企業、大学・教育機関出身とさまざまです。私以外にも、長く経営の任に当たってきた企業人や有識者を理事・評議員・参与として迎え入れており、福島イノベ構想の推進に不可欠な異分野間の連携が充実していることも大きな特徴といえます。

加えて、多くの関係機関と連携協定を結んでいるのも、特徴の一つです。具体的には、総務省消防庁、福島相双復興推進機構、福島県信用保証協会などの公的機関、ソフトバンクや東邦銀行、あぶくま信用金庫、それからスパリゾートハワイアンズを運営しておられる常磐興産とも連携協定を結びました(その後、2023年3月14日に会津大学とも締結[本記事の取材日は2023年1月])。常磐興産とは、浜通りの観光資源を生かした誘客拡大や、スパリゾートハワイアンズをはじめとする施設を利用した実証実験にご協力いただく予定です。

―多彩な人材が、さらに多様な連携や緊密な関係を築き、新しい何かを生み出そうということですね。一方で、今後に向けた課題があれば、お聞かせください。

斎藤:
福島イノベ機構の役割は、①情報発信すること、②地域に経済効果をもたらすこと、③人材を育成することの3つです。

それぞれに課題があると考えていますが、まず1つ目の情報発信についても、もっとできること、やらなければならないことが山積しています。その筆頭は、福島県内をはじめ全国、あるいは世界に向けて「福島イノベーション・コースト構想」の名称と実態を浸透させること、そのための適切な発信を充実させたいと考えています。

ただ、冠にもなっている「イノベーション」という単語は、ビジネスパーソンには馴染み深いものの、一般の方々には“取っつきにくい”印象があることも自覚しています。そこを変えていき、もっと分かりやすく伝える必要があります。そもそも「イノベーション」とは、オーストリアの経済学者J.A.シュンペーターが1912年に刊行した『経済発展の理論』で提唱した考え方ですが、これによって産業界と生活者の分断を起こすのではなく、共に手を携えた交流を促していかなければなりません。この町に暮らす方々に「イノベーションは実は身近にある」と感じてもらえるような情報発信、ということですね。

―具体的にはどのような施策でしょうか。

斎藤:
たとえば浜通り地域全体を、地域住民を巻き込んでいく広域のサンドボックス(実証実験が行いやすい空間)化することも一案でしょう。すでに南相馬市のJR常磐線・原ノ町駅前のホテルには、福島ロボットテストフィールドに入居する企業が開発した清掃ロボットが導入されています。レストランや商業施設など、誰もが利用する身近な場所でロボットを活用する事例が増えていくと、地元の方々にもイノベーションへの理解をより深めていただけるものと思います。

―実生活の中でイノベーションに触れることは、 直感的な理解につながってきますよね。2つ目、3つ目の役割については、いかがでしょうか。

斎藤:
イノベーションの定義はさまざまありますが、私は「単なる技術的革新によるものだけでなく、既存の技術や知識を組み合わせることで新たな価値を創出し、社会的に大きな変化をもたらすこと」と捉えています。既存の技術や知識の組み合わせを促進するためには、人が交わる場や機会が重要です。福島イノベ機構が中心となって、日本中あるいは世界中から優れたアイデアを持つ事業者・人材を福島に呼び込むための支援を粘り強く続けることが、地域の産業競争力を強化し、ひいては強い地域経済を創出すると思っています。

一方で、東北、とりわけ福島県は東西ラインのつながりが強くなく、人流という意味では不利になりえるため、今後はその解決策も考えていかなければなりません。また、東北以外でも、特に技術が集約する東京などの都市圏から、あるいはもう少し視野を広げると、諸外国から浜通りへのアクセスを向上することが重要です。そのためにはインフラ整備が鍵になってきますが、ポジティブな動きが続いています。たとえば福島ロボットテストフィールドでは、空飛ぶクルマを開発しています。そうした技術を活用すれば、仙台空港・福島空港と、浜通り地域との間を約30分で往来することも可能になってくると思います。福島ロボットテストフィールドで培われた技術で、先進性と利便性を兼ね備えた交通手段の確立を期待しています。

「シリコンバレーのように、浜通りを“ワクワク”があふれる場所に」

―人材育成が福島イノベ機構の役割の一つだとのお話がありました。浜通り地域で次世代のリーダーが多く育つためには、どのようなことが必要でしょうか。ご経験に照らしてヒントをいただけますか。

斎藤:
一つには、人材育成の方法を見直していくことも必要ではないでしょうか。公式に当てはめて正解を導くことも重要ですが、一方で、自ら問いを設定し、自ら考えて答えにたどり着くという経験が人の成長を加速させ、自律的に育っていく――これが、これまでの経験に基づく私の実感です。

たとえば、自分で社会課題を見つけてきて、その解決に自分なりに取り組んで答えを出す。正解は一つではありませんし、すぐに答えに至ることも難しいでしょう。ですが辛抱強く続けていくことで、必ず自分なりの答えにたどり着けるはずです。先日出席した、「福島イノベーション・コースト構想シンポジウム」(2022年12月実施)では、まさにこうした研究成果の発表があり、非常に頼もしく、感銘を受けました。福島県内の高校生2名が、日ごろの暮らしから着想して、社会課題に対して見事にアプローチされていました。

―若い世代の活躍が、浜通りの未来をつくっていくのですね。最後に、福島・浜通り地域の復興と産業基盤の構築に向けた展望をお聞かせください。

斎藤:
福島イノベ構想をさらに推進していくためには、アカデミアの助けが不可欠です。その点で、2023年4月に福島県浪江町に「福島国際研究教育機構」(F-REI)が新たに設立されることは、大きな後押しになります。現在もさまざまな大学にご協力いただいていますが、そこにF-REIとの連携強化が加わるのは、心強く、大きな期待を寄せています。私たち福島イノベ機構には、アカデミアが研究・開発した技術を実証フェーズ、その先の産業・商業ベースへとつなげる出口部分までの支援が期待されています。産学の連携をより深めて、まい進していきます。

また浜通り地域には、「福島ロボットテストフィールド」や「福島水素エネルギー研究フィールド」(FH2R)を中核に、多くの研究機関や企業が集結しつつあることを、先ほど紹介しました。企業の多くが研究開発型のスタートアップであるため、資金面や技術実証などの手厚いサポートを続けていき、育成に貢献していきたいと思います。

こうしたことを通じて産業集積がさらに進み、浜通りの全域にイノベーションのエコシステムが生まれることが、福島イノベ機構が目指すところです。エコシステムが形成されれば、外部から人材が集まると同時に、内部でも人材が育つという好循環も生まれるはずです。

そして何より、浜通りを人の集まる場所にしていきたいですね。実はシリコンバレーと浜通りの全長は同じくらいで、イノベーションを生み出す素地に共通項も少なくありません。浜通りには、すでに福島ロボットテストフィールドやFH2R、東日本大震災・原子力災害伝承館があり、人が集まる「理由」ができつつあります。さらにたとえば、浜通りで研究・開発した自動運転バスや空飛ぶクルマが実際に往来するようになると、何だか現地に行ってみたくなりますよね。「浜通りに行けば何か面白いことがあるぞ」というワクワク感をつくり上げていきたいのです。

浜通り地域全体が賑やかになって、さらにそこに暮らす方々が「私たちはこんなに魅力的な土地に住んでいる」と誇らしい気持ちになれる。日本、さらには世界に先駆けた取り組みを発信していきながら、そうした流れをつくっていきたいと思っています。

福島イノベーション・コースト構想推進機構

福島イノベーション・コースト構想の中核的な推進組織として、2017年7月に福島県が設立した法人であり、福島復興再生特別措置法に基づく「重点推進計画」(2018年4月25日 内閣総理大臣認定)においても、「福島イノベーション・コースト構想」推進の主要な実施主体として位置づけられた。2019年1月より公益財団法人へ移行している。構想の実現に向け、①産業集積・ビジネスマッチング、②教育・人材育成、③交流人口の拡大、④拠点施設の管理運営、⑤情報発信の5本柱を中心に、ソフト面の取組支援を展開している。