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「イノベ構想を実現する英知と人材の集結地へ」──
福島イノベーション・コースト構想シンポジウム2024開催レポート

2025年01月27日

2024年12月7日、福島県楢葉町の楢葉町コミュニティセンターにて、9回目となる「福島イノベーション・コースト構想シンポジウム」が開催された。公益財団法人福島イノベーション・コースト構想推進機構の発足から7年が経過し、さまざまな施策の下、多くの成果が生まれている。今回のシンポジウムでは「イノベ構想を実現する英知と人材の集結地へ」をテーマに掲げ、地域の産業復興に必要な人材の育成・確保について議論が展開された。その模様をダイジェストで報告する。

シンポジウムの開催にあたり、主催者を代表して斎藤保・福島イノベーション・コースト構想推進機構理事長が開会の挨拶を述べた。続いて、鈴木正晃・福島県副知事、輿水恵一・復興副大臣、新居泰人・経済産業省福島復興推進グループ福島原子力事故処理調整総括官、松本幸英・楢葉町長の来賓挨拶が行われた。

基調講演「イノベーション人材・組織の不易流行」
国立大学法人岡山大学 副理事(研究・産学共創総括担当)・副学長(学事担当)・上級URA 佐藤 法仁 氏(内閣府 上席科学技術政策フェロー/福島イノベーション・コースト構想推進機構新結合アドバイザー)

スピード感あるイノベーション(新結合)が求められる現代において、ナレッジの多産多死という側面は避けられない。佐藤氏は「知識・知恵から新しい価値を生み出すことのできる、より多くのナレッジワーカーが必要です」と指摘する。ここでいうナレッジワーカーとは、専門的な知識や知恵を異なる場でも生かし、さらに発展させる能力を持つ人材(例:プロジェクトマネージャーやURA、プロデューサー、起業家など)を指す。

マニュアルワーカーが「速く、安く、ミスなく、つくる」という現在志向であるのに対し、ナレッジワーカーは「正解を行動しながら見いだし、新しい価値を創造する」という未来志向である点で本質的な違いがある。

では、福島でナレッジワーカーを育成するために何が必要か。佐藤氏は若年期からの多様な経験を通じて、自らの属性(肩書き)を増やしていくことが重要だと説く。海外では中高生がスタートアップを起業したり、コミュニティーのリーダーを務めたりと、複数の属性を持つ例が珍しくない。「属性を増やすことで、多様な知見や知識、知恵を得るとともに、そのナレッジを実践的に活用できるようになります」と佐藤氏は強調する。

さらに重要なのは、多くのナレッジワーカーを福島に集めることだ。必ずしも定住に限らず、短期の滞在であっても意義がある。「この地でしか得られない体感をじっくり味わっていただく中から共感が生まれます」と佐藤氏は述べ、その共感によって移住・短期滞在にかかわらず自分事として行動する人材を集めることができる。このような取り組みが「福島のありたい未来」の実現につながると説いた。

取組紹介「福島イノベ機構産業集積部の取組」
福島イノベーション・コースト構想推進機構 産業集積部長 小林 正典

イノベ機構産業集積部では、新たな事業者を福島に呼び込み育成するとともに、地元企業との連携を通じて浜通り地域を中心とした15市町村(イノベ地域)の産業の再構築と集積化を加速させるため、事業化の幅広いステージに対応した支援制度を整備している。

起業支援においては、Fukushima Tech Create(FTC)によるスタートアップ支援プログラムを展開している。小林は「専門事業者による伴走支援、イノベーション創出支援補助金、FTCサポーターによるバックアップ支援という3つのエンジンを通じて、イノベ地域での起業・創業をサポートしています」と説明した。

研究開発の実用化では、福島県の地域復興実用化開発等促進事業費補助金に採択された約200社の事業化を支援。イノベ地域への立地支援では、県の産業ポテンシャルや各種優遇制度を紹介するセミナー、産業団地見学ツアー、個別現地案内などを実施し、累計418社の立地と約5000人の雇用を創出している。

また、福島第一原発の廃炉作業についても、東京電力および元請け企業と福島県内企業との取引を支援。さらに、イノベ機構が運営する福島ロボットテストフィールドでは、5000件を超える実証実験を実施し、19の大学やスタートアップ企業が入居して活動しており、現在、80社を超えるロボット関連事業者が集積されている。

小林は「思いと行動力を持った人の実践、連携なくして、産業集積は実現できません」と述べ、活動のさらなる強化を表明した。

取組紹介「福島イノベ機構教育・人材育成部の取組」
福島イノベーション・コースト構想推進機構 教育・人材育成部長 鈴木 康隆

イノベ機構教育・人材育成部は、イノベ地域及びイノベ構想を担う人材を育成するため、小学生から大学生まで各発達段階に応じて、地域や地元企業の魅力に触れる教育活動を展開している。鈴木は、以下の6つの事業について紹介を行った。

1. 避難地域12市町村における小中学校教育等推進事業:各校の特色を生かした地域密着型の教育プログラムを実施。

2. 福島県双葉郡教育復興ビジョン推進協議会事業:双葉郡小学校絆づくり交流会、双葉郡中高生交流会、ふるさと創造学サミットなどを通じて、双葉郡内の児童生徒に多様な学びの機会を提供。

3. 福島イノベ人材育成支援事業:浜通りの高校を中心にトップリーダーの育成を図るとともに、農林、水産、工業、商業、ロボットの5分野で企業や研究機関と連携した実践的な人材育成を実施。

4. 福島イノベ構想推進産業人材育成・確保事業:イノベ構想への関心喚起と地元就職促進を通じた人材育成・確保を推進。

5. 大学等の「復興知」を活用した人材育成基盤構築事業:高度な知的資源を有する大学と地域の連携により、イノベ構想を担う専門人材を育成。

6. 福島県全域・全校種に対する教育支援(ふくしまイノベ未来講座):イノベ構想に関わる有識者による出前講座を通じて、福島県の未来を担う若者たちに先進技術を学ぶ機会を提供。

最後に鈴木は、イノベ地域の工業高校に関する調査結果を紹介。県内就職の割合(県内留保率)が向上し、課題であった離職率も全国平均を下回っていることを報告した。「この地域を担う思い」が育まれ、イノベ構想を担う人材が着実に育っているとの実感を示すとともに、今後も地域の声に耳を傾け、県内で学ぶ子どもたちの成長を見守りながら、人材育成支援に取り組んでいく考えを表明した。

取組紹介「模擬会社『Nalys(ナリーズ)』」
楢葉町立楢葉中学校生徒

楢葉中学校では、総合的な学習の時間にキャリア教育の一環として起業家教育を実施。その取り組みとして設立された模擬会社Nalysは、2024年に創立7年目を迎えた。

社長を務める3年生の生徒は、「楢葉町民や全国の人々に楢葉の魅力を知っていただき、笑顔になってもらうことが創立時から変わらないビジョンです。そのために、楢葉町の特産品を活用した魅力的な商品づくりをミッションとしています」と語る。

生徒たちは、地域活性化講座、起業家講座、商品開発ワークショップ、VMD講座、販売スクリプト講座、販売実践接客講座など、多様な起業家教育を通じて、地域活性化の目的と手法、商品開発の視点、効果的な販売手法を学んできた。その実践の場として、学校の文化祭や東京・日本橋の福島アンテナショップ楢葉町で開催されたフェスティバルでの販売活動に取り組んでいる。

現在、Nalysでは習得した知識と経験を生かし、以下の5つの部署が活動を展開している。

・第1製造部:地元企業の福島しろはとファームと協働した商品開発
・第2製造部:おかしなお菓子屋さんLiebeと協働した商品開発
・第3製造部:楢葉町振興公社商品の販売促進支援
・広報部:SNS(X)を活用した活動発信と宣伝用ポスター制作
・地域連携部:町内施設の取材・魅力発信

取組紹介「福島イノベ機構 ふくしま12市町村移住支援センターの取組」
福島イノベーション・コースト構想推進機構 ふくしま12市町村移住支援センター センター長 藤沢 烈

浜通りの避難地域12市町村では復興が進み、イノベ関連企業の集積も進展しているが、地域と産業を支える人材は依然として不足している。藤沢は「住民の帰還に加え、移住者の受け入れもイノベ構想推進における最重要課題の一つです」と指摘する。

ふくしま12市町村移住支援センターでは、12市町村の認知拡大に向けた全国への情報発信、移住者向けの求人開拓、ツアー・イベント等の実施を通じて、移住希望者の誘致を推進している。また、12市町村全てに移住相談窓口が開設された。

2021年(令和3年)7月から開始して以来、「この3年半で移住者数は約4倍に増加し、特に20代から40代の若い世代の移住が顕著な傾向を示しています」と成果を報告した。

イノベ構想との連携では、センターのWebサイトで先端産業に特化したページを設け、先端産業に従事する移住者のゲスト登壇によるセミナーを開催するなど、幅広い情報発信を展開。その結果、優秀な人材が新たな人材を呼び込む好循環が生まれている。

一方で課題も存在する。住宅不足により在勤地外や地域外からの通勤を余儀なくされるケースが増加。また、地域コミュニティーの希薄化により、移住者の定着支援が不十分な状況にある。

これらの課題に対し、ふくしま12市町村移住支援センターでは移住者向けの住まいの確保と定着支援の強化を図るとともに、ナレッジワーカーに向けた共感・変化を体感できる場の創出に注力していく方針だ。

取組紹介「楢葉町だからできること」
一般社団法人ならはみらい 移住促進特任チームリーダー 山口 世紀子 氏

移住促進事業に携わる中で「楢葉町は進んでいるね」「楢葉町は面白いことやっているね」という声をよく聞くと語る山口氏。「この事業が進められるのは、官民連携のまちづくりが機能しているからです」と、その背景を説明する。

移住促進事業は「学生関係人口形成」と「求人に資する母集団形成」という2つのアプローチによる戦略フローに基づいて展開されている。

学生関係人口形成では、2022年度(令和4年度)より東北大学をはじめとする7~9大学と連携したフィールド活動を実施。「参加者からすでに2名が楢葉町に移住・就業し、さらに新たに2名が移住・就業を希望している状況です」と山口氏は成果を報告する。

求人に資する母集団形成では、「ならは体験プログラム」および「お試し就労体験プログラム」という目的別のカスタマイズ型移住体験ツアーを展開。その一環として、ものづくり工房や天然素材を求めるクリエイター向けの移住体験ツアーを実施している。「2024年は合計で105組155名の応募があり、1組は起業支援金の相談を受けており、10組は楢葉産の素材を活用したコラボ商品の開発を進めています」と山口氏は述べる。

さらに、これらの施策を発展させる取り組みとして、まちの人事部(採用専門家)の設置、メディアを駆使した情報発信、スタートアップの創出支援、町内企業への就業斡旋、町民と移住者の交流機会の創出などを推進している。「楢葉町が多岐にわたる移住促進事業を遂行できているのは、移住者の新しい価値観を受け入れる素地があるからです。これは楢葉町だからこそできること」と山口氏は述べる。今後も変化を楽しみ活気にあふれる移住者の定住化を目指していく方針だ。

トークセッション
「イノベ構想を実現する英知と人材の集結地へ」

基調講演・取組紹介に登壇した佐藤氏と山口氏、豊通リチウム代表取締役社長の西郷剛史氏、福島国際研究教育機構(以下、F-REI)執行役の大和田祐二氏が、シンポジウムのメインテーマ「イノベ構想を実現する英知と人材の集結地へ」について意見を交換した。モデレーターは、国立大学法人福島大学名誉教授・客員教授の小沢喜仁氏(イノベ機構理事)が務めた。

小沢氏は「これから私たちが直面する大きな課題、イノベ地域への人材の集結や育成をどう進めていけばよいのでしょうか」と問いかけた。

これに対し佐藤氏は、研究者としての観点から「人材を育てるためには、できるだけ多くの人を集めることが必要です。イノベ地域に研究者を集結させていくためには、研究者個人だけでなく、本人はもとより家族の方々の共感も得ながら、喜んで集まっていただけるための仕組みづくりが重要だと考えています」と、過去の調査結果を踏まえて答えた。

続いて、“日本発”の水酸化リチウム製造工場を楢葉町に建設した豊通リチウムの西郷氏は「水酸化リチウム製造は日本全体を見渡しても前例のない事業であるだけに、今後に向けて何をすればよいのか正解は誰にも分かりません。従って私たちが常に心掛けているのは、チャレンジを恐れない、失敗を許容することです」と語った。失敗は大きなダメージであることは事実だが、試行錯誤を重ねる中にこそ新たな発見があり、従業員のナレッジとなって成長につながっていくという。

イノベーション(新結合)の道のりは失敗の連続となる。佐藤氏は「よく『成功と失敗の分かれ道はどこにあったか』という話を聞きますが、これは大きな間違いです。イノベーションへの道程は成功と失敗の分かれ道ではなく、まっすぐな一本道であり、常に失敗しかありません。一つの失敗を乗り越えれば、また次の失敗に直面するという連続です。こうしていくつもの失敗を乗り越えた一本道の末に、ゴールがある。そのゴールが成功なのです。従ってイノベーションを志す企業や人材には、西郷さんのおっしゃる通り、失敗を乗り越えていく気概と力を持って研究や事業に臨んでいただきたい」と説いた。

そして人材育成に関しては、F-REIに対しても大きな期待が高まっている。F-REIでは福島から行うべき、あるいは福島だからこそできる研究テーマとして、「ロボット」「農林水産業」「エネルギー」「放射線科学・創薬医療、放射線の産業利用」「原子力災害に関するデータや知見の集積・発信」の5つの分野を設定している。

大和田氏は「2023年から福島県内の高校や大学への出前授業を実施させていただいているのですが、どの生徒・学生も放射線科学、あるいは原子力災害に関して非常に優れた理解を示しています」と語った。

ただし、F-REIの取り組みはまだ道半ばだ。「F-REIのメンバーや関係者には『地元の誇りとなるような研究機関をつくろう』と毎日のように呼びかけています。浜通りに暮らす人々、中でも子どもたちにとっての夢や希望となるような研究機関を必ず実現したい」と、大和田氏は意気込みを示した。

また、人材の集結という観点では移住促進も重要な施策となる。この点についても、小沢氏は意見を求めた。

山口氏は自身の他県からの移住経験を踏まえ、新しい価値観を受け入れることの重要性を説き、「新しい価値観を受け入れることは、通常大きな困難が伴うはずです。しかし楢葉町では、そうしたハードルをまったく感じませんでした。その理由を考えると、この地域の皆さまは原発事故による避難を経験し、遠く離れた土地で暮らす中で、よそ者として扱われるつらさを感じられたのかもしれません。だからこそ、楢葉町への帰還と地域再生の機運が高まる中で、新しい移住者を温かく迎え入れる気持ちが育まれたのではないでしょうか。2年半の生活を通じて、そういった土壌が楢葉町にはあると強く実感しています」と語った。

一方、企業の人材不足は深刻な課題となっている。西郷氏は「イノベ機構の尽力で浜通り地域の求人数は多いものの、応募可能な人材は限られており、そのため求人倍率が非常に高くなっています。当社も人材確保に苦慮している状況です」と説明する。

では、どうすればより多くの人材をこの地域に呼び寄せられるのだろうか。「浜通りを多くの人に知っていただくことが最優先です。この地域での生活、仕事、学びの機会を具体的にイメージできる情報や体験の提供が重要です。イノベ機構にはそうした施策の積極的な展開を期待するとともに、当社としても取り組みの一翼を担っていきたい」と西郷氏は述べた。

パネリストの意見からは、外国人を含む多様な人材が集まり、新たなステージの研究開発や事業が展開される浜通りの可能性への期待が感じられた。小沢氏は「イノベ機構自身も情報感度を高めてこの変化を捉え、挑戦する企業や人材を後押ししていきます」と総括し、イノベーション創出に向けた支援・協力体制の強化を約束した。

会場ホワイエでは多くの企業・団体がパネル展示を行い、来場者の関心を集めていた