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2023年12月9日、福島県広野町の福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校で、第8回目となる福島イノベーション・コースト構想シンポジウムが開催された。約200人が来場し、オンラインによる同時配信を約60人が視聴した。今回のテーマは「イノベ構想が拓く未来、惹きつける地域に向けて」。これまで積み上げてきた取組成果を踏まえ、地域の発展や活性化に必要な人やモノを「惹きつける地域」を創造するためにすべきことについて議論した。当日のシンポジウムの模様をダイジェストで報告する。
シンポジウムの開催にあたり、主催者を代表して、斎藤保・福島イノベーション・コースト構想推進機構理事長が挨拶し、来賓の鈴木正晃・福島県副知事、平木大作・復興副大臣、吉田宣弘・経済産業大臣政務官、遠藤智・広野町長から挨拶を頂戴した。
基調講演「交流創造による福島イノベーションコースト地域の未来」
清野 智 氏(東日本旅客鉄道株式会社 顧問、イノベ機構参与)
東日本旅客鉄道株式会社顧問の清野智氏(イノベ機構参与)は、まず、イノベ構想の役割を改めて会場と共有し、交流の創造には、さらなるアピールが必要であるとの課題認識を示した。そのアプローチとして、①イノベ構想ウェブサイトのさらなる認知向上、②リアル参加型コンテスト・イベント等の継続実施、③地域おこしのアイデア募集、④産業ツーリズム聖地としての知名度向上、の4点を挙げ、それぞれのアプローチについて具体的なアイデアを披露した。
清野氏は特に、若者にイノベ地域を知っていただくための活動に力を入れるべきだと説いた。地域の熱意を伝えるために、イノベ地域で活動している人を前面に押し出すこと、情報発信の手段はSNSや動画など、若者に馴染みのあるメディアを活用すること、また、テーマ性のあるツーリズムを企画すること、さらには、イノベ地域だけで閉じて仕組みを考えるのではなく、中通りや会津地域とも連携して観光の流れを作り出す視点が必要だと訴えた。
また、「福島イノベーション・コースト構想」は、構想から実行・実現の段階に移っているとの認識に基づいて、福島イノベ地域を「福島イノベーション・コースト」と改称し、周知を図ってはどうかと提案した。米国シリコンバレーを引き合いに出し、産業集積を進めつつ、ロボットやドローンなどの独自性をPRすべきだとして、「若い人がこのエリアに集まって来られるように、皆さんと一緒にこの地域を盛り立てていきたい」と結んだ。
取組紹介「誰もが気軽に宇宙を使える未来を創る」
小田 翔武 氏(AstroX株式会社 代表取締役CEO)
産業集積に向けた取組紹介では、南相馬市に本社を置くAstroX株式会社代表取締役CEOの小田翔武氏が、宇宙産業の将来性について語り、人工衛星を打ち上げるのに必要な小型ロケットの需要が増加していると紹介した。人工衛星を載せたロケットは、地球の自転速度を有効に利用するために東や南に打ち上げられることが多く、この方角が海域である日本は地政学的に優位であると指摘。さらに技術力に優れ、サプライチェーンも整っていることから、「日本は宇宙開発のポテンシャルが世界一である」とした。
小田氏は同時に、日本がその優位性を生かし切れていないと指摘し、最大の理由が、人工衛星の軌道投入に不可欠な打ち上げロケットの不足を挙げた。同社ではこの課題解決に向けて、低コストのロケットを機動的に打ち上げるシステムの実用化に取り組んでいる。具体的には、小型ロケットを気球に吊り下げて成層圏まで運び、高度地上20km程度の成層圏から発射することで、ロケットを小型化・低価格化できるほか、成層圏までは気球でロケットを運ぶため、地上の大規模な発射設備が不要で、地上でも洋上でも発射が可能になるという。実用化の目標時期は2028年度。2030年度にはロケットの量産体制を構築し、年間50機を打ち上げたいと説明し、「日本の宇宙産業が産業としてスケール(規模拡大)していくことに貢献したい」と語った。
取組紹介「浜通りの名産品開発と関係人口づくり」
MYSH合同会社 南相馬支社長 後藤 彩 氏
イノベ機構では、イノベ地域に人を呼び込むためのコンテンツを増やし、事業として成立させることなどを目的に、2021度から「地域の価値向上に向けたブラッシュアップ事業」を実施している。今回、その採択企業の1社である、MYSH(マイッシュ)合同会社南相馬支社長の後藤彩氏が、浜通りの関係人口作りと、畑を活用した商品開発への取組について発表した。
「輝く事業や人を生み出すのが役割。地域の仲間と面白いまちを作りたい」と抱負を語った後藤氏は、浜通りに移住したメンバーとともに、南相馬市の移住相談窓口を運営し、移住経験者ならではの視点で移住を検討している人のサポートや情報発信を行う。首都圏の若者向けに地方課題解決と自己実現を両立させる起業プログラムや、南相馬で仕事と暮らしを体験できるプログラムのほか、農業に関わる新規事業創出と域外の関係人口増加を狙ったシェアファーム事業を実施している。
イノベ地域の紹介ツアーにはこれまで50人が参加。ツアーに参加した方が、次年度には商品開発に関わるなど、継続的な参画が実現できていると説明したほか、地域の価値向上については、イノベ地域への進出企業との連携や、浜通りの地域の方々との交流を積極的に実施しているという。目下、浜通りで栽培するパクチーの加工食品を名産品として打ち出すための商品開発に取組んでおり、2024年にインターネットでの販売、ふるさと納税返礼品としての採用も目指す。民家を自分たちで改装し、飲食店を併設した、製造拠点も開設予定であると紹介し、「関わり代(しろ)がたくさんある。熱量ある方をさまざまな接点に巻き込みながら、活躍する人や事業をつくりたい」と意気込みを語った。
取組紹介「12市町村移住の成果と課題」
ふくしま12市町村移住支援センター センター長 藤沢 烈
東日本大震災と原発事故により避難指示を受けた福島県浜通り12市町村では、地域の復興が進み、産業集積の度合いが増してくるのと並行して、地域と産業を支える人材の不足が課題となっている。ふくしま12市町村移住支援センターは、移住に関心のある方を12市町村に誘導すべく、全国への情報発信や移住者向けの求人発掘に努めるとともに、移住体験ツアーやイベントを実施してきた。ふくしま12市町村移住支援センターでセンター長を務める藤沢烈が、これまでの活動の成果と課題を報告した。
一連の活動の成果として、2022年度の移住者が601人と、移住施策を始めた2020年度(213人)の約3倍に増加しているという。移住認知のためのメディア活動も実施し、12市町村を舞台にしたドラマ「姪のメイ」は約260万人が視聴し、YouTubeの12市町村移住動画も約30万人が閲覧した。また、センターのウェブサイトにはこれまでに約390万人が訪問し、移住メールマガジンには約3800人が登録し、移住関心層の巻き込みに成功した。12市町村の移住促進に関する取組の認知は首都圏で3人に1人となっていると説明した。雇用面では、センターのホームページで約240社の求人を掲載し、全国の転職フェアにも出展した結果、これらの求人に2000人以上のエントリーがあったと報告した。
今後の課題は住宅の確保と定着の支援にあるとし、仕事を得ても住宅の供給量が不足していたり、家賃が高額であったりするために、誘致した移住者が地域の外に居住する例が少なくないと明かした。また、原発事故による長期の避難に伴って、移住者の定着に向けた十分なサポートを地域のコミュニティーが担うことが難しくなっており、定住のサポート体制を築いていく必要があるとの課題認識を会場と共有した。
取組紹介「双葉郡の水生昆虫と環境保全」
福島県立ふたば未来学園高等学校2年 林 佳瑞 さん
林佳瑞さんは、自らが所属する自然科学・地球環境探索ゼミでの活動成果を披露した。かつては県内最大級のタガメの産地だった双葉町。ただ、学術論文を調べたところ、双葉町を含む双葉郡について、震災後に確認できた水生昆虫の記録は3件にとどまっていたという。野生生物については、絶滅の恐れのある種をリストアップした「レッドリスト」が存在するが、記録が少ない現状では双葉郡における正確なレッドリストの作成ができなくなる可能性が高いと考えた林さんは、約20カ所で自ら水生昆虫の採集をした。すると、福島県版のレッドリストである「ふくしまレッドリスト」に指定された5種を含め、計46種を確認できたという。
また、採集の際に、復興工事に伴って池や沼が減少する様子を目にし、水生昆虫が生息可能な地域であるために何ができるかを模索した。ドイツ・フライブルクの視察で知った「木を1本切ったら、1本植える」活動に着想を得て、人工的に水辺を作る活動が有用かもしれないと考えた林さんは、学校内にビオトープ(特定の生物群集が生息できるような環境を備えた生物生息空間)を造成したところ、4カ月後に5種の水生昆虫の生息を確認した。繁殖が行われている証である幼虫も確認できたため、ビオトープが保全に有用ではないかとの認識を示した。今後はビオトープ普及にも取組みたいと語り、再開した水田をビオトープとして活用するアイデアも披露した。
最後に林さんは、「双葉郡、浜通りは環境にも配慮した地域になってほしい」との思いを訴え、地域での産業の発展と環境保全の両立を実現できれば、浜通りを国内外に発信する上での強みになるはずだと提案した。
トークセッション
「イノベ構想が拓く未来、惹きつける地域に向けて」
基調講演・取組紹介に登壇いただいた清野氏、小田氏、後藤氏に再登壇いただき、福島県立ふたば未来学園校長の郡司完氏、福島国際研究教育機構(F-REI)(以下「F-REI」)理事の木村直人氏とともに、シンポジウムのテーマである「イノベ構想が拓く未来、惹きつける地域に向けて」について意見を交換した。モデレータは、ふくしま12市町村移住支援センターの藤沢が務めた。
まず、イノベ地域に進出した企業にイノベ地域を選んだ理由を問い、併せて、そこから導かれる誘致のポイントについて質問した。
小田氏は、立地条件や宇宙産業に関わる関連産業の集積などに加えて、南相馬市の対応スピードの早さが決め手になったと明かした。「スタートアップ企業にとっては対応の早さがすごく大事。『今年度検討して来年度に動き出します』では事業を動かすことができない」と語った。後藤氏は、「(生活面でも地域の事情に詳しくない)自分たちと同じ目線に立って地域を紹介してくださったことが大きい」と明かし、「『面白そうかどうか』が行動のきっかけになる。自分たちが地域を楽しみ、面白がっていることを共有することが大事」と語った。
2023年4月に浪江町に設立されたF-REIの木村理事は、「『創造的復興の中核拠点になる』とのミッションのもと、研究開発を中心に事業を推進していく」と組織を紹介し、最初の事業期間である2029年までの7年間で50の研究ユニットができ、500人程度の研究者・技術者の就業を見込んでいると明かした。うち、海外の研究者・技術者は希望として3割程度を想定しており、研究や事業を支えるスタッフを加えるとF-REIで700-800人の就業を見込んでいると説明した。
次に、イノベ地域が、もっと人やモノを惹きつけられる地域になっていくために必要なことと、惹きつける地域の共通点を探った。
清野氏は、「適度な危機感を持ち、情報交換をしながら、熱意を発信していくことが大事。地元の人たちが本気になってそれぞれの立場で情報を発信することが必要」と指摘し、個人のSNSやイベントなどを通じて地域のありたい姿を伝え、人材を求めているというメッセージを発信すべきだとした。その際は、「枠組みを伝えるだけでなく、イノベ地域で何かをなし遂げようとしている若い人が、自分の言葉で、画面から熱意が伝わる形で当事者の思いを熱く語ることで、そこに加わりたいと思う若者を惹きつけることができるはず」とアドバイスした。
福島県立ふたば未来学園の郡司校長は、イノベ地域で創造的な教育を実践してきた立場で、「多くの生徒がこの地域の復興の力になりたいと考えている。その思いが教育の光となっている」と語り、同校が取り組んでいる課題解決型の教育活動などについて紹介した。「実感として、当校の卒業生は地域への帰還率が高い。また、避難などでいったん地域を離れても、『この学校で学びたい』と戻ってくる生徒もいる。魅力ある教育活動を県の内外に発信し続けていることが、地域に人を惹きつける要素の一つになっていると思う」と語った。
ここでモデレータの藤沢が、これまでの議論を踏まえて「地域のサポート」「魅力の発信」「誘引となる中核的な場ができていること」が人やモノを惹きつける条件となっているとの中間まとめを行い、さらに惹きつける地域になるためにどのような取組が必要かについて議論を進めた。
小田氏は、企業として事業を成長させることでまずは自社の雇用を増やしていきたいと語り、さらに、イノベ地域は宇宙産業の集積地として多くの関連企業を惹きつけることが可能な立地にあると指摘した。例えば、北海道にロケットの発射基地があるが、本州各地と陸路でつながっているイノベ地域は、製造した機器を輸送する際に輸送のハードルが低いという。「シリコンバレーもスパイラル構造で地域として大きくなっていったので、イノベ地域も『宇宙産業と言えばここだよね』と言われるようになってほしい」と語った。
後藤氏は、「新しいものを作っているという動きがあり、そのためにこの地域に来たり、実際に動いたりしている人がいることを発信していくことが大切」と話した。その情報発信のためには、移住を検討している人の情報交換の場をイノベ地域以外でも設けたり、既に移住している人の連携を促す場を作ったりする活動が欠かせないと話した。
木村氏は、F-REIが「オープン」をコンセプトに活動していると話し、職員一人ひとりが市民として地域に住み、生活することを重視しているため、あえて職員住宅を作るつもりはないと明かした。また、拠点である浪江町だけでなく、ロボットテストフィールドのある南相馬市など、浜通り各所でF-REIの関係者が生活することで、地域にとって身近な存在としての組織になりたいと話した。また、F-REIには人材を育成する教育機関でもあるとして、イノベ地域が研究都市としてだけでなく、学園都市・教育都市としても発展できるとの見方を示し、「地域全体を良くしたいという思いを下支えしていきたい」と豊富を語った。
郡司氏は、福島県立ふたば未来学園を「この地域の教育の核になれば」との思いで運営していると明かし、惹きつける地域にするための活動として「ふるさと創造学サミット」を継続実施しているほか、双葉郡の中学、高校生らが集う交流会「FUTABA 1DAY SUMMER SCHOOL」で各分野のプロに特別授業をしてもらい、生徒の見聞を広げる活動をしていると話した(いずれもイノベ機構主催)。また、文部科学省が高校生へ高度な学びを提供するために構築した「ワールド・ワイド・ラーニング(WWL)コンソーシアム支援構築事業」の事業拠点校として、F-REIと連携しながら新しい教育に取り組んでいるとし、「廃炉が終了する30年後にも輝き続ける学校でありたい」と抱負を語った。
清野氏は、「日本の人にももっと来てもらうために何が必要か」との観点から、「伝承館を一つの柱として、震災の遺構を見てもらうための訴えかけは非常に大事で、この地域の役割でもある」と指摘した。「『何があったのか、これからどうあるべきか』を考える教育の機会として修学旅行を誘致するとよい。ただ、それだけではなくて、地域の自然や、今に残る昔の文化などを調べて、それをセットにして訴求するとよい」と話し、イノベ地域内で、見てもらうべきもの、見てもらいたいものを整理したり、発見したりする活動に期待を寄せた。