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2021年秋、東北大学の学生たちが企画・運営した1泊2日のツアー、「パレットキャンプ福島」が双葉町・富岡町を舞台に開催された。2011年の原発事故以降、全住民が避難している双葉町の復興まちづくりを支える多様な人材の確保と継続的な関係性を構築することを目的に企画されたこのツアーは、「震災・原子力災害から教訓を学ぶ」といった堅苦しさをできるだけ排除し、星空観賞会や早朝ヨガなど、だれでも気軽に楽しめる内容にしたという。ツアーは10月23~24日と11月20~21日の2回実施し、計32名が参加。年齢も国籍も多様なメンバーが笑顔で交流を深め、ツアー終了後もオンラインコミュニティでつながり続けている。企画した小林雅幸(こばやし・まさゆき)さん、トリシット・バネルジーさん(インド)、スワスティカ・ハルシュ・ジャジュさん(インド)は、一般社団法人双葉郡地域観光研究協会(以下F-ATRAs)のバイリンガル・インターンチームだ。本ツアーの意図、実施後の感想、今後の計画について、チームの3人およびF-ATRAs代表、山根辰洋(やまね・たつひろ)さんに話をうかがった。
双葉町コンテンツを満載した
パレットキャンプ福島
まず、本ツアーの発案者である小林さんに旅程を聞いた。
参加者はJR富岡駅に集合。同町内にある双葉郡の総合情報センター「ふたばいんふぉ」でブリーフィングを受けた後、富岡町の震災伝承施設「とみおかアーカイブセンター」を見学した。次に双葉町産業交流センターに移動し、コワーキングスペース「FUTABA POINT」でアイスブレイクセッション。ここでは参加者同士のコミュニケーションを促すため、自己紹介ではなく他人を紹介する他己紹介を行うなど工夫したという。
その後、双葉町産業交流センター隣の復興祈念公園で、その日の夕食会場となるテントを全員で設営。提供された食事は、双葉町出身の料理研究家のレシピを県産食材を使って再現したものだ。郷土料理に舌鼓をうった後は、夜空を見上げて星空観賞。といっても当日は見事な満月で、「月見の会になった(笑)」そうだが、参加者たちは大いに満喫した。
その晩は双葉町に2021年5月に開業したばかりのホテルARM双葉に宿泊。翌朝5時半、再び復興祈念公園に集合し、インターンチームのインド人学生トリシットさんとスワスティカさんの指導によるヨガを楽しんだ。
2日目午前中のアクティビティは、双葉町内の散策だ。内容は、JR双葉駅を基点に町内を歩きながら、町の歴史、震災前の営みから復興の軌跡、未来の姿までたどれるように構成されている。代表の山根さんは、「映画を見るように起承転結(ストーリー)のあるツアーになっている。最後は参加した人自身もこのストーリーの一部になり、双葉町の友人として関心を持ち続けてほしい」と語る。
そして一行は最後に、東日本大震災・原子力災害伝承館を見学し、再び「FUTABA POINT」でクロージングセッションに臨んだ。といっても堅苦しいワークではなく、2日間の感想とこれから何をしたいかを話してもらうだけの予定だったが、「その内容がとても濃かった。この地域の課題についての議論が自然と始まった」と小林さんは言う。
パレットキャンプ福島はもともと、インターンチームと同世代の若者向けに企画されたものだ。だが、ふたを開ければ高校生から60代まで幅広い世代から申し込みがあり、中には親子での参加もあったという。また、チームの語学力を活用した広報も運営もバイリンガルとしたことで、参加者の3割程度は外国人。その国籍もインド、フィリピン、カナダ、ナイジェリア等々と実に多様だ。これほど属性の異なる16名(各回)が共有した時間は、かなり刺激的だったはず。全員にとって忘れられないツアーになったに違いない。
被災地ブランディングを排し、
まず双葉町を好きになってもらうことから
「こんなカジュアルに訪れる導線がなければ、双葉町に一生来ることはなかったと思う。このツアーに参加して改めて被災地の問題を考えるきっかけをもらった」。これは、パレットキャンプ福島参加者が寄せた数多くのポジティブな感想の中でも、山根さんの心に残っている一言だ。
「震災とか、原発事故とか、学びとか、そういったものを可能な限り排除して、双葉町そのものを楽しみ、好きになってもらうというコンセプト」で実施したツアーだったが、それでも町を歩けば否応なく目に飛び込んでくる風景がある。山根さんは、「ツアーの中で参加者同士が自然と双葉町のこと、震災のことを話してくれる。そんな環境がとても良い雰囲気を生んでいた」と、インターンチームが生み出した成果に満足気だ。
ツアー発案者の小林さんの出発点は、「この地域に関心を持ってもらうきっかけは震災や原発事故だけでなくていいはず」という考えだった。
「”被災地”というワードでブランディングしてしまうと、双葉町の名前は記憶に残らない。そうではなく、双葉町そのものを知り、覚えてもらうためのアプローチを考えた。地域の課題について『考えてください』と言わなくても、ここに来てくれさえすれば誰でも自然と考える。自分がそうだったから」
小林さんもスワスティカさんも、F-ATRAsがトリシットさんの力を借りて外国人向けに造成したモニターツアーで初めて双葉郡を訪れた。そして自然と、自分なりの形でこの地に関わるようになったという。パレットキャンプ福島最大の意図は、そういう人たちのコミュニティを広げていくことだ。
「これからの双葉町の地域づくりを考えたときには、被災地として世の中から広く注目を集めるより、小さくてもいいから町への愛着を感じる人々の輪を重ねていく方が大切だと思う。千人が見学に来るよりもパレットキャンプに参加した32人のコミュニティの方に意味があるはず」と小林さん。
そのコミュニティはツアー終了後もオンラインで継続している。slackというツールを使って地域の情報を発信・共有しているほか、メンバーからの新しい提案なども出始めているという。行って終わりではない、ずっと関心を持ち続けてもらえる仕組みが用意されているのだ。小林さんらは、今回の参加者の中から将来のツアーの運営側に回る人が現れ、そうやってコミュニティが自律的に発展していくことも想定している。
10月・11月のパレットキャンプ福島は、福島イノベーション・コースト構想推進機構からの受託事業として、参加費無料のモニターツアーという形で開催された。5月に企画する次回からは有料となる。それに向けて、3人は「さらにツアーコンテンツを充実させ、参加者個別のニーズにもきめ細かく応えたい。また地域の人たちとの接点をもっとつくりたい」と意気込む。
双葉町は2022年6月以降に特定復興再生拠点区域の避難指示解除を目指す。帰還する住民の数が見通せない中、交流人口・関係人口の創出が地域の将来のカギを握る。「観光という手法を使った地域づくり」を目指すF-ATRAs山根さんのもとで、伸び伸びと活躍する若者たち。彼らの発想と行動力は、より多くの人たちを巻き込みながら、次のステージへと向かっていく。
パレットキャンプ福島
一般社団法人双葉郡地域観光研究協会が運営する、双葉町を中心とした原発事故被災地で過ごす1泊2日のツアー。2021年度は10月23~24日と11月20~21日の2回、福島イノベーション・コースト構想推進機構の受託事業として開催し、東北および関東圏から各回16名、計32名が参加した。内容は同協会の大学生インターンチームが発案・企画したもの。星空観賞会やヨガなど、若者が気軽に楽しめるコンテンツを通し、自然と地域の課題を考えるように設計されている。